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護国の鬼  作者: 水沢佑
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六章 出撃

 暗闇のなか、鹿屋飛行場にエンジン音が響きわたる。もちろん鹿屋は南九州の中心的な航空基地であるから、夜のうちに米機動部隊の所在をもとめて偵察機が発進したり重要な指令文書や新人の搭乗員を抱えた連絡機がすべり込んでくることは毎日のようにあり、ときおり敵を奇襲的に黎明攻撃するため少数機の編隊が飛び立つこともある。だが、この耳をつんざくような爆音は十機どころの数ではない。

 現在、腹の下に大型爆弾を抱え、待機所の前で機首を並べて出撃の時を今やおそしと待ちかまえているのは、零戦をはじめ彗星、天山、一式陸攻、銀河、九九艦爆、九七艦攻など多彩にわたる。それに加え護衛用の零戦と戦果確認機、戦前に製造された旧式機までかき集めた寄せ集めとはいえ、約300機もの大軍が鹿屋でエンジン音をうならせるのは沖縄陥落以来久方ぶりのことであり、そしておそらくこれが最後だろう。

 昨夜、宇垣中将は「中央はおそらく一ヶ月以内に決断を下すだろう」と言っていた。無論ポツダム宣言に関する件である。そうなると本土決戦構想である決号作戦はおそらく不発に終わる。いくら飛行機をとっておいてもどうせ米軍にスクラップにされる、それぐらいなら動かせる機をかき集めて集中的に最後の反撃を行おう。要するにこういうことだろう。軍略としてはそれでいい。だが、「廃物利用」のためにあたら命を落とす搭乗員の心情はいかなるものか、東京の赤煉瓦の中で机に向かって書類を決裁しているエリート軍人は理解しているのだろうか。

 「斉藤!」

 斉藤は飛行服姿で乗機の点検をしていた。日本海軍の整備員は開戦前から現在に至るまで優秀だが、それでも自分の命を預ける愛機の状態はできうる限り自分の目で確認しておきたいというのが搭乗員の気持ちである。

 その斉藤に駆け寄ってきたのは、同じく飛行服を身に纏い、出撃命令を待ち構えていたはずの高原だった。

 「どうした?」

 「ひとつ頼みがある」

 そういって高原は手に持っていた封筒を差し出した。飾り気のない白い封筒の宛名書きには、高原の筆跡で「椎名 沙織様」と書かれている。

 「松山の俺の家の隣に住んでいるんだが、戦争がひと段落したらこれを彼女に届けてほしい」

 生き残って届けろ、そういうことか。高原らしいと、斉藤は心の中で笑った。彼に断る理由などない。快諾の返答を得た高原は安堵の表情を浮かべると、何を思ったか手紙を受け取ろうとする手をかわし、驚く斉藤を後目に駆け出した。

 「おい!何をする気だ!」

 高原は斉藤の乗機によじ登ると、コクピットの中央に手紙を貼り付けたのだ。意図を察した斉藤は軽くため息をついた。

 「……別にいいけどさ、俺が生き残っても機を放棄することだってあるんだぞ?」

 七夕空襲のときのように飛行場に胴体着陸する可能性もあるし、帰投途中に被弾や燃料切れで落下傘降下を余儀なくされることも考えられた。また機に重大な損傷がなくとも、手紙自体が銃弾や破片に貫かれたり火災で燃えてしまうことも十分にありえる。危険を冒してまで大事な手紙を載せる必要はないはずなのだが。

 「お前なら大丈夫だと思うからな。……それに、遺書なら別便で送ってある。こっちはおまけだ」

 にやりと笑うと、高原は自機が横たわる待機所へと戻っていった。斉藤はそれを追おうとして踏み出し、思いとどまった。飛行帽を取って髪をかき回すと、なにやらぶつぶつつぶやきながら機体の整備に戻った。




 「発進用ー意!」

 空がほのかに白み始め、いよいよ舞台が動き始めた。先行している「彩雲」偵察機によれば、目標の米機動部隊は東南東120海里まで接近しているという。おそらく基地航空隊に反撃する余力はないと見て、ぎりぎりまで近づいたのだろう。こちらとしては願ってもない展開だ。

 本来なら航空機の対艦攻撃には、空からは艦隊が発見しやすく地上からは飛行機が見えにくい黎明に攻撃するのが常道であるが、今回はそれを選択せず、あえて明るくなってからの出撃を採用した。理由は単純、夜間の編隊飛行などおぼつかないほど搭乗員の錬度が低かったためである。かつて第一機動部隊の空母搭乗員は全員夜間雷爆撃の技量の持ち主であったというが、いまやその面影はごく一部の熟練搭乗員にしか見えない。さらに目標までの距離が遠ければ編隊を維持することができず離散してしまう危険性もあったが、幸運にも敵のほうから歩み寄ってきてくれたため、指揮官の心労はわずかながら解消された。

 少しでも足をそろえるため、速度の遅い旧式機が最初に滑走路を蹴って黎明の大空へと駆け出していく。続いて彗星、天山、銀河といった比較的足のはやい攻撃機や爆撃機が飛び出す。そして最後に零戦の出番である。

 まずは腹の下に爆弾を抱えた攻撃隊に属する零戦が動き出す。先頭は零戦攻撃隊を率いる高原中尉である。風防を開け放ち、居並び「帽振れ」で見送る整備員たちに向けて敬礼を施すと、やや重たげながらもふわりと機体を浮かし、虚空へと上昇していく。続いて続々と滑走を始め、さらに篠原中尉が率いる直衛隊が続く。中にはよろけて周囲をひやりとさせた機もあったが全員が無事に空へと上がった。

 そして殿は斉藤である。機種は最新式の局地戦闘機、紫電二一型、通称紫電改。日本機ならではの空戦性能と20ミリ機関砲四門という重武装、各種の新機構によって日本上空に跋扈する米機を圧倒している日本海軍最後の新鋭機である。

 「チョークはずせ!」

 斉藤の怒号とともに整備員によって紫電改の動きを止めていた車輪止めがはずされ、少しずつ前へと進み出す。

 「斉藤少尉、必ず帰ってきてくださいよ!」

 「あたりまえだ、簡単にくたばってたまるか!」

 最後まで翼上に残っていた整備員たちの激励を受け、彼らが飛び降りていくのを待ってスロットルを押し込む。零戦の実に二倍の馬力を誇る「誉」エンジンがその二千馬力を限界まで発揮し、重厚な轟音とともに機体を前へと押し出していく。

 目の前には白い封筒がある。最初、彼は手紙を地上に残しておこうと思っていた。整備員に託しておけば高原に止めることはできない。だが、やめた。根拠はないが、なんとなく高原の遺志を冒涜しているような気がしたからだ。もちろん何に代えても守るつもりだが、万一のことがあればそのときはあきらめるしかない。高原も、そのことはわかっているだろう。

 やがて機が速度に乗り、尻が浮き上がる感覚が伝わってくる。そしておもむろに操縦桿を引き、ふわりと浮いた感触とともに車輪が地上から離れた。

 最後に地上に一瞥をくれ、風防を閉めるとそこは孤独の空間。帰ってくるまでは一人きりだ。きらめく陽光を浴びながら、斉藤は自然と高まってくる武人としての高揚感に身震いし、改めて操縦桿を握りしめた。

予定では次の章とセットになるはずだったのですが、どうもまとまりがつかなさそうだったので分けて公開となりました。当初の四部構成構想はどこへ行った……

さて、いよいよ出撃となった特攻隊、次回には突入の予定です。全体としてもあと3章ほどで完結の予定です。どうか気長にお待ちください。

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