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3.菜食主義な吸血鬼 ~ベジタリアンなバンパイア~

3.


「――食事の嗜好について疑問なんですが、凪人さん」

「いきなり固いね、夏希」

「硬いのは話ではなく、この人参スティックです!」


 ばきん、と威勢よく手にした人参を前歯で折り、夏希は声高に主張した。

 珍しいことに雇用主とのランチタイムでの会話である。


「有機栽培の金時人参なんだけど。硬いけど、味は濃くて美味しいよ?」

「ええ。わたしは一般庶民ですが、ここの食材が選び抜かれた物ということは分かります。問題は種類です」


 凪人は、ぽりぽりと上品かつ澱みなく赤みの強い人参を噛み砕きつつ、食卓を見渡した。

 スティック状に切られた金時人参とセロリに胡瓜。全粒粉で作ったブラウンブレッドに、ベーグルはプレーンとバジル入りだ。付け合せにスライスした玉葱とトマト。専門の農家から仕入れた生乳バターもある。

 スープは南瓜のポタージュに生姜を加えたもの。さらに金時人参・ブロッコリー・ジャガイモ・パプリカ・ズッキーニをオリーブオイルで炒めた温野菜の盛り合わせまで揃って、色とりどりの食卓模様である。


「ああ、茸があればよかったね」

「そうではなく」

「じゃあ海草?」

「いえあの、栄養バランス的にタンパク質が全く足りてないです」

「朝と夜は豆腐も納豆も味噌汁もあるし。湯葉も食べるよ?」

「動物性タンパク質はないんですか? せっかくお金持ちなんですから、飛騨でも松坂でも好きなものをお取り寄せすればいいじゃないですか」

「肉が食べたいんならそう言えばいいのに。今から仕入れさせるけど?」

「わたしが食べたいんじゃないです。凪人さんが食べるべきだって言ってるんです」


 ぽり、と人参の欠片を口に押し込み、凪人は前に座る夏希に困惑した眼差しを向けた。


「日本男児たるもの、体力が肝要です。牛でも豚でも鶏でもガツンと食べて栄養を――」

「野菜、好きなんだよね」


 がっくりと音が聞こえる勢いで、夏希の肩が落ちる。

 それを見て、どこか嬉しそうに凪人は頬を緩め、ワイングラスになみなみと注がれた真紅の液体に口をつけた。ダークスーツに身を包み、真昼でも夜の空気を纏う男にそれはこの上なく似合う――厳選された高知県産高級トマト100%で作られた、フレッシュ・トマトジュースである。

 真紅の飲み物を手に、白皙の雇用主は微笑とともにつけ加えた。


「それに僕には、夏希がいるから」


 § § §


「――だから、あんまり当てにするのもどうかと思うんですよ」

「そう言われても」

「過信しちゃダメですよ、凪人さん。力を使いすぎて発毛に影響したらどうするんですか?」


 夜、夏希に髪を撫でられながら、凪人が顔をしかめた。


「やけに限局的だね」

「老化というとやっぱり」

「過信してるわけじゃないよ。だけど……相手が多すぎる」


 凪人の口から吐息が漏れる。毎夜繰り広げられる極秘の戦いについて、愚痴を言うことなど滅多にない。


「夏希。この仕事が嫌なら――」

「雇用契約は1年ですよ。再就職後1ヶ月で就活なんてごめんです。まあ、もっと効率的な方法はないのかとは思いますけどね」

「……ないこともないけど」


 紺玉の瞳が、吸い込まれるほどの深度を帯びて夏希を見た。腹部の上に乗っていた広やかな手が、右側の肩先で揺れる栗色の髪に絡む。


「夏希が許可してくれるなら、僕は悦んで応じるよ?」

「28才の青年男児としては正しい反応かもしれませんが、雇用主としては最低です」


 空いている指で、その手の甲をぎゅっと抓る。


「わたしが言ってるのは、髪の毛とか爪ってことです。体で作られるものだから同じような効果があるかと」

「僕に君の髪の毛を飲めって?」

「爪の垢を煎じて飲むとか言うでしょう」

「君の口の悪さがうつりそうだな」

「聖護院さんに言い返すチャンスですよ?」

「それは諦めた」

「諦めるなんて貴方らしくも――」


 言いかけた夏希の口を、ふいに凪人の唇が塞いだ。腹筋を使って起こされた凪人の上体は、やすやすとソファに座る彼女の上体に届き、押しつめる。

 凪人はわずかに開いた夏希の口腔を舐め、ちゅう、と音をたてて唾液を吸いとった。


「ご馳走様」

「べ……ベジタリアンなのに、突然肉食にならないで下さいっ」


 仄明かりでも分かるくらい顔を真っ赤にして、夏希が怒る。

 凪人はくすりと笑って、膝に頭を戻した。


「だって、この状況でその格好であんなことを言われると、ね?」

「力を与えるには通気性のいい服をって寝間着を指定してきたのは、あなたの優秀な第一秘書の聖護院大しょうごいん まさる氏ですよ!」

「僕も最初はどうかと思ったけど……今は、良かったと思ってる」


 力を帯びたせいか、凪人の瞳が妖しい艶めきを帯びている。夏希が見惚れた瞬間、素早く凪人が、もういちど軽く唇を吸った。


「……もう、元気になったんなら寝て下さい!」


 夏希は背後からクッションを引き抜いて、膝上の顔面に振り下ろす。


「日本男児たるもの体力が肝要って言ったのは夏希だよ?」

「いいから寝て下さいっ!」


 クッションの上から拳でぼすんと殴る。くぐもった凪人の声が、笑いを含んで聞こえた。


「お休み、夏希」

「……お休みなさい、凪人さん」



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