第1話 彗星
◆ 詩季 ◆
高校を卒業してから、僕はずっと同じコンビニでバイトをしている。
今ではすっかりベテランで、新しいスタッフが入るたびに、教育係を任されるくらいだ。
「詩季、もう上がりか?」
「はい」
バックヤードに下がると、小さい机で帳簿を見ていた店長が、笑顔で声を掛けてきた。
十年前に酒屋からコンビニ経営に鞍替えしたという六十代の男性で、気さくで頼りがいのある人だ。
「お疲れ。来週から、新しいスタッフ入るから。また教育係よろしくな」
「はい。今度も、学生さんですか?」
「専門学校に通ってる、女の子だ」
「それなら、女性スタッフの方がいいんじゃないですか?」
「パートのおばちゃんはな~、おしゃべりが多いからな」
店長は苦笑いして首を振る。
「頼んだぞ、詩季」
「分かりました。あ、明日は僕、休ませてもらうので」
「おう。シフト変更な。他の奴に頼んだから心配するな」
「すみません。ありがとうございます」
ペコッと頭を下げて、ロッカーで着替えを済ませる。
急なシフト変更の依頼でも、店長は嫌な顔をしない。だから、長年この店で働けているのだ。
「店長、お疲れ様でした」
「お疲れさん。気をつけて帰るんだぞ」
手を振る店長に頭を下げて、店を出た。
コンビニのバイトを終えて家に帰ると、真っ先にシャワーを浴びた。
適当に髪を乾かして、軽く整える。
ちょっと重く見える黒髪に、地味な顔立ち。
年齢より若く見られることが多いけど、どこにでもいる平凡な二十五歳の男だ。
冷蔵庫を開けて、ビールが十分に入っていることを確かめて、料理に取りかかる。
今日は、肉じゃがでいいかな。
唐揚げも買ってきたし、お酒のつまみになるよね。
一人暮らしを始めてずいぶん経つが、家に人を招くことはほとんどなかった。
でも、あの人は特別。
あの人が来る日は、朝から浮かれてしまって、バイト仲間に「今日は彼女と会うんだろ?」とからかわれるくらいだ。
「あ、もうこんな時間か」
時計を見ると、そろそろ番組が始まる時間。
急いでテレビの前に座って、電源を入れる。
始まった音楽番組は生放送で、いつもの司会者が出演者を紹介していく。
『彗星の皆さんです! よろしくお願いします!』
司会者の声と共にアップで映し出されたのは、男性三人組のアイドルグループだ。
大手芸能事務所でいちばん売れてる有名なグループ。だから、紹介の時間も、他の出演者に比べて尺が長い。
『こんばんは。よろしくお願いします』
三人のまん中に立った男性が、控えめな笑顔で挨拶する。
髪は明るすぎない落ち着いた茶色で、少しだけ長めにカットされている。
よく見ると童顔だが、カッコよくも可愛くもなれる不思議な魅力を持っていて、今日のシンプルな黒の衣装も似合っていた。
彼が、「彗星」のセンター、速水景だった。
「速水さん……カッコイイなぁ」
僕のお目当ては、この人。
おっとりした雰囲気の彼は、トークやMCがやや苦手。
アイドルとしてそれはどうなんだ?と思うけど、とにかく、抜群に歌が上手い。
彼の歌は、心の奥まで響くような、熱い想いが伝わってくる。
初めて『天使の抱擁』をラジオで聴いたとき……僕は親とうまくいっていなくて、高校にもうまく馴染めず、生きづらい思いをしていた。
心に寄り添ってくれるような、彼の優しい歌声に慰められ、この人をずっと応援しようと決めた。
生きる目標ができたのだ。
僕がいま生きていられるのは、速水さんのおかげ。
それ以来、僕は速水さんの大ファンだ。
『どもー! よろしくおねがいしまーす!』
速水さんの隣で、元気よく挨拶をする男は、高原竜樹。
ハイトーンに染めた明るい金髪に、いつもキラキラと輝いているように見える大きな瞳が、彼の高いテンションをそのまま表している。
裏表のない性格が魅力で、どの世代からも好かれる人気者だ。
「相変わらず、たっちゃんは脳天気そうだよな」
いつも、無駄にテンションが高い。
そして信じられないことに、僕の幼なじみでもある。
まあ、たっちゃんがデビューしてから、会う機会は減ったけど。
『今夜は新曲を披露させて頂きます。楽しみにしてて下さい』
最後にコメントしたのは、菊野天馬。
黒髪に切れ長の瞳が魅力的で、歌やダンスに限らず、カメラに映るときの仕草からは色気を感じる。
彗星のセクシー担当の彼だが、暴走しがちなたっちゃんと、トークが苦手な速水さんをフォローする、面倒見の良い男だ。
『今夜は新曲初披露ということで、彗星の皆さんには後ほど歌って頂きます。お楽しみに』
可愛い笑顔で紹介する司会者は、人気の若手アナウンサーの綿矢さん。
たしか、たっちゃんと同い年だっけ?
いろんな番組で「彗星」と絡んでくるから、自然と名前を覚えてしまった。
たっちゃんが「ワタちゃん」って呼ぶくらいだから、速水さんとも仲良いんだろうな。
正直、羨ましい。
僕にも何かあれば……と思うけど、自慢できるような取り柄なんて何もない。
才能ある人が集まる芸能界は、僕には無縁の場所だ。
テレビの中では、他の出演者が次々と紹介されていく。
いろんなアーティストが歌を披露するけど、彗星の出番がくるまでぼんやりと眺めるのが習慣になってしまった。
「速水さん、早く出ないかな」
出番を待って椅子に座ってる様子がときどき映し出されて、ちょっとしか映らないのに食い入るように見つめてしまう。
自分でも気持ち悪いけど、止められないのは、僕が速水さんのファンだからなんだろう。




