序章 出逢い
突然だがボクは図書館が好きだ。
あそこはなんたって落ち着ける。人も少ないし。
何故人が少ないかと言うと市の財政悪化のせいだ。市のお金が無くなると購入できる本が少なくなる。そのため人気のある本が購入出来ない。=価値のある本が少なくなって利用者数が少なくなる……。そんな悪循環。
だから基本的に利用しているのは小さな子供ずれのお母さんとかサラリーマン、先生など……。ボクぐらいの年の人はまずいない。……あの人を除いて。
あの人……ボクと同じぐらいの年のはずだ。そしてボクが図書館に来ると必ずいる。そんな不思議な人。ついつい図書館にいくと探してしまう。
そのことを幼馴染に言ったら……「それ恋なんじゃねーの?」って言われた。意味がわからない。
……なんで最近の若者は異性を意識する=恋心って計算式になるのだろうか? ボクは不思議でしょうがない。それにもしそれが恋でそれを本人が気づかなかったにしろ……それを他人がどうこう言うべきじゃないとボクは思っている。まあ本人が相談したらそれは別なんだがな……。
だからあの人のことボクは別に恋じゃないと思っている。
確かにこんなに気になるのはそういう特別な感情かもしれないが……。確実に恋ではない。俺は自信を持って言える。どっちかと言うと崇拝に近いんじゃないだろうか?
とにかくボクは今日も彼女を見つけていた。
その日彼女は生物学のコーナーに居た。今日は図書館の利用数があまりにも少ない……。ボクはそんな気がした。だっていくらなんでもボクと彼女が2人きりなんて出来すぎた感じだろう!
まぁ、恋なんかじゃないからいいんだけども……。
ボクは静かに本を取った。そして近くの椅子に腰掛ける。
「……」
永遠と感じる沈黙。まぁ、知らない人同士だし他に誰もいないから当たり前の状況。ボクはこの自分自身さえも居ない感が好きだった。
そして今後もページを捲る音だけしか聞こえないような感じがしていた。
なのに……! 彼女が動き出した……。
「ねえ?」
一瞬誰を呼んだのかは分からなかった。たぶんきっとボクは自分ということを最初から無かったことにしていたんだろう。そんな可能性はないと思っていたからだ。
だけどそれは当たり前のことだ。
どんな人間だって家族以外の人に声をかけるなんて日常茶飯事じゃないか。だって友達をつくるにしろ、ナンパしようとするにしても……自分から声をかけることをしないとなにも始まらないじゃないか? といつもの冷静なボクだったら判断出来たかも知れないが今のボクはてんぱっていたため、そこまで考えられていなかった。
「そこの君のことだよ! 栗色の髪の少年!」
「……ボクですか?」
やっと言えた一言……。やっぱりボクは緊張している。いつも見ていただけの人だからだろうか?
「そうよ。今この図書館にわたしと君以外の人はいるの?」
「……い、居ませんね……」
「でしょ? だから君がわたしに話しかけられても無反応だったからわたし不安になっちゃたわ。もしかしてこの人耳が悪い人なのかも! って」
「す、すみません……」
彼女が何か言う度に真っ白なワンピースと銀色の十字架それに琥珀色髪が舞う。
ちなみに彼女の白いワンピースには色々な種類があり、細部が違う。
「ううんいいの。けど君は本当に本が好きね」
「なんでですか? あなたの方が好きなんじゃないんですか?」
「! ねぇその『あなた』って言うのやめて欲しいかも」
「? じゃあなんて言えばいいんですか?」
「うーん。話しかけたのはいいけど名前の自己紹介するの忘れていたわ! ごめんねぇ~。わたしの名前は狩野星桜。星桜って呼んでくれる?」
「セイラさんですか?」
なんか外国人みたいな名前だ……。いや実はセイラさんは外国人なのかもしれない。だって琥珀色の髪だったりするし……。
「うん! 他人行儀だけどそれはしょうがないわね! ……君の名前は?」
「ボ、ボクですか? 俺は桐栄氷空です……」
「へぇ~そらくんって言うんだ。どんな字書くの?」
ボクは人に自分の名前の漢字を教えるのが好きではない。
「……氷に空と書いて『そら』です」
「へぇー珍しいわね」
「いや! セイラさんの方がめずらしいですから!」
俺がそう叫ぶとセイラさんは心底面白らしかったらしく口に手を当てて笑いだした。
「そうかしら?」
「絶対100%の人はそう答えますっっ!」
全力で叫ばしてもらおう!!
「面白いのね? 氷空君って」
「それ、褒めてます?」
「うん、褒めてるよ! とくに話し方が面白いと思うものっ!」
なんかショックな事言われた! 悲しい! でも屈託の無い笑顔で言われたら何も言えなくなるではないかっ!
「あっ! 別に笑いものにしようと思っていないわよ? 本気でそう思っているもの」
「いや、そっちの方がショックですから!」
「そうかしら?」
「そうなんです!」
セイラさんて見ているだけの感じとしゃべった感じじゃ全然人が違く思えるな。予想より子供っぽいと言うかなんというか……。まぁ、人は見かけによらないからなぁ……。
人は見かけによらないってとある先輩を見て本当に思えることが出来るボクはそう思う。
「なんでキミはボクって言ってるの?」
「へっ?」
なんか思わず変な疑問形で答えてしまったではないかっ! 恥ずかしいっ!
「ほら近頃の男の子って俺が主流じゃない?」
「そんなことありませんよ」
「でも俺に感染している子ってたくさん居ると思うのっ!」
そんな……。
「本みたいなことはありませんよ。ちゃんと僕って言う人だってボク以外にも居ますから」
「そうかしら? だって本当に本のようなこともあるわよ? テストで0点取る子っているんだってワタシ学習したし!」
「その0点取ってしまった子にご愁傷様と言っといてください」
「分かったわ。言っといてあげる。……きっとその子にそんな子にまで言ったの!? ってキレられると思うけどわたし戦うわ!」
「ボクは0点取ったこの味方になりますね」
本当にこの人はいろんな人に0点取ったって言っているのだろうか? 本当にかわいそうだぞ? その人……。
「えっ!? なんで!? まだワタシの友達に会ってないのに! ほとんど毎日会っていたワタシを捨てるって言うの!?」
「そんな離婚前の妻みたいなこと言わないで下さい……。でも絶対あなたが悪いでしょ?」
「こらっ!」
「?」
なんでボクが怒られなきゃいけないんだ?
「星桜!」
「あぁ……でも絶対セイラさんが悪いでしょ? この件」
セイラさんは細かい人らしい。……こんな所だけ想像通りの人なんて損な人だとボクは本気で思っとく。
「よし! 氷空くんの言葉は言わないことにしとこう!」
「ズルイですね」
「卑怯とも言う!」
「自信を持って言わないで下さい!!」
本当にこの人はボクがいつも見ていたあの人なのか? ボクは不安になってきた。
「あと、ボクと俺のことですが」
「本題へすらっと戻る能力はピカ一ね!」
とりあえずそれは褒め言葉らしいので受け取っとこう。でも無視。脱線しそうなので。
「日本人が全部俺という一人称の言葉を使うなんてありえません」
「なんで? そっちの方がイメージ強いんだけど?」
「それはボクみたいな人種が居るからですよ」
「???」
セイラさんの頭の中に疑問符が浮かんでいるのがわかる。確かにボクみたいな人種じゃないと分からないかも知れない。
「ボクっと使う人はみんなに触られたくないか、それともそういう家庭か、真面目ぶりたい人が使う言葉なんですよ。だからみんな先生の前ではボクという言葉を利用するじゃないですか」
「じゃあ君も? そんな考え方なの?」
「そう、ですね。ボクは人間があまり好きではないので」
そうボクは人間が好きではない。いや、動物が好きではないのだ。
「じゃあなんで……本を読むの?」
「人間の中で生きていくためには人間になれなきゃいけないじゃないですか」
「それだけのために?」
「はい、それだけのために」
ボクがこんなにも読書家ふうなのも人を引き寄せないため。
だってボクは異常だ(・)から(・)。みんな触れてはいけないから。
だからボクは人を遠ざける
「へぇ……。君の考え方面白いわね……。初めて会ったかも……氷空君みたいな人」
「そうですか? ありふれていると思うんですが……ボクなんて」
「そう思う人が奇特だったりするのよ……。つーかほとんどそう」
「そうなんですかね?」
「そうなんですよ」
ボクみたいな性格の人はたくさん居る。姿形は違くても……。
「だって身長低いし」
「おい! 今なんて言いましたかぁぁぁぁぁぁぁ!」
「? なんか雰囲気違うんですが……どうしましたか? 氷空、君?」
「人には触れてはいけないことがあるんだよぉぉおおぉぉおぉおぉぉ!!!」
全力全身で叫ばしてもらう。だってボクはその言葉も嫌いだったからだ。
「だってかわいいじゃない?」
「じゃあセイラさんにとある少年の事実を教えてあげましょう」
「? どんな話?」
ボクは涙が出るのを我慢しながらしゃべる……。
「とある少年の話です……」
「ふんふん」
「とある少年はとある神社のお祭りに行きました」
「へぇ」
「そこで小学生限定でただで貰えるお菓子を配っていました……」
「まさか……!?」
「その少年はくれと言っていないのに……! そこのおじさんに「そこの坊ちゃん! お菓子貰っていきな!」と言いながらとある少年にお菓子を……渡しました……」
「ごめんなさいぃぃぃぃぃ! 本当にごめんなさい!!!! 人には触れてはいけないことをあったのですね! ワタシは本当に学ばせていただきました! 有難う! そしてごめんなさい!! そんな過去を思い出させて……」
「いいんですよ。どうせそれはとある少年の話……。ボクではないんですから……」
「! すみませんでした!!」
いいのですセイラさんがそんなこと言っちゃいかんと分かってくれたのなら……。ボクが犠牲になったとしても人のトラウマに触らなくなるのならば。
そんなふうに話しているとチャイムが鳴った。これは図書館が閉館する時の音だ。
「「……」」
二人とも黙りこむ。まるでこのチャイムは御伽噺の終了を伝えるように……残酷に告げた。
「ねぇ」
最初に口を開いたのはセイラさんだった。
「なんですか?」
「楽しかったわ」
たった一言簡潔にそう言っただけなのにセイラさんの気持ちは十分に伝わった。だってボクもそんな気持ちだから。
久しぶりに身内以外の人間と話して面白いと感じた。まぁその代償に結構な精神を消耗してしまったが。
余計な言葉は言葉を汚すだけ。二人ともよく本を読むから分かっている。
「ボクもです」
「じゃあ帰りましょ? きっとまた会えるわ」
「そう、ですね」
ボクたちは図書館を後にした。
これがボクと狩野星桜の不思議な出逢い。
全て分かっていたセイラさんとの出逢い。
そして……これから起こる不思議な御伽噺の序章。