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7.守護天使な吸血鬼 ~ガーディアンなバンパイア~(2)

7.


 結局、法連聰介はかつて凪人に力を与えていた一族の女性の元恋人で、彼女から夏希の存在を聞いて勝手に義憤を覚えたらしい。はた迷惑な思い込みである。

 もちろん彼女の洩らした情報は極秘であり、その女性にも聰介にも〝九条〟での制裁が科せられた。


「制裁?」

「せっかく若い労働力がタダで手に入るってことで、うちの研究所で働かせるんだ。内容は聖護院の好みだから、僕には分からないけど」

「なんだかとってもマッドサイエンティストな香りがします」

「うん、否定はしないね。この前は笑い茸で香水を作るのだったかな。一吹きで最長12時間笑い続けるとか」

「……聞くだけで笑いが冷めそうな話ですね」

「テレビ局のサクラ用に売り出すんだって」

「CGで合成するほうが早いと思いますけど」

「僕に言わないで聖護院に言ってよ」

「そんな恐ろしいことはできません」


 相も変わらずの膝枕での会話は、やはり相も変わらずゆるい。だが今までと違うのは、精進料理も真っ青な豪華野菜ディナーの後のことであり、凪人の顔色も落ち着いているということだ。

 夏希が慣れた手つきで、彼の髪を指で梳いていく。


「髪、伸びましたね」

「切ってもらおうかな」

「わたしがですか? へたくそですよ。ほら、前髪もがたがたで」


 覗き込むようにして前髪を引っ張る夏希に、凪人が顔を起こして唇を重ねた。すぐに耳まで赤くなった夏希は、だが逆らわず彼の頭に腕を回す。言葉の要らない会話がしばらく続いた。


「な……なぎと、さん。呼吸の限界です」

「世界記録は32時間らしいよ?」

「すでにキスじゃないですよ、それ」

「トイレが問題だよね。挑戦してみる?」

「確実に何かが失われそうなので止めておきます」

「そう、残念」


 冗談でもなく言い、凪人は赤く濡れた夏希の唇をぺろりと舐める。


「美味しい」

「……貴方は一度味覚を検査してもらうべきですよ」

「いい加減、人外扱いやめてくれないかな」

「なんだかもう実は血液が緑とか、角生えてるとか言われても驚きません」


 凪人が〝吸血鬼〟のような想像上のものでないことは、夏希も分かっている。だがあの日、闇夜を飛びぬけて夜獣狩りに出かける彼は、充分人知を超えた存在であった。


「あんなところを見せたら、怖がると思ってた」

「怖かったですよ、状況的には。でも、凪人さんが守るって言ってくれましたから」

「じゃあその……僕がどんなやつでも、夏希は傍にいてくれる……?」


 目を逸らし、自信なさげに尋ねる凪人に、夏希の胸がきゅうと痛くなった。

 紛らわすつもりで、髪を撫でる手を再開させる。なでなで。


「わたし、こういうのってあまり慣れてなくて。それにうまく言えないんですけど、凪人さんをちゃんと支えたいんです。凪人さんは守ってくれるって言ったけど、わたしは貴方を守りたい」

「夏希」

「だから、この仕事をきちんと全うしたいんです。九条のことも勉強したいし。で、その……関係は、その後で進めるってダメですか?」

「あと?」

「雇用契約終了後、です」

「……まさか11ヶ月後?」


 強力な呪文でも受けたかのように、凪人が声をひっくり返す。


「……なんだか待っているうちに解脱げだつしそうだ」

 くすりと笑う夏希の頬を、凪人が悔しげに摘む。

「その間に心変わりしたら、相手の男に100倍濃縮の笑い茸エキスを振りかけてやるから」

「変わらないですよ」

「なぜそう言いきれるの」

「わたし、毎日好きな人ができるんです」

「……え?」

「ここで夜、こうして座って待っているでしょう? すると目の前の窓から黒いコートの青い目をした、ちょっと天然気味の彼が現われるんです。

 そのたびにわたし、毎日どきどきして、ああこの人が好きだなあって思ってしまうんです。それが毎日続いたら、きっと他の人に心移りしてる暇なんてないですよ」

 でもわたしが心移りされちゃうかな、と小さく呟く彼女に、凪人は上体を起こして、もう一度深いキスをした。

「僕も、毎日君が好きになる」

「凪人さん」

「だけど11ヶ月の約束は絶対に縮めるから、覚悟してて?」


 何を企んでいるのか、そう言って笑顔を浮かべる凪人に、夏希の背筋がかすかに凍る。

 口を開こうとした夏希は、ふいに紺玉の瞳が鋭く変化し、闇へと向けられるのを見た。


「――来たか」

「いつもの、ですか」


 その名前は怖くて口に出せない。それでも、彼がどんな相手にも正面から立ち向かうことだけは、揺るぎなく信じている。

 見えない敵。消すたびに生まれる、負の澱が成す存在――夜獣。人の、心。


「行ってらっしゃい、凪人さん」

「行ってくるよ、夏希」


 真っ黒なコートを翼代わりに纏い、彼は今夜も終わりなき戦いに挑みゆく。

 そして〝待つ〟という夏希の試練もまた、続いていくのだ。

 すべての人が、すべての大切な誰かに「お帰りなさい」と「お休みなさい」を言えるように。

 彼と同じで、だが、まったく異なる決意を胸に秘め、夏希は小さく繰り返した。


「――行ってらっしゃい」


 あなたの休息の場所を、ここで確かに守りぬくから。

 あなたの帰る場所はここにあるから。この膝に腕に胸に、心に。

 ずっと。



FIN.



BGM:絢香「おかえり」


*******************

<あとがきに代えて> 2011.8.22追記


読了ありがとうございました!

いろいろ設定はあるのですが、基本かるい話になっております。

お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、

Smile Japanということで、登場人物は全員「野菜」です。


野沢夏希(のざわなつき)→野沢菜

九条凪人(くじょうなぎと)→九条ネギ

聖護院大(しょうごいんまさる)→聖護院大根

柊野ささぎ(ひらぎのささぎ)→柊野ささげ(細長い豆の種類)

法連聰介(ほうれんそうすけ)→ホウレン草


流神系は京野菜でまとめてみました(笑)。

みなさま、野菜しっかり食べましょうね?

日本ガンバレ! 野菜もガンバレ!!ということで。

お目汚しでございました。


それでは、鴇合コウでした。


2012.10.30改稿

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