たとえモテなくとも朝日は昇るんだぜ,覚えとけ
バレンタインデイというのはモテない男子高校生からしたらただの拷問のような日だ。最近は女子は渡す相手がいないこと『友チョコ』とかいう姑息な手段に逃げる、あれはあり得ないくらいに腹立たしい。あまりの胸のムカつきに嘔吐しかけたくらいだ。
「リア充<↓ファッキン!」
そんなことを叫んだとしてもそれは負け犬の遠吠えと嘲られる、嘲るのは友チョコに逃げた女子が大半だ。連中は自分の卑怯を棚に上げてモテない男子を視線や陰口で貶めるのだ、陰険極まりない。
だが、どこか苦しい言い訳に聞こえるのはモテない男子連中だってはっきりと自覚している。悲しいが、モテない事実は変わらない。そのクセ、バレンタインデイ当日になるとそわそわしている自分を冗談抜きで殺したくなる。
「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい……」
かくいう俺も教室に到着したら机の中に入っていた何かの紙らしきものに過剰反応して短い間ではあったがドキドキしてしまった愚者の一人である。ちなみにその紙らしきものというのは昨日自宅に持ち帰り忘れた数学の課題プリントだった、本当に死にたい。
いや、意識しないようにしていても意識しちゃうんだって、学校全体でピンク色の雰囲気をかもしだしているんだからさ。っていうかピンクの雰囲気の出所の連中は誰だよモテない男子みんなに土下座しろやクソ野郎!
「やばっ、数学もヤバイのになんだか吐き気まで……」
俺は、石田恭平は走って男子トイレへと向かう、その途中で女子やリア充共の心ない視線やいわれのない誹謗中傷が聞こえた気がした。バレンタインデイということもあってなんだか心がいつもより早いペースで傷ついていくような気もする……
「ウォッ……ゲェエエッ!」
激しく便器の中に吐冩物をぶちまける俺、元々ストレスに弱い俺はよく吐く。小学校の時は定番通りゲロに関するアダ名をつけられたりしていた。悲しいがそれは目を反らすことのできない真実である。
中学に上がってすぐからだったか、勝手に体が大きくなったおかげでそんなひどいことはなくなったが他校から同じ中学校に入学してきた女生徒からはひどく恐がられた。でかいという理由だけでな。
元来の俺の性格がわかった女子共はあろうことか俺のことをウドの大木だとかでくのぼーだとか言い出す始末、俺は怒り狂ったがそこは男子として、紳士の本性が残っていたのか絶対に手は出さなかった。
未だにトラウマとして心の傷が残るくらいにひどいことを言われたりもしたがそれすらも我慢してみせたせいで中学では『真の漢』だとかいう称号を戴き、全学年の全男子から崇められたりもしたが女子はますます俺のことを冷たい目で睨み続けた。
とにかく俺は異性に嫌われる、理由はさっぱりわからない。誰に聞いても同じ答えが帰ってくるだけ、本当に謎なのだ。誰に対しても当たり障りのない接し方をする委員長でさえも同じのことを毛嫌いしていた。
「ハァハァ……」
便器の水の中で漂う朝食をもったいなさそうな目で見る、今朝は早く起きてしまって(理由は聞いてくれるな)時間が有り余ったからたくさん食べておいたのだがこれで全てパーだ。体がでかい分、俺は早く腹がすく。きっと二時限目くらいには机にぴったりくっついて干物になっていることだろう。そんな干物になっている俺を見て冷たく嘲笑する女子たち……また吐きたくなってきた。
「死に、たいなぁ……」
誰かが言っていたような気がする、人類は男女がほぼ1:1の比で構成されていて、ムカつくことに半分は相手候補がいるわけだからどうにかして相手を見つけろ、というそんな話。
単純な話、俺は全人類の半分から敵視されている、簡潔に言うならば嫌われているということだ。いや、男でだって俺のことを嫌っている奴は多少はいるだろうから俺は全人類の過半数から嫌われていることになる。大げさに思われるかもしれないが俺が今まで歩んできた負の女っ気に溢れる人生を回想していったら……納得しかできない。
「うぅっ、うぅうっ……」
女は「男が泣くなんてみっともない!」とか言いながら自分は恥ずかしげもなく泣く、そこんところどうなんだと思うのだが今の俺にはそんなこと関係ない。ただただ自分の情けなさに涙するしかない状況なのだ。
始業の予令が成り響く、どうやら朝のSHRは丸々すっぽかしてしまったらしい。俺は渋々戻りたくもないピンク教室に戻るため個室から出た。当然誰もいない、校舎もこうだったらいいのにとあり得ない希望を抱きながら口をすすぎ、男子トイレから出ると真っ正面に俺の敵がいた。敵視されている女子とばったり出くわしてしまったのだ。
「あっ、すみません」
不快な表情に染まった不細工な顔を見たくないから迅速にその女子の脇を抜けていく、ひどい女子になるとこれだけの行為でも嫌悪感を隠すことなく不快感を露にする輩さえいるのだが……ハハッ、どうしてこんなに嫌われてるんだろうなぁー俺って。ルックスは中の下だけど絶対にこの学校でビリってわけじゃないはずなのになぁー……
「あ、あの!」
なんだろう、幻聴が聞こえる。よっぽど体調が悪いらしい、そういえばなんだか熱っぽい。よし、このまま保健室へ直行してしまおう。授業もサボれるしバレンタインデイのピンク雰囲気を味あわなくても済むんだからまさしく一石二鳥……
「いっ、石田恭平っ!先輩……」
あーあー、幻聴とはいえついには自分の名前に先輩ってつけちゃったよ。さみしいなーこりゃ、部活にも委員会にも入ってない俺がそんな風に先輩って呼ばれることなんて、しかも今聞こえてる幻聴みたいにかわいい女の子の声に言われるなんて今後の人生においては精々社会人になってからじゃないとあり得ないはずなのに……末期なのかなぁ……
「あ、あのっ!聞いて欲しいことがあるんですっ!」
ずいぶんとしつこい幻聴だ、こんなに長時間幻聴に話しかけられた経験は全人類の中で俺しかいないに違いない。ハハッ、リア充共からなんだかわからないが一歩リードしてやった気分だぜ。
「お願いしますっ!私の話を聞いてくださいっ!」
おいおい、いくらなんでもしつこすぎやしないか?俺はこれから保健室に行って保健室の先生が記入する保健室カードに書かれている質問に答えなきゃいけないんだ。俺は保健室の常連だから質問に答えることにあまり時間はかからないはずだけど俺は保健室の先生にも嫌われているから互いに不愉快な時間ひ短い方がいい、だからさっさと保健室に行きたいのにこの幻聴ったら、もう……!
「しつこいんだよ!どうせすぐ忘れるんだからとっとと消えちまえ!」
と、背後を振り返りながら怒鳴る。するとなんだろう?ちょうどグットタイミングでいただけだろうと思われる俺の背後にいた女子はなぜだかその言葉が自分に浴びせられたものであるかのように悲しそうな表情を浮かべていた。
「あっ、ご、ごめんなさい……唐突でこんなしつこくされたら、不愉快ですよね……」
「!!??」
現状が全く飲み込めてない俺が呆けてつっ立っていた、そして眼前には今にも泣き出しそうな女子。こんなに困ってしまうシチュエーションは初めての経験、まさしく初体験。
「……」
こーれーはーまずい!全く状況が飲み込めていないというのに修羅場のまっただ中っていう危機的状況!またしても吐き気が俺の背筋をゾクゾクと襲ったがまた悠長に嘔吐している暇さえない、とにかくこの女子から距離をとらなければっ!
「うっ、うぅっ……」
泣かれたぁーっ!この女は俺に何を求めてるんだよちくしょう!っていうか周囲の視線が痛い、今の時間帯はそれぞれの授業を受ける教室に移動する時間だから当然人通りは多い、っていうすごく多い。こっちも泣き出したくなるくらいに。
「お、おい!泣くなって!」
「ごめんっ、な、さいぃ……ひぅう……」
「……!……あー、もぅっ!」
俺は周囲から注がれる好奇と憎悪と白い視線に耐えかねてその女の手首を掴んだ、すごく細くて白い。強く握りすぎたら折れてしまいそうだ。
「来いっ!」
「えっ?ひゃあっ!?」
まるで人拐いだ、俺はその女の手首を掴んだままの状態で人が少ない場所まで走ることにして人ごみを駆け抜けた。こうなると完全に無我夢中というやつで止まらないし止まれない、周囲からの誹謗中傷なんて耳にも入ってこなかった。
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「ハァっ、ハァっ……」
「石田先輩、って……」
「こんな状態でしゃべられても、答えられんから……」
自分で勝手に引っ張って連れてきておきながらひどいいいぐさだと思った、っていうか女子と何の偏見も憎悪もなんらかの負の感情を抱かれずに話すのって、これまた初体験だ。
「石田恭平さん、ですよね」
「……あぁ」
か、かわいい……。こんなにかわいい女の子からこんなに屈託のない笑顔を向けられる経験は今後ないかもしれない、っていうくらいにかわいい。網膜に焼き付けてでも脳内フィルターに保存しておかねばなるまい。
「先程は失礼しました、石田先輩を前にしてちょっと緊張してしまって……」
「?なんで緊張?」
嫌悪感でか?こいつ本当に気持ち悪いみたいな感情で緊張なんかするのか?
「だ、だって……」
俺は聞いてはいけないことを聞いてしまったのか、女の子は急にどぎまぎしだす。俺なんかを相手にしながらドキドキすることなんてないはずなのに、なんでだ?
「なんだよ、モジモジしてないで早く言えよ」
うわっ!女子に対して全く免疫がないから簡単にひどいこと言ってしまった!また泣かれたらどんなリアクションしていいかわかんねーぞ。
「わ、私!中田亮子っていいます!石田先輩のこと、好きです!付き合ってくださいっっ!」
「……………???」
どうやらこの子は異国のお人だったらしい、何を言っているのか全くわからなくなってしまった。それとも神様が人間が地球を我が物のように無躾に扱っているからバベルの塔の時みたいに言語を乱したのかな?やばいなー、これからどんな風に生活していけばいいんだろ?とにかくジェスチャーからかな……?
「め、迷惑ですよね……初対面の人間にそんなこと言われても……」
「……」
ボケタイム終了、考察タイム開始、っていうところか?なんだか俺は今まで体験したことがないくらいに幸せな状況にいるらしいぞ?
「迷惑じゃない、けど……」
何を話したらいいかわからないまま口を動かしたからしどろもどろになってしまう、舌がとことんもつれまくってしまってなんだかムズムズしてしまう。でも不思議と今までのように吐き気は込み上げてこなかった。
「迷惑じゃないんだが、こんな風に人に好きとか言われたりした経験がないから、なんて受け答えしたらいいのかわからないだけなんだ。気を悪くしないでくれ」
「よ……よかったぁ~……」
女の子はホッとしたようで胸に手を当ててその場にへたりこんだ、どうやら大きな両目には溢れんばかりの涙が貯まっていたらしくホッとしたせいで気が弛んだのかボロボロと大粒の涙を溢し始めた。
「よかったぁ……嫌われなくてよかったぁ……」
込み上げてくる嗚咽を抑えきれないのか、亮子はへたりこんだまま泣き出した。俺は自分の目の前で異性に泣かれるだなんて珍しいシチュエーションに出くわしたことなんか一度もないから戸惑うことしかできない、とにかく手の震えを抑えながら亮子の頭を撫でてみた。すげぇ、髪の毛がここまでツヤツヤの人間がこの世にいるんだ。
「あ、ありがとうございます……グスン……」
亮子はなかなか幼さが残るなりに端整な顔が台無しになるくらいに顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた、生来の泣き虫なのかもしれない。
「落ち着いたか……?」
「はぃ……」
……なんだか俺の一挙一動がリア充っぽくなっているような気がする!頭とか撫でる以前に生まれて初めて母ちゃん以外の女に触れた!何コレ奇跡みたいだ!
「石田先輩……」
「……!」
さすがに今のは動揺が表に現れてしまったことと思う、なんてたってかなりの美少女が上目遣いで両目をウルウルさせながらこっちを見ているのだ。動揺どころか興奮しないわけがない。
「すみません、こんなにご迷惑をおかけして……授業までサボらせてしまって……」
「……」
授業をサボらせたのは完全に俺なのでなんだか心が痛いがそこは黙っておこう、ロマンチックな、そう!ピンク色の雰囲気を壊しかねないからな。
「亮子、だったけ?」
「はっ,はいっ!」
いきなり下の名前で呼ばれたからか,亮子はかなり驚いているようだった。どうやら異性に対して免疫がないのは亮子も同じらしい,それを知った俺はちょっとだけだが気が楽になった。
「なんで俺なんかと,その……付き合いたいと……?」
ここでそこらの物陰から「大成功!」なる看板を持った人間がニヤケ面しながら出てきたら一発で人間不信になったことだろうがさすがにそんなことはなかった,亮子はまたしてもモジモジしながらゴニョゴニョと話し出した。
「やっぱり覚えてるわけ無いですよね……だいぶ前に助けてもらったことなんか……」
「……あ」
朧気だがわずかに頭の片隅に転がっていた記憶の欠片を拾い上げる,さっきも言った通り俺はなぜだか不本意ながらも中学校では完全に男子だけから英雄扱いされていて,どれだけガラの悪い不良にも一目置かれていたのだ。
街中でその知り合いの不良が誰かにからんでいたりしたら出来るだけ声をかけるようには心がけている,からまれているのは主に女性なのだがその大半は俺を見ると不愉快な表情になる(助けてあげたっていうのに!)。
そんな身勝手極まりない扱いを受けまくっていたなかで,誰だったかはほとんど覚えていないのだがいたのだ。きちんと頭を下げて俺に礼をした,そう亮子くらいの大きさで見た目もそっくりな……
「あの時の,は……亮子,だったのか……!」
「!覚えててくれたんですね!」
亮子は太陽のように瞳を輝かせて俺を見上げる,あまりの眩しさに目を背けてしまいそうになった。
「あの時すごく嬉しくて……一度お礼がしたって思ってずっと石田先輩のこと考えてたら日に日に先輩のこと好きになっちゃって……」
思いの丈をぶつけまくる亮子の表情は幸せそうだった,今まで溜め込んできた感情を吐露することができて清々しい気分なのだろう。俺は俺みたいな嫌われ者の目の前で嬉しそうに微笑んでいる亮子の頬を,込み上げてくる感情を抑えることができなくなって,少しだけ触れた。
「ふぇっ!?」
亮子は猫が突然人間にちょっかいを出された時のようにビクッと体をすくめる,俺も似たように手を引っ込めると二人の間にはなんだか気まずい沈黙が流れた。
「ご,ごめん……」
「わ,私も大きい声出しちゃって……」
「……」
「……」
すごく静かだった,すぐ側の運動場で行われているのであろう体育の授業を受けている生徒の騒がしい喧噪がすごく遠くに聞こえるくらいに,静かだった。
「いい,ですよ……?」
深すぎる沈黙を破ったのは,亮子の小さなためらいがちな声だった。
「さ,触ってもいいです……石田先輩になら,触られたいです……」
「……」
右手を,亮子の頬に伸ばす。亮子自身がいいと言っているが,俺にはこのまま触れてしまってもいいものなのかわからなかった。
「やわらかい……」
ついそう口に出してしまうくらいに亮子の白い頬は柔らかかった。軽く触っただけなのに簡単に指が沈んでいく、俺が亮子の頬に手をやりながらぼんやりとしている間、亮子はずっと恥ずかしそうな表情をしていた。
「石田、先輩っ……恥ずかしいです……」
亮子は小動物のように震えながらそう言ったが俺だって恥ずかしい、心臓は亮子の耳に直接鼓動が聞こえてしまうんじゃないっていうくらいにドキドキしていた。
(わ、悪くない、かも……)
これがリア充の気分というやつなのか、だとしたら悪くないかもしれない。今までの姿勢をあっさり変えてしまうことはちょっとかっこわるく感じたがそんな中途半端なプライドは目の前で俺に対して頬を赤らめている亮子を犠牲にするに足るものなのか?
「り、亮子……」
震える声をなんとか抑えようとするがやっぱり多少は震えてしまう、それでも乾く口の中を僅かっぱかし残っている唾液を総動員してどうにかしゃべれるようにする。一、二回ほど肩で呼吸してから亮子の頬から肩に手を移した。
「……!」
俺のいきなりの大胆な行動に亮子はびっくりしている、俺は亮子が落ち着くまで少し待ってからまた呼吸し直した。
「付き合うって話、こちらこそよろしくお願いします」
「……っっっっっっ!」
亮子の顔が真っ赤に染まり、ボンッ!という音がした。マンガみたいに大げさなリアクションだった。
「ほ、ほほほほほ本当にいいんですかっ!!?」
「うん、俺はまだ亮子のことはよく知らないけど……ちょっと付き合っているうちに亮子のこと好きになれるかもしれないから」
「うっ、あっ、うぅうぅ……」
亮子はまたしてもその場にしゃがみ込んで泣き出す、かなり大胆になっていた俺は亮子の頭を優しく撫でてみた。
「あっ、あぅう……ありがとうございますぅう……」
「亮子はけっこう泣き虫なんだな」
もし、何も知らない女子が目の前で泣いていたら俺はうっとうしそうな視線をそいつに向けたことだろう。だが、今俺の目の前で嬉し泣きしているのは亮子だ、俺のことを好きと言ってくれた、亮子なのだ。
現金なことだが、急に人生が薔薇色に見えてきたぜ。
コレを見てモテないからと言って卑屈になっている青少年が前向きになってくれたら幸いです(笑)