巨獣の最期
グレアが次に目を覚ますとシャディザールの山手にいた。
眼下には、下町が広がり、無数の灯りが見える。
猥雑な街は、異国風の搭が並び、宝石箱のように眩い光を放っていた。
「…獣は!?」
グレアは、辺りを見渡した。
すぐに奴を見つける。
巨大な獣は、我が物顔でシャディザールを走り回っていた。
蹄は、客や行商人を挽肉に変え、無惨に貪り食われた人々の手足が口から零れている。
「いたっ!」
グレアは、高級娼館の屋根を走る。
鮮血と内臓を撒き散らしながら巨獣が吠える。
その傍で女たちと男たちが笑っている。
骨を砕く音、悲鳴が聞こえても賭場では、大勢が遊興に耽る。
血の臭い、煙草の臭い、香の薫り。
喜びの声、苦痛を訴える叫び。
常人の理解を超えた背徳の都でグレアは、巨獣に立ち向かった。
「■■■■■■■■■■■■■■■ーッ!!!」
頬のこけた人間の顔。
それ以外は、完全に巨大な馬の姿をしている。
その身体は、不思議な圧を放ち、銃弾を跳ね退ける。
「ふっ…くう!」
グレアは、仕掛け武器を変形させる。
長槍のような武器に姿を変えたそれは、悍ましいノコギリ刃が目立つ。
巨大な拷問器具のようだった。
最後の希望を託し、武器を握る。
ギリギリまで接近し、獣を斬撃した。
「■■■■■■■■ッ!!
■■■■■■ー――ッッ!!!」
巨獣の吠え声が一定の方向に収束する。
それは、やがて獣を保護する障壁から目に見えない刃となった。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
「わあッ!!」
酒場の窓が破裂し、ガラスが降り注ぐ。
細長い尖塔の壁が崩れ、レンガや彫刻が落下した。
娼館の屋根が破砕される。
しかし不思議なことにグレンは、それを知っている。
何度もこの光景を見た記憶が頭の中に確かにあった。
繰り返し夢と現実の間で見たような気がする。
「………かわせるぞ。」
グレアは、呼吸を乱しながらも微笑んだ。
自信を掴んだのだ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
巨獣は、グレアを狙って音響攻撃を続ける。
空気が強烈な振動を伝え、あらゆるものを破壊した。
「…そうか!」
グレアは、攻撃をかわし、巨獣の足元まで滑り込む。
そして巨獣の喉を抉った。
「■■…キョォ…ごおおおっっ!!
■ギ■ォ…ごおおおっっ!!!」
グレアの思った通り、巨獣の咆哮は、あっさりと止んだ。
しかしグレアが喜んだのも束の間のことだ。
「■■■■■■■■■■■■!!!」
巨獣の傷は、瞬く間に塞がり、元通りになった。
水銀弾と狩人の血が無ければ恐ろしい怪異には、十分な傷を与えられない。
仕掛け武器だけでは、足らないのだ。
邪を払う霊力の類だ。
それは、正統な狩人の血に宿る。
目に見えない力場が本来の狩人には、あるのかもしれない。
それがグレアには、ないのだろう。
「俺の血には、獣を殺し切る威力がないっていうのか…ッ!?」
グレアは、疲れたように呟いた。
もはやどれほど絶望を舐めても動揺しないほど彼は、怒っている。
それは、狩人になれず家名を守れないということへの怒り。
そして巨獣への怒りだった。
「■■■■ッ!
■■■■ッ!!」
巨獣は、首を振り回し、グレアを顎にかけようとする。
人間を簡単に引き裂く大顎には、剣のような牙がある。
「■■■■■■ーッ!!」
「ふぅッ!」
グレアは、自分に真っ直ぐ向かってくる巨獣の顔に刃を突き立てた。
ノコギリ刃を備えた長槍は、眼を貫いて反対側に飛び出す。
「■■■■■■■■■■■■!!!」
思わず背筋の凍るような叫びを巨獣は、あげた。
しかし明らかに脳を損傷しても動きは、収まらない。
尋常の生物では、考えられない体構造。
常識の通用しない生命力だ。
「…まずいッ!
武器をとられ…る!!」
グレアは、大急ぎで長槍を抜き取った。
赤黒い血と白い脳ミソの欠片が噴き出す。
その様子は、まさに悪夢の光景だった。
「■■■…ッ!
■■■■■■■■■■■■ァ■■ーッ!!!」
やはり獣は、怪異。
伝承の妖魔や悪魔のようなもの。
尋常の攻撃では、絶命に至らないのか。
いや!
首、心臓、頭。
これだけ急所を狙われれば獣とて絶命するハズ。
グレアは、ひたすら攻撃をかわし、長槍を振るって応戦し続けた。
それは、カルヴェルノ家を何としても守りたい。
その一心だけだった。
獣を狩っても何も解決しないかも知れない。
しかし、もう他に何をすればいいのか分からない。
どれほど返り血を受け、戦い続けただろう。
気が遠くなるような狩りの果てをグレアは、見ることができた。
「■■…ぎぃ…オ…■■■■ッ。
■■…ホ…スピタル………。
……ッ…■■………ッ!」
両目を抉られ、心臓を貫かれ、首を滅多切りにされた巨獣は、膝を着いて倒れた。
やがて黒々とした血の池に巨体が傾いで、どうっと倒れる。
それが巨獣の最期であった。
「やった…!!
やったァーッ!!!」
グレアは、発狂したように大喜びした。
腕を振り、叫び、歓喜の余り咽び泣いて倒れ込んだ。
嗚咽を吐き、何時までも石畳の上で震えている。
「ああ…!!
あああ!!!
これは、夢じゃないか?」
石畳の上に寝転がり、仰向けになって月を仰ぐ。
「あはははは!!
あっはっはっはっは!!!」
緊張の糸が絶たれたのか。
グレアは、心地良い眠りに落ちていった。




