巨獣
グレアは、何人かの娼婦に聞き込みをした。
竜心院は、ある程度の情報を掴んでいる。
これは、ただのグレアの実地訓練だ。
「…はあ。
危うく、本当の客にされるところだった。」
グレアが暗い路地を歩いていると前後から二人の黒い影が襲い掛かった。
不意を突かれ、まったく反応できなかった。
「う…ううぐ!?」
なんだ!?
グレアは、抵抗するが相手は、手慣れている。
ズタ袋を被せられ、視界を奪われる。
4~5人の腕が彼を持ち上げた。
そしてどこかに連れ攫われていく。
「うう!!
うう~!!」
しばらくしてグレアは、ズタ袋を外される。
どこかの屋内だった。
ランプの灯りが見える。
目の前には、4人の人影があった。
連れ攫われる前、5人の気配を感じた。
きっと一人は、見張り役をしているということか。
「…なんだ、お前らは?」
グレアが訊ねると男が答える。
「蒼天院の狩人、”ブ男”モー。」
そう名乗る男は、確かに醜い。
グレアは、ほっとした。
騎士団の狩人なら、とりあえず殺されることはなさそうだ。
”早撃ち”のガラヴァジオ、”雄牛”ウェルター、”赤帽”ベロニカ。
新進気鋭の若手狩人だ。
きっと騎士団本部や蒼天院の幹部たちの命令を無視して、ここに来た。
自分たちの実力に自惚れて。
自信が全くないグレアにしてみれば、有り難いことだ。
だが、鼻で笑うしかない。
「…あんたらの言いたいことは、分かるぞ。
蒼天院の手で獣を狩りたいんだろ?」
「名前を言え。
確認する。」
グレアを無視して”雄牛”ウェルターが、鼻息荒くそう言った。
「シヨルドア・セドヴィーク・ド・カルヴェルノ。」
グレアがそう答える。
「ふん。
確かに吸血鬼だな。」
ウェルターがそう言うとグレアは、馬鹿にしたように言ってやった。
「違うぞ。
シヨルドアは、10年前に死んだ僕の父だ。
僕は、グレアスタン・セドヴィーク・ド・カルヴェルノ。
何も知らない癖に情報の辻褄合わせごっこか?」
四人の蒼天院の狩人は、顔を見合わせる。
全員、不愉快そうな表情だが反論はない。
「…悪いが、ここに居て貰う。
獣が狩り終わるまでな。」
”ブ男”モーがそう告げる。
グレアは、ボロボロの椅子に腰を下ろして答えた。
「良かった。
僕は、新人で自信がなかったんだ。
獣が怖かったから、君たちが狩ってくれれば嬉しい。」
「新人?
…俺たちを馬鹿にしてるな。」
”雄牛”ウェルターは、大きな肩を怒らせた。
そして口を歪ませ、鼻息荒く喚き散らす。
「これは、大変な侮辱だぞ、お前ら。
パンジョエル、マクワイア、ワイザーク、ロンウルフ!
あの4人の敵討ちに竜心院は、新人を送り込んだ!!
しかも一人だッ!!」
興奮するウェルターにベロニカが牙鳴る。
「大きな声出すな!!
分かってんだよ!!!」
ベロニカの方がウェルターより大声だったが、おかげで静かになった。
モーは、渋い顔で話す。
「…いいか。
獣を狩りさえすれば、俺たちの命令違反は、連隊から許される。」
連隊とは、蒼天院の狩人たちのことだ。
蒼天院は、通常の傭兵組織と狩人の二種類に分かれている。
彼らが連隊と呼ぶのは、狩人の方だった。
「行くぞ。
俺たちの名をあげる好機だ。」
「ああ、蒼天院は、騎士団の露払いじゃない。
俺たちこそが騎士団の主力なんだ。」
ウェルターがそう言った。
ベロニカも続く。
「いつまでも馬鹿にされてなるのか!!」
「パンジョエルたちには、悪いが。
死んだあいつらは、間抜けだったのさ…!」
ガラヴァジオがそう言って小銃を持ち出す。
なんだかなあ。
グレアは、呆れ半分、困惑半分で彼らを見ていた。
「…君らが功を上げたいのは、分かった。
しかしどうだろう?
僕も協力するというのは?」
グレアがそう言うとモーが彼を見下ろした。
グレアは、蒼天院の狩人たちに話し続ける。
「僕は、狩りに加わってなかったことにしてもいい。
人数が多い方が助かるんじゃないか?
協力するよ。」
「ふんッ。
竜心院の手は、借りん!!」
モーの返事は、グレアの予想通りだった。
蒼天院の狩人たちは、グレアを残して出て行く。
扉の傍には、5人目の狩人、”狐狩り”アマデウスが立っている。
「さあ、無駄な抵抗は、止めて貰おうか。
待ってる間、トランプでもやるか?」
そう言って”狐狩り”アマデウスは、四角い箱を取り出した。
「…そうだな。」
グレアは、そう言ってテーブルを引き寄せる。
しかし隙を見て”狐狩り”アマデウスの両眼を覗き込んで催眠をかけた。
やれやれ、余計な手間を食わされた。
逃げ出したグレアは、一息つく。
休んでから蒼天院の狩人たちを追おう。
結果として彼らを利用できれば良し、だ。
乱痴気騒ぎの色街を抜け、グレアは、蒼天院の狩人たちを追う。
やがて恐怖を訴える声が響き、人々が逃げ惑うのに行き違う。
竜心院の狩る獣は、狩人をも恐れず、姿を隠さない怪異である。
「…酷いな。」
グレアは、宿屋の屋根から惨状を見下ろした。
巨大な獣と蒼天院の連中が既に戦っている。
いや、戦いというより一方的な殺戮だった。
「銃が…銃が効かねえ!!」
”早撃ち”のガラヴァジオは、自慢の小銃に懸命に次弾を装填する。
だが何度、獣を狙おうとも弾が命中することはない。
「■■■■■■■■■■■■ッッッ!!」
空気を震わす、獣の咆哮。
その圧が弾丸を弾き返している。
「落ち着け!
時間をズラして射撃すれば、奴の咆哮に邪魔されない!!」
”ブ男”モーがそういって皆を奮い起こす。
だが、”赤帽”ベロニカが巨獣の蹄に掛けられた。
「あああッ!!」
獣は、馬によく似ている。
いや、キリンだろうか。
長い脚に強靭な首。
しかし頭は、人間か猿に似ている。
生理的に嫌悪感を催す、不吉な姿だ。
「うわ、ああッ!
ああ、あうッ!!
たす…たすけえ…ああッ!?」
巨大な頭が”雄牛”ウェルターを襲う。
大柄な狩人が獣に飲み込まれる。
あの大男が消える。
「ウェルター!!
あああッ!!」
遂にモーは、恐怖で逃げ出す。
するとガラヴァジオの銃口は、獣ではなく仲間に向いた。
「逃げるな、モー!
逃げるなぁッ!!
戻ってこないと撃つ!!」
グレアは、流石に見ていられなくなった。
酒場の屋根から滑り降り、ガラヴァジオの小銃を蹴飛ばし、銃口をズラす。
そして混乱する彼に言った。
「バカなことは止めろ。
逃げるんだ、お前も。」
「あああ!?
お前も邪魔するなッ!!」
ガラヴァジオは、仕掛け武器でグレアに斬りかかる。
しかし大きな獣用に持って来た大型武器では、新人すら容易にかわせる。
「くッ!」
グレアは、ガラヴァジオを置いて逃げ出した。
巨獣が既に二人に迫って来たからだ。
「あうぐ!?」
逃げ遅れたガラヴァジオの背中を巨大な脚が襲う。
そのまま聞くに堪えない音が響き、肋骨と内臓を押し潰す。
喉を逆流する血と血泡で悲鳴さえ上げられない。
「………おッッッ!」
ガラヴァジオを残してモーとグレアは、巨獣から逃げる。
もう恥も外聞もない。