怪奇事変 隣人
第四十七怪 隣人
安アパートを借りることができた俺は早速入居手続きを済ませ、即日入居可の物件に今日から入居する事になった。
菓子折りを持ってアパート全体に挨拶周りを済ませて行く。
「(こういう手順ってなんかあるみたいだけど、どうせ全員に渡すんだから良いか)」
そんな軽い気持ちで菓子折りを渡し引っ越しの挨拶を済ませて行く。
最後は隣人でしめようと思っていたので順調に挨拶は終わって行く。
年齢層に揺れ幅があるアパートだが、少しだけ不思議な体験をした。
「そうかいそうかい、ところでもうお隣さんにご挨拶はされたので?」
「いえ、まだですけど……」
「そ、そうですかい……できれば、早めにしといた方が良いですよ」
「はぁ……」
他の方も口を揃えてそう言うのだ。
隣がなんだと言うのだろうか?それほど強面の方でも入居していて、オラついている系なのだろうか?と思考を巡らせつつ、いよいよ最後の挨拶として隣人の部屋に付く。
両サイドあり、左側の隣人は至って普通に終わった。
「(なんだ、ビビるほどじゃないじゃないか……)」
肩透かしを食らった気持ちになり、右の隣人にも同じ様に挨拶をしようとインターホンを鳴らそうとしたとき、鍵が開く音がしてドアが自動開閉する。
「ッ!?」
少し驚きながらもドアの隙間から出てきたのは、長い髪にお世辞にも綺麗とは言い難い不衛生な髪質の男性?だった。
彼は何も言わずにこちらの瞳を覗き込んでくる。
その瞳も何故だが凝視できない程、何か特別な気持ち悪さを含んだ眼だったので、急いで挨拶を済ませる。
「と、隣に引越した——」
「佐藤さん、ですよね」
「え?」
「いえ、声が聞こえたもので」
そこまで大きな声で挨拶をした覚えはないがいきなり苗字を言われて驚いてしまう。
先ほどのドアの開閉と言い、眼の特徴と言い、まるで——
「心を読まれてる——って思いましたか?」
「え!?」
「いえ、勝手ですけど人の頭の中を推測するのが好きなんです、すみません」
「……」
読心術——と言うものがある。
心を読むと言うより仕草や表情の癖、身体の動きなどで心理状況を読み取ると言った特別なスキルだ。
もしそれができる人だとしたらそれはとても凄い能力ではあるが、初対面の人間にいきなりあれこれ言われるのは——
「不気味……ですか」
「ッ!?」
まただ、彼は少し落胆したような表情を見せていたが、先ほどからこちらは心臓がドクドクと早鐘を打っている。
そういえばこのアパートの人が隣人について挨拶したかどうかを言っていたのを聞いてる。
もしかして——
「隣人についてあれこれ言われましたか?そうですよね、自分、結構不気味なんで」
「え、え?そ、そんなこと——」
「この髪、不衛生でしょ?」
「……」
本当に、まるで心を読まれているかのようだった。
恐らく今となって分かった事にはなるが、これがみんなが言いたかった事なのかもしれない。
——彼は心を読む事ができる人間なんだっと——
此処の生活も数週間も経てば落ち着いてきた。
流石にまだ慣れない事もあるが、特に隣人だ、右側の。
「そういえば……」
左側の隣人だけ特別に何か右側の隣人について、何か物申す事を言ってきたことはなかった。
数週間の話だが、やはり挨拶に向かった人全員が同じように心を読まれた様な対応をとられたらしい。
そこから一気に不気味になり、あまり交流を避けていたとの事だった。
だが——左側の隣人は特に何も言ってはこなかった。
思えば近いと言う事もあるのかもしれないと思ったが、だがそれだけでアドバイスをしてきた他の住人とは違う態度をとるだろうか?
「(あまり関心がない……)」
のかもしれない。
そう思ってコンビニに手軽に食事を済ませようと買い物に出掛けようと扉を開けると、先ほど頭で考えていた左側の隣人と顔を合わせり。
「こんにちは」
「どうも、こんにちは」
短い挨拶を済ませて階段を降りようとした、まさにその時だ。
「関心はありますよ、ただいちいち口に出して説明しなくても何となくわかるんですよ」
「……はい?」
「いえ、ただの独り言です。右さんと違ってこれでも世渡りは上手いものでして」
「……」
関心……それは部屋で思っていた心の声だ。
口出してはいないし、噂した覚えもない、なのに的確に的を射抜いてきた発言に背筋が凍る。
「そんな緊張した顔したらいけませんよ、右さんに心を読まれてしまいます」
「え?」
「あら、知らなかったんですか?右さんは人の心を読むのが得意なんです」
「読心術……ってやつですか?」
「ええ、だからみーんな右さんの事を覚だなんて噂してるんですよ」
「……」
覚とは妖怪の一種で心を読む読心術を使える妖怪の事だ、一説にはその隙に人間を食べてしまうとも言われている。
「そうそう、佐藤さんの部屋って前の住人の噂、知ってます?」
「いえ、知らないです」
「怖くなって逃げたとかじゃなくて、一夜にして居なくなったんですよ」
「居なく?」
「ええ、そりゃもう大騒ぎでして、警察も血眼になって探していたんですけど犯人は見つからず」
「それで」
「事件は未解決で終わってしまったんです、あれ?入居前に聞きませんでしたか?」
「い、いえ……」
そんな話を聞いてたら此処に住むなど決断しなかっただろう。
そう思っていたら——
「知ってたら住んでなかったか~」
「え?」
「って顔、してましたよ?」
不気味に笑みを浮かべて話す隣人、まさかこの人も——
「残念、私は覚じゃないですよ、少々読心術に縁があるもので、完璧に人の心を読む事もできません」
「そう、そうなんですか……」
「だって気味悪がれるじゃないですか、まるで自分の考えてることを見抜くなんて、妖怪なんてあだ名付けられたらショックで泣いてしまいますよ」
「は、ハハ」
だが今確かに、自分の心の内を当てて見せたので驚くも、読心術を覚えているなら話は別かもしれない・
「とりあえず、右さんには注意しておいた方が良いですよ、裏では酷い言われようですから」
「は、はぁ……」
そんな左側の隣人にアドバイスをもらい買い物を出ることになったが、最後まで左側の隣人は、自分の姿が見えなくなるまで上から自分をまるで観察している様子だった。
それがまた不気味になった、どちらかと言えば右側の不気味さは一瞬だが左側の隣人による行為は後を引く不気味さだった。
だがこの時の自分はまだ知らなかった、この不気味さが時が過ぎて行くにつれて更に不気味になっていく事を。
それから更に数週間経った、不気味な感覚は消えぬまま、何故か左側と右側の隣人の交流は増えていった。
勿論、自分が率先して増やした訳でない、彼らが……意図せぬタイミングで接触してくるのだ。
「今、なんでこんなタイミングって思いませんでした?」
「い、いえ」
「まーた話しかけてきたって顔してますよ」
「そんな事はないです……」
こんな感じだ、正直疲れる。
まるで2匹の覚に挟まれているような感覚で窮屈なのだ、それを見る他の住人の目も最近は煩わしく思っている。
何故なら憐れむ、または彼等と同じ様な不気味な目でこちらを見るのだ。
「俺が何をしたんだって顔してるね?君は何も悪い事なんてしてないのに……」
「気にしないで、だって彼等は僕等を不気味な怪物の様な目で見るのが得意なんだ」
「……」
段々と境界線が分からなくなってくる。
まるで洗脳をされているかのような感覚、自分は一体どちらを信じれば良いのだろう?
初めて此処に越してきた住人の言葉を信じて2人を疑い続けるべきなのか?
それとも自分の身を案じる様な口ぶりをする2人を信じるべきなのか?
もう分からなくなってきた。
1年後——その部屋は空っぽになっていた。
住人曰く、突然の失踪らしい。
それは今回に限った話ではなく、もう何回目の失踪だ。
流石に大家もこの件について2人の隣人に問い合わせて、彼の状況を事細かく聞いてみたが、重要な内容は聴けなかった。
それは警察も同様だった。
何処に消えたのかは分からない、だが確かに分かるのは、そのアパートで起きている失踪事件は必ず隣人同時に板挟みにされた部屋に住む住人になっていると言う事。
そんな短い手がかりしかない状況下で捜索するも、最後には見つからなかった…。
そしてそのアパートではこんな言い伝いが残されていた。
住人は隣人の彼等を——覚と呼んでいる。
第四十七怪 2匹の覚
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