自分の楯
すみこさんの独白です。
私の名前は『すみこ』。私の唯一の主がそう呼んだから、それが私の名前。
大好きな主が死んで、今は主と似た匂いのする真と暮らしている。
暮らして「やってる」。
そもそも私は主が死んだ時にはもう良い歳で、このまま主と一緒に死んでもいいか、と思っていたのに、真がどうしてもと泣いて頼むから、仕方なく残ってやったのだ。
それからどのくらいたったのかよく分からないけど、私もあの頃より大分年老いた、もう本物の年寄りだ。動くのも億劫で、始終眠い。外で羽ばたくスズメっこを見ても、捕まえたいとも思わない。
私は時々真に聞く。
「もういいかい?」
でも馬鹿な真は主みたいに私の言うことを理解してくれなくて『にぼしですか?』とか『外はまだ寒いみたいですよ』と頓珍漢な答えを返す。
老体に鞭をうって生きていくのも大変だ。
でも主にも真のことを頼まれているし、真は真でまだまだ危なっかしい。生まれたての子供だってここまで危なっかしくはない。
「真。あんた野良だったらとっくに死んでるよ」
「どうしたんですか、すみこさん。あなたの足拭きマットが最近来ないから寂しいのかな。ほら、あれは踏んで良いですよ」
また全然違う答えが返ってきたけど、足拭きマットの高虎が最近来ないのは確かで、あの頭を踏んでやれないのは少し物足りなかったので、私は真の指差す方を見て、心底真のことが心配になった。
向こうにいるのは白井と、最近よく顔を見せるようになった女だ。どっちも踏んでいい相手じゃない。あんなのを踏んだら私の足が地面に着く前に私の命がどっかにいっちゃう。
本当に真は馬鹿だ。こんなんじゃいくら人間とはいっても、ちゃんと生き残れるのか本当に心配だ。
私はいつまで生きて真のお守りをしていればいいんだろうか。
主は天国とやらでちゃんと待っていてくれるのかしら。
心細くなってつい主を呼んだら、真が私を抱き上げてきた。主に似た匂いがする。
よしよしよし、と真が喉を撫でて耳を撫でてとん、と手を離して私をもとのところに戻す。
真は馬鹿で話が通じなくて弱虫でどうしようもないけど、でも真は時々、主に似ている。
そう思うとき私はほんの少し、私がもう年寄りで、どんなに真が願っても私が頑張っても、生まれてから今までの時間ほどこれから真の傍にいてやれることが出来ないことが、ほんの少し寂しい。
だからこそ早く、真には私がいなくっても大丈夫になってほしいのだけれど、どうしたらいいんだろう。