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4.紳士的な吸血鬼 ~ジェントルマンなバンパイア~

4.


 夏希の勤務は、最初から今のような勤務形態だったわけではない。

 偶然の出逢いの後。彼らの説明にまるで懐疑的だった夏希は、凪人の切羽詰まった様子と彼の秘書・聖護院大の獲物を見つけたような雰囲気に圧され、数日の試用期間を承知した。

 その際の条件は、

①できるだけ肌を露出した服装であること。

②肌表面は清潔に保つこと。化粧品も避けること。

③凪人の状態が落ち着き、完全に休息するまで傍についておくこと。

 以上である。勿論これらは、後に若干の変更を加えられることになったが。


 初日。蝋燭の明かりの中、夏希はミニ丈のネグリジェという格好で、落ち着かなく蒼い闇に染まるフランス窓を眺めていた。

 室内でも底冷えする早春の夜である。夏希は震える体を手のひらでこすりつつ、万が一を考え、金属製の大きな蝋燭立てを近くのテーブルにそっと引き寄せた。

 そのとき窓を真っ黒な影が覆い、一息に解き放たれた。髪の芯まで凍えそうな夜気が、風とともになだれ込んでくる。

 驚いた夏希は、その場に現われた男を見て二度驚いた。黒のロングコートを纏った彼は、数歩こちらに向かいかけ、いきなり前へと崩れ折れたのである。

 夏希は悲鳴をあげ、思わず彼の体を抱き止めて、一緒に床に倒れこんでしまった。

 尻もちをついたまま、お腹の上に乗った青年を見る。宵闇のせいだとは思えない顔色と体温。閉じた瞼。


「九条さん、大丈夫ですか! 起きて――」


 言いかけ、ためらう。仕事は、彼が休息に就いたら終わりでいいのだ。

 それでも今の彼の状態は、絶対に〝落ち着いて〟いる様子ではなかった。拳を握る。


「起きて下さい、凪人さん。起きなさいっ!」


 夏希の平手が凪人の頬に命中する音が、夜空に高く響き渡った。


 § § §


「なぜそれが〝膝枕〟につながるのか、いささか理解に苦しむんですよ」


 そう言ったのは、現在の勤務形態について話を振ってきた男、聖護院大しょうごいん まさるである。

 夏希は左腕を固定された体勢で、目だけを大柄なその彼に向けた。


「だから、凪人さんを起こしてソファに連れて行ったのはいいんですけど放してくれなくて、譲歩した結果が膝枕なんです」

「膝枕以外にもっと効率的な方法があると思うのですがね?」

「こうやって、できるだけ協力してるじゃないですか」

「それには感謝しているのですが」


 大が、脇に置かれた台の上でモーター音と共に撹拌される献血バッグをちらりと見やる。これは今から特別に処理されて凍結乾燥粉末フリーズドライ化して保存され、カプセルとなって雇用主の元へ運ばれるのだ。


「野沢夏希さん」

「なんでしょう、聖護院さん」

「凪人様はかけがえのない存在です。凪人様のためなら、私は何でもいたします」


 凪人よりも一段低いバスの声音は、彼の外見と同じく感情が全く窺えない。


「あなたに会う以前、弱っている凪人様に、思い余ってこの身を差し出したことがあります。ところが」


『――聖護院。僕は、他人の命の一部を得てまで命永らえることが、本当に正しいのか分からないんだよ……』


「そう言って泣かれてしまいした。凪人様はそういう方です。ですから」


 語を切り、大は強い眼差しで夏希を見つめる。


「お願いです。一時の同情で手を差し伸べるのなら、これ以上凪人様のお気持ちを乱さないで頂きたい。

 あの方にとって、あなたが少しばかり特別であることは認めます。ですが、あの方の背負っているもの全てを受け入れる御覚悟がないのでしたら、雇用主と従業員の関係は守って頂きたいのです」


 よろしいですね?という大の念押しに、夏希の答える声はなかった。


 § § §


「どうかした? 夏希、なんだか元気がないけど」

「……昼間、献血したので」


 凪人がかすかに舌打ちをして横を向いた。夏希の手がその髪を追い、撫でる。


「ちゃんと聖護院さんには、宮城県産の高級牛タンと会津産の厳選コシヒカリをたんまり要求していますから」

「ごめん」

「謝らないで下さい。農家の方の血と汗の結晶を頂くわたしだって、凪人さんと一緒です。それに肉も野菜もわたしも、元を正せば同じ命ですから」


 夏希の膝の上で、凪人の息が流れる。笑ったのか溜息なのか、夏希からは分からない。

 しばらく黙って髪を梳き、ふと彼の肩についた数本の短い毛を見つけた。


「猫ですか?」

「……子犬」


 むっつりと返された答えに、夏希の口元が綻ぶ。


「で、今度は何て聖護院さんに怒られたんです?」

「〝動物を救助する余裕がおありなら、なぜその余力をご自身の体力の温存に使おうという思考に至らないのか全く理解しかねます〟」


 夏希の笑いが、凪人にも伝わる体の揺れとなる。


「やっぱり爪の垢、混ぜておきましょうか?」

「いらない。夏希が朝まで一緒にいてくれたら、それでいい」

「残念ながら、それは雇用契約外です」


 凪人が寝入ったら、今いるソファはボタンひとつでベッドに変わるのだ。夏希は離れた別のベッドで眠る。


「じゃあ、このまま起きておこうかな」

「このまま素直に寝るのとカプセルを飲むの、どちらがいいですか?」

「……寝る」

「はい、お休みなさい。凪人さん」

「お休み、夏希」



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