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第九話 ピアノ・レッスン?・2

 そして夢の中。

「これがおれの夢かぁ」

 と、いつものライヴハウスの楽屋で風磨は面白がって言った。

「で、おれは脇役、と」

 道人がいつの間にかギターを抱えてそう言う。こっちも興味津々ではあるようだった。

「で、プーマよ。夢の中で何がしたいんだ」

「ピアノが弾けるようになりたいね」

「ピアノ? どうして」

「鍵盤も弾けた方がお客さんが喜ぶだろ」

「それはまあ、わかるけど。でも、今から?」

 ふっふっと風磨は笑った。

「ここはおれの明晰夢だぜ——好きなように世界を作れるのさ」

 と、そこにグランドピアノが出現した。もちろん風磨が出現させたのである。

「おお」

「見ててミッチー。いくよ」

 と、ピアノの前に座り、風磨は弾き始める。

「わ。すごーい」

「だろ?」

 風磨が今弾いている曲は二人の定番曲である。この曲をピアノアレンジしたことはなく、いつもギター二本で弾いている。このピアノ演奏は夢の中なので、具体的な音楽の形として奏でられているわけではないが、二人の耳には素晴らしい曲に聴こえるのだった。

 さわりの部分だけを弾いて、風磨はニヤッと笑った。

「ミッチーもピアノとか、何か弾きたい楽器があったらおれが弾かせてやるよ」

 と言うと、道人は、いいや、と頭を横に振った。

「おれは地道にギター練習するよ」

「ミッチーは地道が好きだなぁ。道人だから地道なのか。現実的なのはいいけど夢見ようぜ、夢だし」

「いやあの、いつも言ってるけどおれ、気長にやってこうと思ってるんだよね。その方が後々いい結果になると思うし」

「いい結果って?」

 と訊ねると道人は答える。

「だからさ、仕事ってなればたくさんの大人の人たちがおれたちのために動いてくれるわけで、大きなお金が動くことになるわけだろ。そうなったらこっちの、しかも新人アーティストの意見なんかまともに取り入れてくれないよ。でも今はネットもあるし、多分インディーズで人気になればこっちの意見も通りやすいだろ、多分。そしたらやりたい音楽やって稼げるかも」

「それはそれで、なかなか壮大な夢だね」

「夢だもん。夢見なきゃ」

「うーん。まあ確かに、仕事ってなったらやりたくないこともやらなきゃいけないんだろうけどさ。でもさあ無茶なことはさせないんじゃない?」

「それはわかんないよ。それはプロになってみないと」

「じゃ、なってみよう」


 と、次の場面で二人はプロになった。楽屋に眼鏡をかけた以外は特に特徴のない男が現れた。

「やあやあお二人とも。今日も素晴らしいライヴでした」

 どうやら今はライヴの後らしい。風磨が、

「いやいやマネージャーさん? マネージャーさん。あなた方、大人の人たちの力ですよ」

 と言うとマネージャーは、

「いやいやお二人の音楽力が全てですよ」

 と言ったので、二人して、

「いやいやいや」

 とお互いに謙遜した。

「都合のいい夢だなぁ」と、道人。

「えーと、では今後のスケジュールなんですけど……」

 と、マネージャーは予定されている激務を報告する。それを聞いて風磨は「えっ……」という顔をして声を上げたが、道人はそばでのんびりギターの練習を進めていた。

「……というわけで、そうですね、五分後に出ましょう。良かったですね五分も休憩ができて。じゃあまた直後に」

 と言ってマネージャーは楽屋を出ていく。

「すごーい殺人的なスケジュールだね。さすがプロの夢」

「うーん。ちょっと夢を操作しよう。五分の休憩ってそりゃあんた」と、風磨は夢を操作してみる。これで殺人スケジュールからは解放されたはずだ。「気分はいいんだけどね。ライヴの記憶もすごーい気持ちいいのが今あるし。ミッチーもそうだろ」

「仕事だからしょうがないよ。嫌ならやらないって言わなきゃ」

「でも需要が多いから供給も多いんだろ。頑張んなきゃ。元々、頑張ってたし頑張れてたしさ」

「趣味はやりたいことをやりたいときにやりたいようにやりたいだけやるもの。多分、仕事と趣味では頑張り方も違うぜ」

「でも、やりたいことができるんだし。大好きな音楽だぜ」

「多分、今だけだよ。あるいはデビューできて最初の二、三年ぐらい——義務感とか責任感が生まれたらきっと音楽であっても楽しくなくなる」

「うーん。せっかくの夢なのに相変わらずミッチーはリアリストだなぁ」

「夢の中だから、かえって頭がリアルな方向で考えようって積極的なのかもしれん。ま、とにかく」

 と、道人はギターを弾きながら言う。

「仕事は割り切りさ。普段のバイトもそうだろ。小説家なんかも、仕事ってなったらさ、登場人物Aと登場人物Bは恋仲になんてするつもりなかったけど編集者の意向でそうせざるを得なくなったとかあると思うよ。で、それが“こうすれば、いいんでしょ”ってできなくて耐えられないような人がドラッグとか自殺とか犯罪とか」

「マジで夢がないなぁ。音楽を夢見てるというのに」

「でもだから、できないことはできませんと言わなきゃ」

「そんなことしたら、仕事が来なくなるんじゃない」

 そこで道人な真剣な眼差しでこう言った。

「だから、自分の意志を持つことだよ——それならそれでその上でどうするか」


 と、二人は自宅であるらしい高級マンションに移った。

「でもさ、一生懸命頑張ればこんなすげーマンションにも住めるんだよ」

「アパートで悪くないけどね。まあ、いいアパートに住みたいとは思うけど」

「いいアパートねぇ」

「真の願いって、やっぱり現実路線じゃないと叶いにくいんじゃない?」

「うーん」

 道人は変わらずギターの練習を続ける。

 その様子を見て、風磨は訊ねた。

「せっかくの夢なのに、いつも通りの練習だねぇ」

「夢だからこそやることちゃんとやらなきゃ」

「ミッチーはなんか、練習自体が好きだよな」

「楽しいからね。うまくなっていく自分が好きだよ。夢に向かって戦うこと自体が好きさ」

 そこで道人はちょっと言ってみた。

「高校生の頃さ」

「うん?」

「まだプーマと出会う前だけど。ポニーミュージックにデモテープ送ったことあるんだよ。ま、他にもたくさんばら撒いてたんだけど」

「うん。おれもあるよ。全滅だったけど」

「そのとき——郵便事故か何かで、テープが届かなかったらしいんだよ。連絡をくれるっていうオーディションだったんだけど連絡が来なくてね。それで、届いた痕跡がないって返事が来て」

「……それで?」

「それで郵便局にどういうことだと問い合わせたら、デモテープがどこに行ったのかわからないと。まあ知識がなくて書留で送らなかったおれも分が悪いんだが。で……それで、ポニーが電話番号を伝えてくれたらしいんだな」

「えっ‼︎」

「まあそれがオフィシャルな番号だったのかどうかわかんないけど」

「内々のだったのかもしれないだろ!」

「でもおれ、かけなかったんだよね。というか、局員さんに、いいです、って言っちゃったんだよ」

「なんで!」

 神妙な顔つきで道人は答える。

「勇気がなかったのさ。天下のポニーに電話をするなんて、怖くて怖くてとてもできなかった。あのときかけてたら、もしかしたら電話口で歌ってみてくださいなんて言われたかもしれなくて、そのままきっかけ掴んで……なんて夢物語のもしもをいつも考える。たかだか電話をかけるだけだったんだから」

「そうだよなぁ。勇気なかったねぇ」

「ほんのちょっとの勇気。それって多分、凄まじい才能っていうのより大切だと思うんだよね」

「でも才能って生まれつきじゃん?」

「でもさ。凄まじい才能は生まれつきだろうけど、凄まじい実力っていうのはほんのちょっとの才能があれば自然と身につけられると思うんだよ。で、おれたち、実際に活動してるぐらいだから、ほんのちょっとの才能はあると思う。あとはおれたちの頑張り次第」

「うんうん」

「……ほんのちょっとの勇気が夢を叶えるエンジンになるって思う。だから、おれは音楽をやること自体が好きなんだよね」

「前向きだねぇ」

「人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない……って、キェルケゴールって哲学者が言ってたな」

「ふむふむ」

 ギターを爪弾きながら、道人は笑顔で言った。

「だから……今やってるいろんなこととか、昔に起きたいろんなこととかも、全部将来のためになるから起きてるんだなって、とにかくそう信じていなきゃ、前になんか進んでいられないよな」

 ふと風磨は部屋を見渡した。豪華なマンションの一室。それはとても素敵なことだと思う。

 でも、これはさっきから、最初から、自分の都合のいい明晰夢に過ぎない。自分の実力でも才能でもなければ、ほんのちょっとの勇気が叶えてくれたわけでもなんでもない。ただの人工的な夢だ。

「うーん。ミッチーの言葉がすげー胸に刺さるよ」

「夢だからじゃない?」

「夢だからか。なんで?」

「なんか無意識がどうとかそういうパワーでさ。博士さん言ってたじゃん。おれがプーマに影響を与えることはあっても邪魔をすることはないって。それって、いい影響しか与えないってことじゃん?」

「うーん」

 と、風磨は胡座をかいて腕を組んだ。

「頑張らなくても夢が叶うなんて、達成感がないのかもしれないなぁ……」

 短い夢だったが、もういいかな、と思い、二人は目覚めることにした。

「どうも。おはようございます」

 十三は何やら興味深い、といった顔つきで、そしてニコニコしていた。

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