第一話 もしも願いが叶っても・7
「どういうことなんだ。悪夢を見させるのがあんたの仕事なのか」
つい語気を荒くしてしまうが、今や八紘は十三に対して怒りを感じていた。さっきからの夢は自分の意思でコントロールできる明晰夢であるという話だったのにどれもこれも最悪な展開にしかならなかったのだから当然だと思った。
すると十三は慣れているかのようにあっさり答えた。
「あらゆる可能性は全てのものの上に平等に存在します」
「は?」
「デジタナは表層意識のリクエストと深層心理または無意識の真の願いを簡易的に演算し、周辺環境の情報とのアクセスによって選択的にプログラムを構成します」
「真の願い? これが俺の真の願いだっていうのか。こんなのが?」
「要はあなたの場合、あんまり自分の意志とか情熱みたいなものがないんじゃないですかね。仕事の上でもかつての学校生活でも」
と言われ、八紘は、ぐ、と、怯んだ。
「それは」
「勉強にしても音楽にしても、好きだからやってたってことですけど、できることをやってただけなんじゃないですかね」
それは……そう言われるとそうではないとは言い切れない。たまたま一年生の頃から成績が良かったからそのまま勉強ができるようになった、という感覚があるし、あるいはギターのFコードを他の子たちよりも相当早く習得できたから、そのままギターの練習が一気に進んだ、“ノリに乗れた”という可能性は、否定できない。もしもあのとき引き算ができなかったら、コードを押さえられなかったら。
「それは……」
十三はモニターから目を離し、足を組んでこちらを見る。
「一流企業に入ってもいつリストラされるかわからないし、嫌な上司にいじめられるかもしれないし、たとえプロのサッカー選手になれても怪我をして故障してサッカーができなくなるかもしれない。それこそ夢が叶ってミュージシャンになれたとしても、一枚目が売れても二枚目が売れないかもしれない、契約が更新されないかもしれない……夢が叶ったその後の人生をどう考えているのか、ということでしょ。さっきからあなたの夢にはそういう様子があんま見られなかったですね。ただただ夢を叶えた“だけ”っていうか」
「……」
「夢見てた夢が夢見てた通りに叶いましたこれで人生オールオッケーです物語はハッピーエンドです、とはならない。なんていうか、夢が叶うことと幸せになることはちょっと別問題なんじゃないですかね。あるいは、ミュージシャンデビューが決まったその翌日に交通事故に遭うかもしれないし」
「それは……」
十三の言葉がどんどん胸に突き刺さる。十三の言っていることは確かに全てその通りだ。夢が叶うことと幸せになることは別問題……それこそ今の自分が、客観的に論理的に見れば幸せな境遇にあるということはわかるのだがそれでもどうしても体感として幸福感を感じられないのだから。だから今日ここに来たのだから。
十三は更に続けた。
「例えば音楽の夢ですけど、売れるためには売れるものを売らなきゃいけないのは当たり前の話で、じゃなきゃレコード会社は潰れてしまいますよ。それでも自分の真の音楽を追求したい、やりたい音楽をやりたいというなら貧乏生活を覚悟しなければならないと思います。自分のやりたいことをやりたいようにやってその上で高い評価を得たいっていうのは、ちょっと無茶っていうか、ちょっと傲慢なんじゃないですかね」
「傲慢……」
「あなたのミュージシャンの明晰夢があまりいい展開にならなかったのは、あなたの深層心理の現れでしょうね。私としては、実験がうまくいったと喜ばしいんですが」
「……」
しばし考え込む。
意志とか情熱とか。
自分がこれまでやってきた色々なことを何となく思う。
確かに……やりたいことをやっていたつもりだったが、やれることをやっていただけなのかもしれない。勉強にしても、音楽にしても、学校生活にしても、今の仕事にしても……“できるから、やっていた”。だから——それなりに取り組めたしそこそこに頑張れた……。
はあ、と、八紘は小さくため息をついた。これまでの自分の生き方って間違っていたのだろうか。自分としては、そんなに自分が間違ったことをしていたようには思えないのだが。それこそ自分は生まれつきこういう気性のように思えるのだが。気性……だが諦めが悪い、という風に分析していた自分自身の気性も、それだって突き詰めて考えてみればできないことをできるようになろうとまでは思っていなかったとは、思う。そういうことは“興味がない”の一言でチャレンジすらしなかった、と。たとえ——本来は興味のあることだったとしても。
「どうすりゃいいんですかね」
「はて?」
「そうは言っても生まれつきこういう性格ですし」
つい丸投げしてしまった。今やこの場は人生相談の場と化していた。
うーん、と、ちょっと唸って、やがて十三は自分なりに答える
「私なんかの場合、デジタナによって人々の生活がより良くなるといいななんて思ってますが」
「他人のため、ねぇ」
どうしても綺麗事と思ってしまう。
十三は、だが、続ける。
「他人のためにって思うと結構頑張れますよ。自分のためとか、あるいはお金のためだけに頑張ってるといつかガタが来ますから。それこそ単に生活ができればいいだけなんだったら生活保護でいいですもんね」
「まあ、それはそうなんですが」
「音楽とか勉強とか、今されている仕事とか……そういうものが、いや、別に社会のためとかそういうビッグなことじゃなくて、大切な人のために頑張るとか、そういう発想があるかないかでだいぶ変わってくると思いますけど」
「そこまで感情移入のできる他人っていなかったなぁ」家族仲は別に悪くなかったし、友達もそれなりにたくさんいたし彼女も何人かいたことはいたが、“この人のために頑張ろう”と思えるような人物は確かにいなかった。「そこかなぁ」
「そういう人がいれば手っ取り早いっちゃ手っ取り早いですよね。英語が喋れるようになりたいならアメリカ人の恋人を作れば手っ取り早いみたいな」
「ぼくの対人関係のやり方に問題があるんでしょうかね」
「いやあの、誰かのためじゃなくても何かのためでも、そこは何でもいいと思うんですけど、とにかくさっきも言いましたけど何かをするのは何かをするためだとやっぱり私は思います。やりたいことだからやる、というエネルギーだけでどこまでも行ける人ならそれでもいいんでしょうけど、ほとんどの人はそこまでの境地には辿り着けないと思いますし」
「う〜ん……」
「また音楽やってみるとかどうですかね?」
という十三の見たままに適当な提案に八紘は呟く。
「才能がないんだもん」
すると十三は、はは、と笑った。
「才能がないっていうのは夢を諦める理由になるんですかね?」
不思議なことを言う、と、八紘は不思議に思った。
「なるでしょ」
「でもあなたの場合、プロになろうと思ってステージに立ったりとかしてたんでしょ。それって才能がないとは言えないんじゃないですか。だってガチで才能がなければそんなことしようなんて思わないでしょ」
虚を突かれた。
「それはそうかもしれませんけど」
「さっきあなたは私に才能があるっておっしゃいましたけど、でも才能だけでやっていけるほど人生は甘くないですし、かつ、努力だけでやっていけるほど人生甘くもない。そして、経済的環境がいいってだけでやっていけるほど人生はやっぱり甘くない。あらゆる要素が複雑に絡み合っての、成功であり、今でしょう」
「はあ」
「それは結局、自分の中の一つの要素にいつまでも注目し続けるのは良くない、という話というか。なんか自分は牡牛座だから音楽に向いてないんだ、と思うのはいくら何でも勿体無いと思いますよ」
四月生まれの自分は牡牛座である。牡牛座は音楽の才能があるということになっているのはもちろん音楽の才能にこだわる八紘は知っている。所詮非科学的な星占いの話でも、プロを目指す自分のパワーになったことは間違いない。
「うーん。音楽ねぇ」
「いや別に音楽活動の再開とかじゃなくても、今のお仕事にもっと興味を持つとか。今自分がやっている何かにもっと興味を持って取り組むとか。要するにそういうことですよ」
「興味ですか。確かに今の仕事に興味はないですけど。でももっと興味を持っていろんなことをチャレンジしてみたら人生ちょっと変わったりしますかね」
「いや知らんですけど」
「知らんですか」
と、十三は苦笑する。
「あなたの人生がどうなろうがそこは別にどうでもいいですし」
「言っちゃった言っちゃった」
「あなたの場合——自分自身の人生をもっと楽しめばいんですよ。それこそ大切な人のためとか社会のためとか、そういうことじゃなくてそういうことよりも、そもそも自分ファーストで生きていかなきゃあ。だって——あなたの人生なんですから」
自分ファースト。
自分の人生なのだから。
「なんかちょっと目が覚めてきました」
「そりゃよかった。鬱っぽさもなくなってますし、じゃこれでおしまいですかね?」
「はい。いい経験になりましたよ」
と、八紘はベッドから起き上がった。
「では謝礼を」
十三は引き出しから茶封筒を取り出し、それを八紘に渡す。
「どうもです」
と、そこで二人は向き合った。
八紘は何となく考える。
自分の性格はこれまで喜怒哀楽の“楽”がちょっと足りていなかったんだろうなー、と。
やがて十三は柔和な笑みをたたえながら、言った。
「では、今回の実験にご参加いただき誠にありがとうございます。またいつかどこかでお会いしましょう」




