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第八話 八日目の仕事・1

 雁屋星見かりやほしみ。四十一歳。男性。

 現在、就労継続支援A型を利用している。だが来月から非雇用型へと契約が変わる。

 就労支援とはいえA型は雇用契約を結ぶため、休みがちな星見はこのままではクビになってしまう。だから、そこの施設が非雇用型制度を採用しているため、星見は今度から事実上のB型状態で勤務することになる。

 仕事はクッキーの製造である。小説家を夢見ていることからなのか元来ものを作るということが好きで、その影響なのかクッキーの製造もなかなか楽しんでやっている。健常の人間と同じように仕事は辛いが、しかし仕事内容と職場は好きだった。職場の人間たちは星見にとってみんないい人たちで、休みがちな星見と同じように他にも休みがちな利用者や遅刻魔の利用者、そして非雇用型の利用者たちもいるため、星見としてはどうして自分だけがという自己嫌悪ではち切れそうになることはない。だが生来真面目で頑固な星見のため、このまま休んでばかりなのに最低賃金を稼ぐということに罪悪感を感じていた。そして、“普通の会社員”という社会的立場、会社の中の立ち位置自体にそもそもプレッシャーを感じていた。ずっと自宅療養をしていたとはいえそもそもそれ以前から就職が叶わずずっとフリーターだった自分に普通の会社勤めなどとても無理だと思っていた。だからこそ非雇用型になることにより“普通の会社の普通の会社員”ではなくなることで、少しでも気分が楽になることを夢見ている。

 星見は統合失調症を患っており、他にも軽度の双極性障害、発達障害グレーがある。とにかく生きづらい人間であった。しかし、定期的な診察ときちんと容量・用法を守った服薬、そして自分なりの生活改善で寛解状態ではある。ただ、とにかく生きづらく、とにかく、働くということが過酷だった。職場環境がいくら良くても星見にとってはあまり関係なかった。だから非雇用型になり事実上のB型になり、いつ出勤してもいいしいつ休んでもいいし、という状態になることによってプレッシャーやストレスがなくなり逆に毎日出勤できるようになるのではないかと、少しでも気分が楽になることを夢見ている。

 十五年前に突然病気になったのだが、ただ、星見は精神科に通っている親友が高校生の頃いたため精神科という診療科目がさほど恐ろしい場所ではないと知識として理解していたため、両親に病院に連れて行ってほしいと自分から申し出て、親が新聞の救急医療で調べてくれた病院に行ったと思ったら即入院ということになった。そのときの宿直の女医は「こんなに早く来てくれてよかったです」と言った。もちろん星見からすれば入院レベルではないと思ったのだが、しかし医師や両親の意向に逆らうほどのエネルギーはもうなかったためそのままなし崩しに一ヶ月間の入院となった。後々になって、あのとき入院できて本当によかったと思っている。入院中や、退院後ちらほら会ったことのある統合失調症の知人たち、そして現在通っているA型を利用している統合失調症の同僚と会話すればするほど自分は発見が相当早かったんだなと思う。高校生のときのあの子には本当に感謝している。今ではもう付き合いはないけれど大切な経験だったのだと心の底から思っている。

 そして退院して、自宅療養をしていると思ったら母がもともと患っていた乳癌が突然悪化し、入院したと思ったら二ヶ月後に亡くなり、その四年後父がもともと患っていた肝臓の病気が突然悪化し、入院したと思ったら四ヶ月後に亡くなり、そして星見は一戸建ての実家で一人暮らしになった。ローンも支払い終えてくれたし当然家賃もなく、もうとっくの昔に大学進学とともに家を出た四つ年上の兄の援助もあり、星見はなんとか一人暮らしが来年でもう十年目になる。兄の援助と両親の遺産もあったとはいえ、よくできたな、と、思ってはいる。今はもう遺産も使い切ってしまっており、兄は兄で結婚して生活が大変になったので援助がやや難しくなってしまって、だから星見は五年前からアルバイトをなんとか始めて……だが転職を六回繰り返し、なんとか今、このA型で一年間勤務している。休みがちではあるが障害年金と合わせて生活自体はなんとかクリアできている。あとは貯金ができたらいいと思っている。今の星見の生活はある日突然冷蔵庫が壊れることはないという儚い信頼のもと成り立っているから。

 小説家を夢見ている。昔から小説を書くのが好きだった。だから自分なりに公募に応募して、いつか小説家になれたらいいなと夢見ていた。それは病気になる前も病気になった後もずっと変わらない星見の夢だ。この夢が星見を生き長らえさせている。星見は自殺企図があったが、この将来の夢のおかげで、なんとか、生き延びている。

 母が亡くなってから小説家として一気に覚醒した、と、自分では思っており、父が亡くなってからその技術が安定し維持向上を図れている、と、自分では思っている。三年前にWEB小説投稿サイトの存在を知ってから日々ちまちまと少しずつ作品をアップロードしている。流行りのものを書いているわけではないからなのかPV数はそんなに多くはないが、それでも毎朝五時にアップロードすれば十五人前後のアクセスがつき、ああこの日本(とは限らないが)のどこかの十五人前後の人たちは自分の小説を毎日読んでくれるほどには自分の小説を好んでくれているのだなと感動しきりで、だから星見はその見知らぬ読者たちの力によって頑張って小説を書いている。サイトから直接公募に応募できるため、星見はいつの日かきっとと夢見ながら、そして、包丁で手首を切ることもなくキーボードを叩いている。

 仕事内容と職場環境に恵まれていると思っている。一人暮らしの生活が兄弟のちょっとした援助があるとはいえ十年もできている。夢もある。通院している精神科の主治医とは相性がいいのかとにかく全幅の信頼を置いている。だから今の自分は満たされているのだと思う。客観的には幸せでしかないと思うし、主観的にも自分は幸せだと思っている。恋人、というものがいないということがやや気になるポイントではあるが、それでも現在通っている施設の利用者でLINEの交換をして休憩中にお喋りをしたり帰宅後にやり取りをする友達ができて、だから人間関係も満たされていると思っている。そもそも職場に嫌な奴が一人もいない。少なくとも星見にとっては職員も利用者もみんないい人たち——自分は満たされているはずだと思っていた。

 でも、どうしても毎日、気分が優れなかった。

 病気だからと言われればそれまでだが、こんなに満たされているというのに自分はどうしても幸せだと思えなかった。

 幸せは形じゃなくて気分の問題。その考え方も限界はあれど、基本的には幸せは形じゃなくて気分の問題だと星見は考えていた。だから星見は幸せではなかった。とにかく気分が優れなかった。

 それとも恋人がいないから、あるいは夢を叶えていないからそう思うのかもしれない。でも恋愛は相手のあることだし、夢も叶うかどうかはそのときになってみないとわからない。でも目指して目指せていること自体は楽しいと思う。

 でもどうしても幸せな気分にはなれない。

 寛解状態とはいえ、病院に通っているし、そもそも病気であり、だから仕方がないのかもしれず……主治医は思考障害と言っている。それがなんとかなればいいなと夢見て、そうして星見は今、研究所というとあるマンションの一室で、科学者だか博士だかという人物の目の前の椅子に座っている。

 少しでも病気が良くなればいいな、と思って。

「というわけなんですよ」

 と、三十分ほどかけて自分の長い話を喋り終えると、その多鍵十三という名の博士は、

「……う〜ん……」

 と、なぜだか唸った。

 自分が健常者になった夢を見ることで自分の病状が良くなればいいなと星見は夢見ていた。

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