三章 任務
特別攻撃隊は通常、主力である攻撃隊と護衛の直衛隊からなる。直衛隊が雀蜂のごとく殺到する敵戦闘機を防いでいる隙に攻撃隊は敵艦隊へ接近し、対空砲による妨害を避けつつ敵艦へ突入。基本的な戦法は四年前と変わってはおらず、ただ特別攻撃であるから攻撃隊は帰還を考慮する必要がない。つまり墜落しない限りは機体が損傷しようと燃料がなくなろうと関係ないわけで、ある意味では成功率は高い。問題は攻撃後に戦果が確認できないことである。通常攻撃であれば、攻撃した機自身が自分の放った魚雷や爆弾が命中したかを確認する。昭和十九年十月の台湾沖航空戦では未熟な搭乗員が攻撃した艦をすべて「撃沈」と報告し、その後のフィリピン攻防戦に大きな混乱を招いたが、特攻では攻撃した本人はその瞬間、跡形もなく粉砕されている。地上の司令部としては信憑性の如何にかかわらず情報がなければ今後の作戦立案のしようがない。そのため、攻撃隊には戦友の死を最期まで見届け、その成果を報告するために一機ないし複数機を帯同させる。すなわち「戦果確認機」である。
「その戦果確認の任を、貴様にやってもらいたい」
他人事のように言う酒井を、斉藤はいらだたしげににらんでいる。
「しかし、戦果確認機の任務は攻撃隊より難しいというのはご承知のはずです。敵艦に突入して終わりの攻撃隊と違い、戦果確認機はそこからさらに敵の重囲を突破して帰還しなければなりません」
「もちろんだ。戦果確認機は必ず帰投せねばならん。戦果によってはただちに追撃を加えて戦果を拡充する必要がある……といっても予備戦力などどこにもないがな。いずれにせよ情報の重要さは変わらん。だからこそ貴様がこの任にあてられたのだろう?」
「この任務は自分よりも高原中尉のほうが適任と思われます。編成の変更を進言します」
「却下する。高原中尉の攻撃隊編入についてはすでに決定しておる。航空隊司令の権限では変更はできん」
「しかしながら、高原中尉は冷静沈着、短気な自分に比べ生存可能性は……」
「不可能だといっとるだろう」
たしなめる、というよりどこか突き放した口調だった。
「その程度のことはすでに五航艦(第五航空艦隊)司令部に上申しておる。そのうえで言っておるのだ。あきらめろ」
「……ならば、この任務、拒否させてもらう」
「それも無理だな。今から貴様ほどの技量を持つ搭乗員を探すことなどできん」
「当日に高原と乗機を換える。そうすれば問題ないだろう」
「そして死んだはずの高原中尉が戻ってくるのか。事実はどうであれ、周囲からは「死に怯え逃げた」といわれるぞ。高原に汚名を着せるつもりか?」
斉藤は絶句した。自分の思考の盲点を突かれたのだ。自分が身代わりになることだけを考え、自分がいなくなったあとのことは考えていなかった。
「……やつは汚名を受けてでも生き残るべき人間だ。俺とは違う」
「仮に立場が逆であったら、高原も同じように言うであろうな」
酒井の言は正しい。それがわかるだけに余計に腹立たしかった。単純ならざる表情で形だけの敬礼を施し、床を踏み抜かんばかりの勢いで司令室を出て行く。その背中を見ながら、酒井は気づかれないように小さくため息をついた。