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護国の鬼  作者: 水沢佑
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八章 鉄壁の艦隊〜志布志沖海戦・中編〜

 執拗に追っていた数機のF6Fが翼をひらめかせて去っていく。同時に、腹に響くような音とともに巡洋艦から火が噴き上がった。散開して急降下をかける攻撃隊の周囲に黒い華が咲き乱れ、彼らを盛大に歓迎する狂宴が始まった。

 その猛烈な砲火はあたかも火の壁を思わせた。日本軍のそれとは密度がまったく違う。火力の絶対量からして桁違いということもあるが、それ以上に砲弾そのものにも仕掛けがあった。

 日本軍の高角砲弾は発射してからあらかじめ設定しておいた時間で爆発するという時限爆発方式である。それに対して米軍のそれは砲弾の先端にレーダーが埋め込まれており、航空機が一定の距離に近づくと自動的に作動する「VT信管」と呼ばれるものが搭載されている。

 いちいち距離まで考えて信管を調整しなければならない日本軍の対空砲と違い、とりあえず敵機のいる方向に打ち込めば高確率で被弾させることができるのだ。飛行機の周囲に炎の壁を作り出す、日本航空隊にとっては悪魔のような存在だった。


 その「ファイア・フォール(火の滝)」めがけて、攻撃隊は恐れることなく果敢に突入した。

 出撃当初は150機を数えた攻撃隊は機体不調による帰還が続出し、敵戦闘機に阻まれたものも含め三分の一が戦場に到達できなかった。

 それでも残存機は100機を数え、仮に九割が対空砲に撃墜されたとしても10機は突入できる計算になる。あとは運さえ味方すれば4隻の空母のうち半数は撃破できるだろう。その楽観的ともいえる予測を胸に、隊員らは米艦隊に迫る。

 激しい砲火の前に味方機は相次いで落ちていく。

 零戦が右主翼の三分の二を粉砕されて墜落し、彗星艦爆がエンジン部に無数の破片を浴びて爆発した。

 左エンジンをもぎ取られ、炎上しながらも駆逐艦に突入しようとした銀河が寸前にコクピットを粉砕され、空しく海面に水柱を上げる。海面は硝煙の黒に、上空は炎と血の紅に彩られた。

 阿鼻叫喚の戦場を、高原は数機の零戦を従えてくぐり抜けていく。彼らの狙いは空母ではない。無数の戦艦、巡洋艦、駆逐艦の高角砲に周囲を固められた空母を攻撃することは容易ではない。高原らは安易に大物を狙って全てを失う愚を犯さなかった。

 「いくぞ!」

 高原が指し示したのは、6隻の重巡洋艦の中でもひときわ大きい艦。アメリカではアラスカ級と呼ばれる大型重巡だった。あれを撃破し、対空砲の射撃をとめることができれば、後続機の突入はさらに容易になるはずである。

 煙を吸って喘ぎぎみのエンジンに鞭打って降下する高原隊に、次第に射撃が集中しはじめる。最後尾を固める零戦が直撃を受けて四散した。

 高原機の周囲で爆発が連鎖し、雷鳴のような音とともに風防が激しく震える。未熟な搭乗員なら発狂してもおかしくないほどである。しかし、米機動部隊の乗組員にとっては残念なことに、高原は歴戦の勇者と呼ばれるに足るだけの胆力を持った男だった。

 大きく旋回を繰り返し、執拗に狙う射線をかわす。

 左主翼の翼端が吹き飛ばされ、翼下の燃料タンクから燃料が白い糸のように漏れ出した。風防には無数のひびが入り、計測器のいくつかは破片に貫かれてお釈迦になっている。

 自身も額から血を流しながら、高原は巡洋戦艦から目を離さない。その姿は、戦死した搭乗員の霊が乗り移ったかのようだった。

 猛烈な火線をかいくぐり、視界を遮るほどの黒煙を機体で引きちぎりながら、巡洋戦艦に迫る。機銃座に取り付く米兵のおびえに満ちたひげ面まで見て取れるまで接近した。そして。


 この距離まで近づけば狙って当たりはしない。おそらく偶然に、巡洋戦艦が必死に放った40ミリ機銃弾が左主翼の中央を直撃した。

 次の瞬間に主翼は根元から奪われ、同時にその衝撃が無理な機動と高角砲の爆圧で痛めつけられた零戦の機体を分解した。高原は撃墜されたことを知る暇もなかったに違いない。

 炎に包まれたコクピットの中で、彼は最期に何を考えたのだろうか。

 「沙織!」

 キャノピーに貼った彼女の写真が燃え落ちるのをみながら、高原は意識を手放した。



 巡洋戦艦のすぐ横に高々と上がった水柱の墓標を、斉藤は血涙を流さんばかりの形相で見つめている。

 これが斉藤の任務だった。戦友の戦いぶりを冷徹に観察し、その結果を正確に報告するという。彼は攻撃隊員二百余名の死を見届けなければならない。残酷だが、高原一人にかかずらっている余裕はなかった。

 高原の戦死はまったく無駄にはならなかった。いつの間にか巡洋艦が引いていた長大なウェーキが消え、速度が落ちている。高原機が抱えていた爆弾が水中で爆発し、艦の推進機関を損傷させたのだろう。通常攻撃でも、舷側に落ちた爆弾が命中弾よりも多大な損害を与えることはよくある。

 舵を失い対空砲の射撃が揺らぐ、その機を逃さず高原の僚機2機が巡洋戦艦に突入した。一機は煙突に、一機は第二砲塔と艦橋の間の高角砲塔に命中。

 その直後に第二砲塔が誘幕を起こし、艦が大きく傾く。また艦が吐き出す大量の黒煙が巡洋戦艦の近くを航行していた駆逐艦3隻の視界を奪い、砲撃不能に追い込んだ。

 高原らの攻撃は予想以上に大きな成果を上げた。この機を逃す彼らではない。こじ開けられた弾幕の穴に、残っていた30機が殺到する。

 機動部隊も穴を補うべく、必死に弾幕を張る。一機、また一機と炎に巻かれ海面に叩きつけられるなか、残存機は確実に空母へ迫る。

 日本機が空母にたどりつけるか、その前に米艦隊が全てを叩き落せるか。数分間の激しい攻防戦は、はわずかながら日本軍に分があった。

 煙を引きながら一機の銀河が中型空母の飛行甲板に突入した。轟音とともに天にも届くかというばかりの炎の渦が吹き上がり、飛行甲板に並べられた戦闘機を吹き飛ばした。

 数拍おいて零戦が左舷の艦腹に飛び込み、爆風は格納庫を席巻した。さらにその爆圧は艦全体に損傷を及ぼし、各所で火災を発生させ、艦体を歪ませて海水が怒涛のごとく流れ込んだ。

 そして、最後に残った天山が大破した空母の前方を進む大型空母を狙い、40ミリ機関砲にコクピットを粉々にされ操縦士は即死したにもかかわらず、その機自体に意思があるかのように軌道を揺らがせることなく飛行甲板後部に突入した。


 その爆発音を最後に、洋上に静寂が戻った。青い空には、戦死した特攻隊員や米乗組員らを弔うかのように、数条の煙の墓標が立ちのぼっていた。

予告

間もなく完結するであろう護国ですが、12月の中旬ごろには終章を掲載する予定です。しばらくお待ちください。


こう宣言しておけば私もサボれまい。これぞ背水の陣!フフフ……(真綿で首を絞めるとも言う)

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