Scene1
「2年目で更新4回か。兄ちゃん、見かけによらずあんた強いんだな」
長く続いた白い鉄の壁の前を通って、目的地への出入り口がある管理事務所へ辿り着き、国内では珍しい高報酬が得られるクエストを受ける為の手続きを始めたら、カウンターの対面に座る歴戦の猛者の様な風貌の管理人が俺の勇者免許を目にして驚いた。
因みに勇者免許はスマホの勇者アプリ内の機能として搭載されており、モンスターを撃破する事で得る実績が1万ポイント貯まる毎に自動で更新される。
この更新回数が、ゲームで言うところのレベルみたいなもので通常はレベル1から始まり、現時点の俺のレベルは5となる。
レベルアップするメリットはモンスターを撃破した際に得る実績に応じた報酬がレベル1毎に1%UPする事、デメリットは更新毎に体内の瘴気の量を施設に足を運んで検査しなきゃいけない事かな。
報酬UPは素直に嬉しいが、瘴気の検査は1週間も拘束されるので正直なところ面倒くさい。
話は逸れたが、管理人が驚いたのは更新回数に対してではなく、免許取得してから1年ちょっとの新人が4回更新していた事に対してだろう。
まぁ、日本での更新回数4回到達の平均年数は2年半くらいなので、腕利きと思うのは当然かもしれない。
「そうだな、弱くはないと自分でも思うよ。ところで、ここまで厳重に壁で囲っているって事は、かなりヤバめなのか?」
書類に記入して管理人に提出して不備がないかを確認して貰うついでに、壁の向こうの状況を尋ねた。
「ああ、この先は瘴気がちょい濃いめでな、モンスターの強さもそれなりだから、油断してると死亡者リストに名前が載る事になる。それでも行ってみるかい?」
管理人が一通り確認したが、どうやら問題が無かった様なので事務員に書類が回り、通行許可証代わりのドッグタグが複数カウンターに乗せられ、そして管理人が閉鎖されている地域のMAPを広げて軽く状況説明をした。
「報酬が美味しいし、今懐が寂しいからねぇ」
俺は苦笑いしつつドッグタグの1つを手に取って管理人に差し出すと、彼はそれをカウンター上の端末に近づけて接続して登録を開始する。
「パーティは……って1人で行くつもりだよな、その感じだと。 いやまぁ、更新4回もしてる勇者なわけだし実力不足って事はないと思うんだが……」
ドッグタグを俺に戻した管理人は、パーティメンバーが他に居るのかを尋ねてきたが、管理事務所に入って来た時から俺が1人だったのを思い出した様だ。
「心配してくれてありがとさん。俺だって死ぬ気はないし、無茶はしないつもりさ」
首にドッグタグを掛けると、事務員が管理人の横から別の書類を差し出してきた。
書類には『クエスト参加同意書』と書かれており、内容はクエスト中に死亡したり怪我を負って障害が残っても政府に補償を求めないと言う事らしい。
一通り目を通した俺は、迷う事無く書類に署名して管理人に提出した。
「……分かった。そこまでの覚悟があるなら引き留めるのは止めよう」
管理人が書類に不備がないかを確認し、彼もこれ以上俺に慰留を促すのを止めて決済のハンコを押して事務員に手渡した。
そして改めてカウンターの上に閉鎖されている地域のMAPを広げる。
「では、この先……閉鎖住宅街の説明をしよう。昨年末に瘴気を大量に浴びた小型の鯨が運河を遡上して死んだ話は知っているよな? その現場が此処だ」
地図の北側にある一点を指差した管理人は、カウンターの上にある端末を操作して当時の動画を再生すると、水牛の様に大きな角を生やし、鯨とは思えない程に異形の姿となったそれが運河の壁面に激突し、陸上に乗り上げ、苦しみながら暴れた事で皮膚が裂けて全身から血を噴き出す様子が映し出された。
「モンスターになりかける程に瘴気を浴びた鯨は小型とは言え体長が3mを超えていたので、死んだ後に撒き散らされる瘴気の量も半端なく、此処を中心として運河沿いの住宅地は対岸も含めて500mの範囲が政府により閉鎖された」
動画を閉じた管理人が、別の画像を端末に表示する。
そこには異形の姿となった鯨の躯から黒い霧の様な視認できる程に濃い瘴気が噴き出す場面が写っている。
更に管理人の横に控えている事務員が政府から発令された閉鎖命令のコピーを差し出してきた。
「幸いにも住民に犠牲は出なかったが、残された小動物などがモンスター化して暴れ回る事で被害は出ている。そんな状況だから、ノームの作ったマジックアイテムで結界を張っていなかったら、モンスターが外に出て瘴気を更に撒き散らす事になっていたかもしれんな」
管理人の操作する端末に、住民が避難する様子の画像やモンスター化した小動物に襲われる動画が表示されて俺は息をのむ。
「それはさて措き、政府は勇者にモンスター退治をさせ、マジックアイテムの瘴気吸収装置を設置させる事で住宅街を浄化し奪還するのを決定した」
緊張した俺を見た管理人が沈んだ空気を換えようと話を切り替える。
カウンターには事務員が運んで来た500mlのペットボトルとほぼ同じサイズの装置が3本置かれている。
それを管理人が手に取り、設置の仕方を実演してみせる。
「今回のクエストは、その政府方針に沿ったものであるので、報酬はモンスター撃破分が通常の2倍と装置の設置個数分が併せて出る。また、住宅地に残された金品については住民の所有権が放棄されているので、持ち帰って副報酬とする事は許可されている」
装置をカウンターに置き直した管理人が端末を操作して報酬についての説明を表示させた。
レベル5の俺の場合は撃破報酬が通常の2.1倍、装置の設置で得られる実績が1本につき50ポイント固定。
例えば中型のモンスター1体撃破で貰える実績は通常3ポイントくらいだが今回は6.3ポイントとなり、
10体も狩れば63ポイント、約63000円ゲット。
ついでに装置を1本でも設置できれば合計113ポイント、約113000円が短時間で稼げるというわけか。
更に言えば、空き家から貴金属品とか入手できれば報酬は爆増の可能性もあるので、俄然やる気が出て来た。
「モンスターのランクはCランク、つまり更新回数が2回以上の勇者でなければ対応できない程に強い。瘴気の濃度が高い事もあり、1回のクエストで滞在できるのは12時間までなので注意してくれ。また、奴らは地上、空中、運河などに棲息していて、ついでにそれらが連携して攻撃してくる事も確認されている。昨日も、その連携攻撃で1人の勇者が犠牲になった」
Cランクと言う事は大きさが中型以上、特殊な攻撃を有しているのか。
1体1体が相手なら問題ないけど連携してくるのは厄介だな。
……とは言え、報酬の最低値が中型の場合1体5ポイントで、今回の俺の場合は10.5ポイント。
多少無理してでも狙いたくなる数値に目の色を変えていたら、管理人が呆れた表情で溜息を吐いた。
「ここの管理人である俺から言えるのは、報酬に目が眩んで無理をするな。ヤバいと思ったら結界の外まで全力で走って逃げろ……それだけだ」
「あ、ああ、そうだな。命あっての物種だしなるべく無理はしないようにするよ」
カウンターの向こうからフロア側へ出て来た管理人が、俺の方を軽く叩いて真剣な表情で注意を促し、
その雰囲気に圧された俺は捕らぬ狸の皮算用を止めて頷いた。
「ああ、長々と話してすまなかった。さぁ、ゲート開けるから行ってくれ。結界は問題なく通り抜けられるはずだ。気をつけてな」
管理人が事務員から鍵束を受け取ると、愛用の武器であるルーンの刻まれたバスタードソードと荷物を持って立ち上がった俺と共に閉鎖住宅街へ通じる出入り口の門を開いて結界の間近まで案内してくれた。
「色々と気遣ってくれてありがとう。じゃ、ちょっと一稼ぎしてくるわ」
そして俺は結界の中へ、空気が淀み僅かに死臭も漂う閉鎖住宅街と言う魔境へ足を踏み入れた。
私のnoteにも投稿しました。
https://note.com/madzuo1/n/n1ac8b76481e5
この作品に関する設定のメモ書きとかは、noteに書く予定です。