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血統鑑定官




どれぐらい巨獣から逃げ回っただろうか。

猥雑な市街地をグレアとモーが走る。


「ああーッ!

 ああーひー!!

 うわあああッ!!」


「モー!

 モー!!」


走り続けるモーをグレアは、何度も呼び止める。

もう巨獣からは、十分に逃げ切っている。


「来るなッ!

 俺を追わないでくれー!!」


モーは、喚いた。

彼は、半狂乱のまま走り続ける。

グレアに振り返らずに訴えた。


「ほっといてくれーッ!!」


そういって夜の闇に消えた。


”ブ男”モーは、この日を境に姿を消した。

彼は、蒼天院に顔向けできなかったのだろう。

二度とシャディザールの闇から出ることは、なかったのだ。


グレアは、足を止める。


「…夜が、明ける。」


グレアは、目を細めて東の空を見る。

背筋が寒くなるような三角の禿げ山に陽がかかる。

あの辺りには、喰屍鬼グールが巣食っているという話を思い出した。


「疲れた。」


獣は、どうしただろう。

いや、止めておこう。


本当に逃げ隠れもしない獣がいるなんて。

堂々と奴は、市街地を闊歩し、獲物を見つけて食らう。

信じられない。


獣は、人が人を失った姿だ。

多くは、そのことすら理解できず、正真の獣となる。

あるいは、不幸にも意識だけは人のままの獣になるという。


いずれにしても獣は、闇に隠れ、ひっそりと人を食らう。


しかしあの巨獣は、そんな卑屈さなんて微塵もない。

この街を自分の餌箱ぐらいにしか感じていない。

狩人を逆に追い回し、食い殺す奴だ。


「ああ、ああ…ッ!

 あんな恐ろしい獣がいるなんて…!

 とても僕には、無理だ…!!」


グレアは、グシグシと髪を両手で掴んだ。


「ねえ。

 お兄さん、遊んでかない?」


朝だというのに女が声をかけてくる。

ここ、シャディザールに朝も夜もない。


怒り狂ったグレアは、叫ぶ。


「うう…!

 け、獣が人間を食らってるんだぞ!?

 こんな時に客とるなんて…貴方たちは…ッ!!」


涙ながらにグレアが叫ぶと商売女は、青くなって退散した。

道行く人々も奇異の目で見ている。


しかしスリや盗人は、グレアを遠巻きに監視していた。

狩人だろうと恐れはしない筋金入りの盗賊どもだ。


「おおお…ッ!!」


急に立ち上がってグレアは、大声を上げる。


「獣がいるのに貴方たち、気は確かか!?

 なんで逃げ出さないんだ!!

 このシャディザールを、今すぐ逃げるんだー!!!」


グレアが叫んでも皆、肩を揺するだけだ。

平然と客から財布を盗み、客は、店の物を盗る。

禁止された品々が惜しげもなく並ぶ。


皆、悪徳をアグー神に捧げるためだ。

彼らにとって犯罪こそが信仰。

聖地シャディザールを棄てることはできないのだろう。


あるいは、単に自分は、平気だと確信があるのだ。


「あんた、正気かい!?」


広場で泣き喚くグレアの手を女が握る。

昨晩、グレアに声をかけたタニスだ。


「ちょっと、もうおいで!

 スリがあんたをずっと見てるじゃないか…。」


「うわー!

 うわー!!」


グレアは、タニスに引かれて娼館に入った。


喚き疲れたのか。

しばらくすると寝入ってしまった。


しかしそれも短い間の事…。


「ちょっと!!」


「ふわ!?」


寝ているグレアをタニスが起こす。

彼女は、化粧を落とし、普通の服に着替えていた。


「な、なに!?」


驚いたグレアが身体を起こす。


タニスの後ろに4人の人影があった。

その立ち振る舞いで分かる。

狩人だ。


一人は、赤い服に金刺繍を施した狩り装束を着ている。

この姿を見れば、5歳の子供でも分かる。

彼は、血統鑑定官だ。


血統鑑定官は、血統鑑定局に所属する狩人で狩人の騎士団(オーダー)には、属していない。

彼らは、人々から血を採って調べることが任務であり、獣狩りはしない。

しかし鑑定する過程で戦闘に発展することは、想像に難くない。


もう一人は、灰色がかった青い狩り装束。

飾緒(モール)に肩章、詰襟、マント付き。

こっちは、蒼天院の狩人だ。


あとは、普通のコートに絹高帽トップハットだが装甲が裏地に施されているのが分かる。

この二人は、糞虫スカラベの狩人だろう。


だが糞虫の狩人は、二重に所属している者が少なくない。

他の支部にも属し、普段は、所属を隠している。

なので彼らは、どの支部の派遣した狩人か分からなかった。


「な、なんですか?」


困惑したグレアが四人を見渡すとタニスが説明する。


「あんたの血を調べたいんだって。

 …さっさと帰してよ。

 娼館に血統鑑定官なんかいて欲しくないからね。」


タニスがそう言うと血統鑑定官も仕事を早く済ませようとする。

グレアに声をかけ、既に注射器を取り出している。


「君は、グレアスタン・セドヴィーク・ド・カルヴェルノ。

 間違いないかね?」


そう血統鑑定官がグレアに訊ねた。


男の両手は、人形の手になっている。

指の関節と関節の間に隙間がある。

義手だ。


おそらく手だけでなく他も…。

身体のあちこちが機構からくりに置き換えられている。


血統鑑定官は、全身に武器が仕込まれていると聞く。

もっとも彼らの採血を拒む愚か者だけが、その噂を確かめる事ができるだろう。


「はい、カルヴェルノ家の三男です。」


そうグレアが答えた。


「血統鑑定局の権限により、ここで血を採り、この場で簡易鑑定する。

 大臣と補佐官の命令書だ。」


そういって形式ばった紙をグレアに見せる。

グレアは、その紙を出される前に腕をまくって準備していた。


「では、はじめよう。」


血統鑑定官は、グレアの腕から血を採ると鑑定器にかける。

そして数秒で結果が出た。

気持ちの準備をする暇もない。


「…血質122。

 2回目、122。

 3回目、122。」


血統鑑定官は、鑑定器の目盛りを確かめる。

使い込んだ洋白(ニッケル黄銅)の器具に細いガラス窓が嵌めこんである。

そこをグレアの血が上っていく。


狩人たちの表情は、硬い。

やがて血統鑑定官が重い口を開いた。


「………グレアスタン。

 この数値は、どういうことか分かるかね?」


困ったような怒っているような。

なんとも言い難い表情で血統鑑定官は、グレアに訊ねた。


「………え?

 どうかしましたか。」


しかし何のことか分からない。

グレアは、ただ良くない結果なのだと察していた。


血統鑑定官が説明する。


「100が一般人の数値。

 狩人なら350~360がアベレージだ。

 竜心院の狩人、吸血鬼ドラキュラなら500~600に達する。


 血質122は、狩人としてあり得ない数値だ。

 到底、獣を狩るには、足らない。」


「え!?」


グレアは、真っ青になった。

震える唇で血統鑑定官に質問する。


「…ぼ、僕は、狩人として…。

 失格ということ…と、でしょうか?」


この質問に蒼天院の狩人が答える。


「私は、蒼天院のダン・ハロップ少佐。

 竜心院の院長、クヌート公の代理人としてここに来た。

 …君の血統鑑定書に偽造の疑いが出たからだ。」


「偽造…!?」


グレアは、もちろんタニスも驚いていた。

ダン・ハロップ少佐も静かに頷く。


「そう。

 あり得ないことだ。

 血統鑑定書を誤魔化すなど、考えられんことだ。」


獣化や伝染病を防止することが血統鑑定局の役割だ。

しかし主目的は、一等人種ファーストボーンの混血を防ぐこと。

その品位を保つことだ。


血統鑑定局は、鑑定次第で国王だろうと処刑する。

玉座の上の処刑人と呼ばれる所以だ。


それだけに鑑定結果を誤魔化すことはできない。


「今、ここで鑑定したのは、狩人の適性です。

 人種鑑定とは、関係ありません。」


そう血統鑑定官が着け置いた。


「ですから通常の血統鑑定では、鑑定されないこともあるでしょう。

 しかしグレアスタン、貴方は竜心院の家系。

 狩人の適性も同時に鑑定されたはずです。


 調べましたがこの17年間…。

 貴方の鑑定には、狩人の適性も含まれています。

 …信じられませんが…。」


血統鑑定官は、苦々しい表情をしている。


彼らは、血統鑑定官は、狂っている。

血統鑑定の使命に人生を捧げている。

彼らにとって人種鑑定、血統、血質は、絶対のモノなのだ。


それが偽造されているなど神への冒涜にも近い。


だがグレアや他の狩人たちにとって、そんなことはどうでもいい。

それは、血統鑑定局の問題だ。


局内に裏切り者がいたのか。

鑑定方法に何らかのミスがあったのか。

そのミスを利用されたのか。


それは、血統鑑定局が調査、追求、解決すればいい。


「…狩人の適性がほとんどないのでは、竜心院の継承は、認められない。

 この事は、我々がクヌート公に報告する。」


ダン・ハロップ少佐がグレアにそう宣告した。

グレアは、息も出来ない程、苦しそうに訴えた。


「はあ、はあっ。

 ま、待ってくださいッ!」


青褪めたグレアは、ダン・ハロップ少佐に詰め寄る。

そして祈るように懸命に哀願した。


「それでは、カルヴェルノ家の名誉は!?

 ど、どうなってしまうのでしょうッ!?」


「………知らん。」


気の毒に。

といった顔でダン・ハロップ少佐は、答えた。

しかし彼には、どうすることもできない。


「た、たとえば…ッ。

 僕に子供が生まれたとして継承は、認められますか!?」


「分らんよ。

 竜心院のことは、私には、分らん。

 私に訊かんでくれっ!」


辛いが答えようがない。

ダン・ハロップ少佐は、グレアから顔を背ける。

しかしグレアは、我を忘れて訴え続ける。


「そ、そうだ…ッ。

 3日待ってください!

 あの、け、獣を狩ってみせますから…!!」


「今し方、ウチの狩人が殺されるのを、何もせずに見ていた君がかね?」


ダン・ハロップ少佐は、鋭い視線を投げかけた。

それは、グレアを貫き、彼は、呼吸さえ忘れた。


弱々しく項垂れ、肩を落としたグレア。

彼にダン・ハロップ少佐は、続ける。


「…仮にだが…。

 君の血質では、子供も血質に恵まれると思えんよ。


 竜心院が必死に血統を紡いで、あの血質を維持しているのだ。

 高い血質の家系同士でも、こうしたことが起こる。


 あるいは、もし君が他の支部に加盟を希望しても無理だろうな。

 血質が120しかないのでは、断られるだろう。


 君には、狩人の適性がないのだよ。」


血統鑑定官とダン・ハロップ少佐は、引き上げていった。

グレアは、茫然自失になり、ベッドに腰かけていた。


なぜか糞虫の狩人、二人だけが残っている。


「………?」


そこでタニスが訝しんで二人に訊ねる。


「あの、あなたたち二人は?」


糞虫の狩人たちは、ニタニタと笑って答える。


「俺は、ウイルソン。

 ”隙っ歯”ウイルソンと呼ばれてる。

 こっちが”惨殺魔”ロッシーニ。」


ロッシーニも嫌らしい笑顔を見せ、不潔な歯を見せる。

二人とも、いかにも下層民といった風貌で煤や灰で汚れている。

目も歯もタバコのせいで黄色く濁っていた。


「血統鑑定を偽装した貴族を殺すなんて楽しみでねえ。」


ウイルソンは、そういって仕掛け武器を取り出した。

その言葉の意味を理解したグレアも、ハッとなる。


「な、何をするんだ、君たち!?」


血統鑑定官は、採血を拒む人間と戦闘に発展することはある。

しかし原則的には、監視ウォッチ、見守るだけ。


鑑定により、殺しても罪にならない人間を私刑リンチにかける連中がいるからだ。

血統鑑定官が手を下さずとも面白がって殺す人間は、大勢いる。


「何って…。

 あんたを狩るのさ。

 世の中には、狩人狩りっていう連中もいるんでねっ。」


ウイルソンは、グレアに襲い掛かる。


しかしグレアも黙って斬られはしない。

素早く身をかわし、二人組と距離を取った。


「ちょっと…ッ。

 バカなことは、外でやっとくれよッ!!」


タニスは、それだけ言って避難した。


グレアも逃げようと扉を目指す。

しかし二人の銃口がグレアの背中を狙う。


「がッ!?」


呆気なく撃ち抜かれ、膝を折って床に倒れるグレア。

そんな彼に二人の狩人が襲い掛かる。


あっという間に血の海が広がる。

息絶えたグレアの顔に朝日が眩しく射し込んだ。




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