自分に自信がなかった伯爵令嬢が、顔を変えて婚約者の本心を確かめたら
伯爵令嬢モニカ・フローデと、その婚約者ノックス・アルヴェインは、婚約者同士だ。
「今日も可愛い」
「君はとても綺麗だ」
「モニカ、君のことが好きだ」
いつの頃からか、顔を合わせる度にノックスは、まるで息を吐くように、事あるごとにモニカにそう言った。
その声は柔らかく、ためらいがない。
彼からの言葉を向けられるたび、胸が温かくなる――はずだった。
それなのに。
(……どうして、こんなにも)
モニカは、彼から褒められると、恥ずかしいながらも嬉しい反面、小さな棘を覚えていた。
なぜなら、自分は特別美しいわけではない。
むしろ整った顔立ちの人間の多い貴族の中でも、中の下だと認識していた。
以前に、社交界の片隅で、貴族の子弟たちが会場にいる令嬢の顔をランク付けしているのを、偶然耳にしたことがある。
「フローデ家のモニカ嬢はどうだ?」
「あー、あれはなしだろう! まあ、実家が金持ちだからそういう意味じゃありかな。けど顔で言えば中の下だ」
その時の彼らの言葉は、未だにモニカの心に影を落としている。
誰もが息を呑むほどの顔立ちではないと、いつの頃からか分かっていた。
それなのに、ノックスは何度も、何度も、モニカに言葉を繰り返す。
だからこそ、疑惑はどんどん深まっていく。
(本当に、彼はそう思っているの? やっぱりお金の為に……)
モニカの実家は、貴族の中でも指折りの資産を誇っている。
祖父の代に始めた貿易業が好調で、今やこの国でフローデ家の名を知らない者はいない。
一方で、ノックスの家は侯爵家とはいえ、近年は資金繰りに苦しんでいると聞く。
それでもノックスには婚約の話が絶えなかった。
なぜなら彼は、モニカとは対照的に、美麗な顔立ちを持つ青年として社交界で有名だったからだ。
彼と目が合えばどんな令嬢も目を蕩けさせ、花に誘われる蝶のようにフラフラと吸い寄せられていく。
淡い金の髪と理知的な紫の瞳。
整った顔立ちながら浮かぶ笑顔は柔らかく、威圧感がない。
資金力のある中堅貴族と、資金に苦しむ権威ある上位貴族――この婚約は、互いの家にとって都合が良い。
だからこそ成立したものだが、モニカという婚約者がいて尚、ノックスに声をかける令嬢は後を絶たない。
――けれど。
モニカがノックスを好きになった理由は、顔ではなかった。
初めて顔を合わせた日のことは、今でもはっきり覚えている。
緊張のあまり、何を話したのか自分でも分からなくなるほどだったのに、モニカの言葉を一つも遮ることなく、ノックスは最後まで聞いてくれた。
取り立てて面白い話でもなかったはずだ。
社交界で話題になるような出来事でもない。
それでも彼は、笑うこともなく、ただ静かに頷いていた。
その態度が、なぜだかとても嬉しかった。
また、ノックスは、フローデ家の資産について必要以上に話題にすることがなかった。
「家の話より、俺は、君自身の話を聞かせてほしい」
そう言われた時、胸の奥が温かくなったのを覚えている。
それから二人で色んな話をした。
好きな本の話、やりたいことや行ってみたいところ、趣味や苦手なこと……。
特に驚いたのは、ノックスの苦手な食べ物の話だった。
「えっと、ピーマン、が、あまりお好きではないんですか?」
「……いい年して恥ずかしい話なんだが。勿論、食卓に出たら残さず食べる。食べるんだが、どうにも苦手なままで」
他にも人参や玉ねぎもダメだという。
まるで小さい子供みたいだと思わず笑ってしまったモニカ。
けれど、失礼に当たると思ってはっと口元を抑え謝罪するも、ノックスの表情は穏やかだった。
その表情のままじっと見つめられ、戸惑うモニカに、ノックスは言った。
「俺と話す時、未だに緊張していたみたいだったが。……こんな話で君の気持ちが少しでもほぐれて可愛い笑顔を見られたのなら、話した甲斐があった」
その瞬間、モニカの世界は確かに止まった。
そして気付く。
モニカはノックスのことが、いつの間にか好きになっていたんだと。
しかし、王子様然とした美貌の子息と、こげ茶色の髪とくすんだ灰色の瞳の地味な顔立ちの令嬢。
二人が並んだ姿は、まるで似合ってないと何度嘲笑されたか分からない。
落ち込むモニカに、ノックスは、気にする必要はないし、君は綺麗だから自信を持て、と言われてきたが……。
一緒に過ごす時間が増えるほどに、モニカの不安はどんどん大きくなっていく。
(こんな風に優しいのも、褒めてくれるのも……必要だから、なんじゃ……。もし私が、本当に可愛くなかったら……それでも、この人は同じ言葉をくれたのかしら)
◆
ある日、モニカの表情がいつになく沈んでいることに、母のマレーネが気づいた。
「モニカ、どうしたの?」
家族との朝食の終わり、ため息をつきながらナイフを置いたモニカに、マレーネが気遣うように声をかける。
少しの沈黙のあと、モニカは、ぽつりと口を開いた。
「……ノックス様は、とてもお優しいのです」
好きなところを挙げれば、いくらでもある。
だからこそ、言葉が詰まる。
「でも……信じきれなくて」
これまで悩みを人に打ち明けたことはなかった。
けれど一度言葉にしたことで、胸の奥に溜め込んでいたものが、静かに溢れ出した。
自分は美人ではないこと。
それでも可愛いとか、好きだと言われることが、嬉しい反面、怖いこと。
侯爵家の事情を考えるたびに、その言葉が打算に聞こえてしまうこと。
「……だって私、そんなに可愛くないもの」
「何を言っている、父親である私の目から見ても、お前は十分可愛い」
父のゲオルクが声を上げるが、モニカの心が晴れることはない。
と、静かに娘を見つめていたマレーネが、ふっと口を開いた。
「やっぱり親子なのね。まさか……あなたも、同じことで悩むことになるなんて」
「え……?」
「私も、昔そうだったわ」
それは、モニカにとって初めて聞く話だった。
ゲオルクは、昔に比べれば確かに皺も増えたし白髪も混じっているが、それでも彼の美貌は同じ年の貴族たちの中でも群を抜いており、未だに衰えていない。
そんなゲオルクを婚約者に持つマレーネもまた、モニカと同じ年頃の時、まったく同じ悩みを抱えていたという。
既に資産家として有名だったフローデ家の一人娘のマレーネと婚約した、公爵家の三男のゲオルク。
彼もまた今のノックスのように、マレーネを綺麗だ、可愛い、好きだという言葉を惜しみなく浴びせていた。
「でもね。言われれば言われるほど、不安になったの。この人は、私の何を見ているのだろうって」
そんな時、一人の占い師に出会ったのだという。
ゲオルクとのことを尋ねると、その愛は本物だから心配することはないと言われた。
それでも信じ切れなかったマレーネに、占い師はあるものを渡した。
「一日だけね、美人になる薬をもらったわ」
「えっと、お母様はそのあと……」
モニカは息を呑んだ。
マレーネは小さく微笑み、美人になった姿である計画を立てた。
……結末は聞くまでもない。
今マレーネとゲオルクが仲睦まじい夫婦として社交界中に名をはせているのが、その答えだろう。
マレーネは立ち上がり、部屋の奥から小さな瓶を持ってきた。
「実はその薬、まだ残っているの」
机の上に置かれた瓶は、想像よりもずっと小さかった。
そこへ、話を聞いていたゲオルクが口を挟む。
「そんなことをしなくても、ノックス殿はモニカを好きだと思うぞ」
穏やかな、しかし確信のこもった声だった。
それでも、モニカは首を振った。
「……それでも、私は不安が拭えません」
もしかしたら、真実を知る代わりに、今の関係が壊れてしまう可能性だってある。
――知らなければ、このまま幸せでいられるかもしれない。
けれど、疑いを抱いたまま、笑い続けることもできない。
モニカは、ノックスの顔を思い浮かべる。
優しく笑う横顔。
迷いなく差し出される手。
「可愛い」「綺麗だ」「好きだ」と言う、あの声。
……このままでは、一生、確かめられなかったことを、心のどこかで責め続ける。
小瓶に手を伸ばし、ごくりと喉を鳴らすモニカの手を、マレーネはそっと取る。
「あなたのこの判断が正しいかどうかは分からないわ。関係が壊れてしまうかもしれない。それでも、確かめると決めたなら……私は、あなたの味方よ。だってあなたの気持ちが、痛いほど分かるから」
モニカは、静かに瓶を手に取り、栓を抜いた。
ためらいは、もうなかった。
中身を一気に飲み干した瞬間、身体の感覚が、確かに変わり始めた。
――もう、後戻りはできない。
◆
その日ノックスと会う約束があったため、予定通りの時刻に、彼はフローデ家を訪れた。
モニカは、応接室の外に立っていた。
扉一枚を隔てた向こうから、聞き慣れた声がする。
「……モニカは?」
彼の声に、胸がきゅっと締めつけられた。
モニカの今の事情を知る使用人が一瞬だけ言葉を選び、丁寧に答える。
「申し訳ございません。モニカ様は、少し外に出ておりまして。ほどなく戻られる予定ではございますが……」
「分かった。では、戻るまでここで待たせてもらいたい」
その声はいつも通り穏やかだったが、どこか落ち着きがなかった。
約束の時間に姿を見せないことなど、これまでほとんどなかったからかもしれない。
(……ごめんなさい)
心の中でそう呟きながら、モニカは、壁にかかった鏡に映る自分を見つめた。
その姿を見た時、何度も息を呑んだ。
誰が見ても美しいと認めるだろう顔に、モニカは変わっていた。
髪の色も瞳の色も同じなのに、これまでのモニカだと、誰も気付けないだろう。
実際使用人たちも、事情を説明されるまで、顔の変わったモニカを認識できなかったほどだ。
顔を変えたモニカは、これからマレーネと同じことをするつもりだ。
――今の彼女の名前は、メアリー。
隣国に住むモニカのいとこで、長期休暇で遊びに来たという設定だ。
勿論そんな女性は、この世に存在しない。
モニカは深く息を吸い、吐く。
そして、控えめなノックの音を鳴らした。
「失礼いたします」
扉を開き、モニカ――いや、メアリーとして、応接間に足を踏み入れた瞬間、
ノックスが一瞬だけ目を見開いたのが、はっきりと分かった。
(……そう、よね)
これだけの美人だ。しばらく見惚れて動けなくなるのではと、そう思った瞬間、モニカの心がずんと沈みかける。
けれど。
予想に反してノックスは、すぐに視線を逸らし、礼儀正しく一礼した。
「初めまして。アルヴェイン侯爵家のノックスです」
とても丁寧で、だからこそよそよそしい距離感がはっきりと伝わってくる。
そこには、美人を前にした戸惑いも、浮つきもなかった。
「初めまして。私はメアリーと申します。モニカが戻るまで、私がお相手いたしますね」
ノックスの反応に少しだけ嬉しく思いつつも、微笑みながら、モニカは席に着く。
モニカだと気づかれることはないだろうが、声のトーンや細かい仕草にも細心の注意をはらう。
彼と繰り広げるのは、当たり障りのない話題だ。
天気の話。
最近の社交界の話題。
けれど、会話を続けるほど、分かってしまう。
ノックスの返答は簡潔で、どこか上の空だった。
そして、ふとした拍子に、彼の視線が扉へ向かう。
「……今日は、随分戻りが遅いようだな」
まるで独り言のような呟きだった。けれど彼の声にはどこか、心配するような色が込められていた。
「……モニカのことが、心配なのですか?」
そう尋ねると、ノックスは一瞬だけ言葉に詰まり、苦笑した。
「ああ。普段は、こんなことがないからな」
目の前には、誰が見ても美しい女がいる。
それなのに、彼の関心は、終始そこには向いていなかった。
彼が気にしているのは、ただ一つ。
『モニカがここにいないこと』だけだった。
モニカの胸の奥に、安堵と不安が同時に広がる。
しばらくの沈黙の後、モニカは――メアリーとして、カップを置いた。
今なら、聞ける。
取り繕われていない、本心を。
そしてモニカはゆっくりと息を整えると、意を決して口を開いた。
「……差し出がましい質問でしたら、お許しください」
ノックスは顔を上げる。
「ノックス様は、モニカのことをどう思われているのですか?」
「どう、とは」
「……モニカが私に、言っていたのです。ノックス様は自分にとても優しくしてくれるし、綺麗だと、好きだとも言ってくれるけれど、本当はそんなこと思っていないんじゃないのかと。……この婚約は、侯爵家の資金繰りをよくするためのものだから、気を遣って言っているのではと」
一瞬、空気が止まった。
けれどノックスは、困ったように眉を下げ、やがて小さく息を吐いた。
「そうか、彼女がそんなことを。……俺は婚約者失格だ。きっと俺の伝え方が足りなかったんだな。大切な人をそんなにも苦しませていたとは」
その言い方は、まるで本当にモニカのことを好きだと言っているようで。
「あの、ノックス様は、モニカのことを……」
掠れる声で尋ねた問いかけに対する答えは、すぐに返ってきた。
「当然、好きに決まっている」
「っ!」
まっすぐな瞳にも、彼の言葉にも、嘘はないように思えた。
思わず息を呑むモニカに、ノックスは、ゆっくりと、静かに言葉を紡ぎ出す。
「実はモニカは、俺の片思いの相手だったんだ」
「え……そうなのですか?」
てっきり婚約の時に顔合わせたのは初対面だと、モニカは少なくとも思っていた。
けれど、ノックスはもっとずっと前からモニカのことを知っていたという。
ノックスは手にしたカップを置くと、過去を思い出すように目線を遠くへ向ける。
「今から三年程前だろうか。ある時、俺は弔問で孤児院を訪れたんだ。とはいっても、貴族の弔問なんてものは大概が形式的なものだし、正直に言えば長居するつもりもなかった。けど」
そこでノックスは、目元を和らげ、ふっと笑った。
「子どもたちの中心に立つ、一人の令嬢の姿を見たんだ。見るからに高価なドレスを身に纏っていて、それなのに、服の裾が汚れるのをまったく厭わず、泥だらけで子どもたちと遊んでいて」
胸が、どくりと鳴る。
「近くの人に話を聞いたら、彼女がフローデ家のモニカだと知った。モニカは、子どもたちと同じ目線に立ち、笑い合い、汚れることも、立場も、見られ方も……何一つ、気にしていなかった」
ここでノックスが、自嘲じみた笑みを浮かべる。
「俺は素直に驚いたんだ。寄付をすれば、貴族としての矜持は保たれる。特権階級の義務をただ果たせばそれでいいと。なのにモニカは、義務ではなく、自ら進んで子どもたちと関わっていた。その姿を見た時俺は、自分の傲慢さを恥じた。そして……」
ノックスは、一瞬だけ言い淀むように唇を噛んだが、すぐに口元を緩めると、はっきりと言った。
「なんて、心が綺麗な人なんだと思ったんだ。……俺はモニカから、目が離せなかった。そこからだな、俺の片思いが始まったのは」
モニカは、何も言えなかった。
泥だらけになった服も。
孤児院でのあの時間も。
自分にとっては、当たり前のことで、特別でも何でもなかった。
――それが、誰かの心を打っていたなんて。
「とはいえ、俺は侯爵家の嫡男だが、羽振りがいいわけじゃない。取り柄と言えばこの顔くらいか。……だが、彼女がそんなものに価値を置かない人間だと、ずっと見ていれば分かったからな。半ば諦めていたんだ」
それでも、偶然とはいえ、二人の縁が結ばれた。
こんなに嬉しいことはないと、俺は生まれて初めて神という存在に感謝したんだ。
そう、屈託なく笑うノックスを見て、モニカの胸の奥が、じんわりと熱くなる。
……どうして、今まで気づかなかったのだろう。
彼が見ていたのは、最初から顔でも、家でも、お金でもない。
――モニカ自身の心だった。
カップの縁に触れた指が、かすかに震える。
このままではいけない。
モニカは今、ノックスを騙しているようなものだ。
誠実に向き合ってくれている彼に対して、それはなによりの冒涜だ。
モニカは、深く息を吸い、静かに顔を上げる。
そして――決めた。
モニカは一度カップを持ち上げ、紅茶を喉の奥に流し込む。
そしてそれをテーブルに戻した後、指先の震えを押さえ、ゆっくりと顔を上げる。
「……ノックス様」
声が、わずかに揺れる。それでもモニカは止めずに続ける。
「申し訳、ありません。私は……実は、モニカです」
静寂が落ちる中、モニカは全てを白状した。
メアリーという名のいとこなどいないこと。
マレーネから、一日だけ顔の変わる薬をもらったこと。
「あなたの心を、疑ってしまいました。ノックス様は、本当は私のことなんて好きではなくて、綺麗や可愛いも全てその場しのぎのお世辞なのではと……だから、こんなことをしてしまったんです」
視界が歪む。
悪いのはモニカで、彼女には泣く資格などないというのに。
それでも堪えきれず、一滴だけぽとりと落ちるのを感じながら、モニカは頭を下げる。
「……ノックス様。私は、心の綺麗な人間なんかじゃありません。疑って、試して……そんな私こそ、婚約者失格です」
……そこまで言って、ふと我に返る。
今の姿は、モニカの元の顔ではない。
それなのにこの姿でこんな言葉を口にしたところで、普通に考えれば、信じてもらえるはずがない。
「あ、その、……信じていただけないかもしれません。嘘だと、思われても……ですが私は、本当にモニカで」
その時だった。
「顔を、上げてくれ」
静かな、けれど怒りを含んだ様子はない、とても穏やかな声だった。
言われるままに恐る恐る見上げると、モニカの正面に座るノックスは、いつものように静かに微笑んでいた。
「君がモニカだという話だが、俺は信じる」
「……え?」
「君の言葉を、信じる」
言い切った彼の顔に、迷いは一切なかった。
「なんで……」
「そうだな」
ノックスはモニカの隣へ移動すると、ハンカチを取り出し、モニカの瞳からこぼれた涙を拭いながら答える。
「俺の知っているモニカは、自分が間違えたと思ったら、ちゃんと謝れる人だからだ。誰かを傷つけたと感じたら、自分を責めて、向き合おうとする。今目の前にいる君は……まさに、そうしている。だから」
ノックスは、穏やかに続けた。
「君がそう言うなら、君はモニカだ。顔が違っていても……心は、俺の知っているモニカ、そのものだ。それより……」
ノックスは、少し困ったように笑う。
「不安にさせてしまったのは、俺の方だ。もっと言葉にすべきだった。君を不安にさせないよう、言葉を尽くし、気持ちを尽くし、行動で示すべきだったと反省している」
そして、彼はぽつりと打ち明ける。
「正直に言えば、俺も怖かったんだ。……自分には、この顔くらいしか誇れるものがないんじゃないか。君に、相応しくないと思われるんじゃないかと」
笑った顔はどこか痛々しく感じるほどで。
彼がそんな悩みを持っていたことにすら、モニカは気付けなかった。
考えてみれば、モニカはこれまで、ノックスにまっすぐ気持ちを伝えたことがあっただろうか。
ノックスにされたのと同じように。
……きっとできていなかったはずだ。
自分の不安ばかりに目を向け、目の前の大切な相手の心に寄り添えていなかった。
それなら、今、自分がノックスにできることは……。
「……そんなこと、ありません」
モニカは、ノックスの隠していた不安を否定するように、ゆっくりと首を振った。
彼を見つめるモニカの瞳に、もう涙はなかった。
「ノックス様、私は、いつでもあなたの言葉や行動に助けられていました。だからきっと、ノックス様がノックス様である限り、あなたが今の顔じゃなかったとしても、どんな立場にあっても、必ず好きになっていました」
これが、今のモニカの正直な気持ち。
泣いたせいか掠れた声になりながらも、迷いなく、しっかりとした口ぶりで告げれば、ノックスは一瞬きょとんとして――すぐに破顔した。
「そうか。じゃあ、俺たちは同じような悩みを抱えていた、似た者同士だったというわけだ。お揃いだな」
その言葉に、モニカは思わず笑ってしまった。
「ええ、そうですね」
応接室の空気が、いつのまにか明るいものに変わっていた。
そんな二人の様子を、マレーネがこっそりと覗いていたことをモニカが知ったのは、もう少し後になってからだった。
◆
マレーネに聞いていた通り、次の日にはモニカの容姿はすっかり元に戻っていた。
その日もモニカの元を訪れたノックスは、戻ったモニカを見て、今日も綺麗だと嬉しそうに微笑むと、甘い声で囁く。
「これからは、もっとたくさん言葉を伝えることにしよう。君を不安にさせないために」
「えっ……? 今でも十分すぎるほど……ですが」
モニカは慌てて手を振った。
「これ以上言われたら、心臓がもちません……!」
「それは困るな」
本気で慌てふためくモニカを見て、ノックスは楽しそうに笑う。
「では少しずつ、増やしていくことにしよう。だが、君も、思っていることはちゃんと言葉にしてほしい」
ノックスの瞳がほんの少しだけ揺れている。
大切な婚約者に、気付かないうちに不安にさせていたことを改めて認識し、モニカは、頬を染めながら頷いた。
「……はい。……私も、ちゃんと伝えますね」
モニカはそっと彼の服の裾を引くと、屈んだ彼の耳元で囁いた。
そうしたら、ノックスが本当に嬉しそうに笑ってみせた。




