第18話 ただいま
「天馬~このあとヒマ? メシ食べにいこ!」
まるで何事もなかったかのような態度だが、これが喧嘩なら放っておけない。
「ていうか、今の何?」
「いまの? あれは、オレが代わりに、叩いてやっただけ」
「代わりって……誰の?」
「それはヒミツ!」
「喧嘩じゃないのか?」
「ケンカ? ちがうよ~! ぜんぶ景が悪いんだから!」
「……」
「天馬にはくわしく言えないけどさ。景が鈍感すぎるのが、ダメだと思うんだよねー」
「何の話してんのか、全然分かんねーんだけど」
「だよね~! アハハ!」
「おい、竜樹!」
「ごめんごめん。天馬はね、なーんも心配しなくていいから!」
「……そうか」
「すねないでね、天馬!」
「拗ねてねーよ!」
「アハハハ!」
何が面白いのか、竜樹は爆笑してる。
叩かれた景の方も納得してたみたいだし、喧嘩じゃないなら良いんだ。
「天馬! メシいこー!」
「おい! 服を引っぱるな!」
ぐいぐいと引っぱるから、服がおかしな方向に伸びていく。
竜樹は笑いながら、
「いこーよ!」
しつこく言って俺の服を離さない。
「……分かったよ」
「ホント? やった!」
「早く着替えろよ」
「うん! どこ行こっかな~!」
「……竜樹」
「え? なに?」
「いや、何でもない」
「? へんな天馬」
鼻歌を歌いながら着替える竜樹は、いつも通りに見える。
だけど、うるさいくらい賑やかなのも、どこか無理してるように見えて少し心配になった。
さっきの景とのやり取りを見れば、何かあったことは確かなんだろうけど。
竜樹は、話さないと決めたことは何があっても黙っている。
一発叩いて気が済んだのかは分からないけど、竜樹は、これで終わりにするつもりなんだろう。
だから俺は、今夜くらいは竜樹に付きあってやろうと思った。
「竜樹、何が食べたいんだ?」
「ん~焼き肉!」
「焼き肉かよ……まあいいか」
「え、いいの!? やったー!」
「いいから、支度しろ」
「りょーかい!」
焼き肉を食べられると分かった途端に、竜樹のテンションが一気に上がる。
「そうだ! ワタちゃんも誘おうよ!」
当たり前のように、綿矢さんの名前が出てくる。
竜樹は、綿矢さんと仲が良い。
「お前さ、いつも綿矢さんと食事行ってるけど、周りに誤解されるぞ」
「ワタちゃんとオレは、フォーエバーフレンズ!」
「はぁ。とりあえず誘ってみれば」
竜樹が元気になるなら、誰が一緒でも構わないか。
「ワタちゃん、ちょっと遅れるけど来るって~!!」
「そっか。良かったな」
「うん!」
嬉しそうにはしゃぐ竜樹が着替え終わるのを待ちながら、今日の出来事を頭の中で整理した。
多分、景が不機嫌だったのも、竜樹があまり元気がなかったのも、共通した何かがあったんだろう。
そして、その問題は……すでに解決したようだ。
ちょっと暴力的なのが気になるが、彗星に影響がなければどっちでもいいか。
もたもたと着替えをしていた竜樹が、靴下を履きながら呼んだ。
「ねー天馬!」
「何?」
振り返ると、竜樹が満面の笑顔を見せた。
「ありがと! 天馬!」
「……おう」
何に対するありがとうなのか、分からない。
だけど竜樹の笑顔が本物だったから、安心して「もう行くぞ」なんてわざと急かしてやった。
◆ 速水 ◆
撮影が終わるのは二十一時過ぎの予定だったけど、早めに終わったから、すぐに詩季に「今から帰る」ってメッセージを送った。
詩季はバイトから帰ってきて、きっと今はご飯を作って、俺の帰りを待っててくれてるはずだ。
マンションに着くと、辺りに人がいないのを確かめてから、インターフォンに指を当てる。
このときは、いつもドキドキする。
詩季が中にいるのは分かってるから、今日はどんな笑顔で迎えてくれるんだろうって、想像しながら鳴らすんだ。
――ピンポーン。
一回鳴らすと、すぐに奥からパタパタと走ってくる音がする。
それから、チェーンを外す音がして、ドアノブがゆっくり回る。
玄関の灯りは暗いから、あんまり詩季の顔がはっきりと見えないんだけど。
ドアの向こうから顔を出した詩季がエプロン姿なのも、息を弾ませて、それから、ゆるやかに微笑んでいく様子も、目を凝らすようにして見つめる。
すげぇかわいい。
「ただいま。詩季」
「速水さん……いらっしゃい」
嬉しそうな顔で出迎えてくれる詩季を、ぎゅっと抱きしめる。
中に入ってしまえば、もう遠慮なんてしなくていい。
間近に顔をのぞき込んで、詩季の目元にキスした。
「ん……」
「詩季。お帰りって言ってよ」
「あっ」
詩季は戸惑ったように僕を見つめてくる。
俺が無言で促すと、恥ずかしそうに瞼を伏せた。
頬を赤く染めて、小さい声でささやく。
「……お帰りなさい。速水さん」
「ん。ただいま」




