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私から言った

作者: 笙野ひいろ

「ねぇ、私この映画気になってるんだよね」


部活終わり、そう言ったのは私からだった。少し下心があった。優しい君なら「行く?」って言ってくれるかなって。でも勝算はあった。その日の部活の始め、君とこんな話をしていたからだ。


--------------


「ねぇ、この前イムスタのストーリーにチーズケーキの店あげてたでしょ? 『チーズケーキ好きの彼女、行こうね』ってやつ」

「んー、あ、アレのこと?そうそう、あそこ凄い美味しくて、僕もまた行きたいから今度一緒に行こうよ」

「いいねぇ。チーズケーキ専門の店なんだっけ?」

「そうだよ。普通の以外にも期間限定のやつとかがある」

「へぇー」


--------------


「じゃあ、今度の部活の休みに行く?」

「いいの?」

「うん。あと、さっき言ってたチーズケーキの店、映画館の近くだから映画見たらそこも行こうよ」

「いいよ」


やっぱり君はそう言ってくれた。それからとんとん拍子に話が進んで、その週の土曜日に行くことになった。


土曜日。映画を見に行く当日だ。君との待ち合わせは10時30分、映画館が入っているショッピングモールの前。私の家からは30分位かかるから、余裕を持って9時45分位に出ようと思って支度していた。

着る服は金曜の夜に決めてある。この前買った濃紺のオーバーオールだ。上に何を合わせようか迷って、白のローゲージセーターに決めた。

髪はどうしよう?折角だから、いつもと違う髪型がいい。編み下ろしにしようかと思ったけど、自信がないからお団子にした。お団子はアルバイトの時によくしている髪型だから慣れてる。手早く結んで…、あ、今日はいつもよりフワフワにしなきゃ。丁寧にお団子を解して、よし!あとはお化粧と、イヤリングもしよう。


そうこうしているうちに時間は10時になろうとしていた。慌てて家を出る。待ち合わせに遅れたら最悪だ。


何とか待ち合わせの5分前にショッピングモールに着いた。スマホを見てみる。君から連絡が入ってないかなって。「着いた」って連絡はなかったけど、君からは「ここも気になってるんだよね」って別のカフェのイムスタのスクリーンショットが送られていた。私としては半ば強引に誘ってしまったから、君の好きな方がいいと思った。それでどう返そうかと考えていたら…


「おはよう、奏音」

「あ、立川くん。おはよう」

「今日の格好、可愛いね。似合ってる」

「そう?ありがとう!立川くんも凄い似合ってるよ」

「ありがと」


君は黒のパンツにセーター、その上に白いシャツを羽織っていて、黒のロングコートを着ていた。普段見るのは部活のときの格好が多いから、印象が変わって見えた。はっきり言おう。かっこいい!でも面と向かって言うのは恥ずかしい。

だから、「似合ってるかな?」なんて言う君にこう言っちゃったんだ。


「スキニーすごい似合ってるし、そのコートも。ロングコートだから縦の線が強調されてスタイルがよく見える!」


ちょっと恥ずかしい。だって思ってる事言い切っちゃったから。でも君は「ありがとう」って笑って言ってくれて。そのまま私達は映画館の中に入って行った。

私が誘ったのは今人気アニメの劇場版。1日の上映回数も人気だからか多い。でも私達が見ようと狙っているのはお昼近く。席の予約はしていなかったけれど大丈夫だろうか、というのは杞憂に終わり、無事に中央のいい席を2つ取ることができた。


「奏音、何か買って入る?」

「んー、どうしよう。私あんまりお腹空いてないから飲み物だけにしようかな。立川くんは?」

「僕は何か買おうかな」

「ポップコーン?」

「そうする。やっぱ映画館って言ったらでしょ」

「そっかー。やっぱ私もチュロス気になるから買おうっと」


時間がきたから受付をして中に入る。取った席は…うん、いい感じ。周りに人は少しいるけど、無理のない姿勢で目の前にスクリーンがある。2人で「映画が始まる前といったら」という話題で小声で話していたら、部屋が暗くなって、とうとう映画が始まった。


映画が終わった。予想以上の面白さだった。エンドロールまでしっかり見たあと、余韻が覚めないまま席を立って出た。スタッフの人にそれぞれが食べたゴミを渡し、お礼を言って外に出た。


「面白かったね!」

「本当にね。僕、この映画のアニメは見たこと無かったけど何となく登場人物とかは知ってて。だから色々分かって楽しかった」

「そっか。私が誘った様なものだから、楽しめたみたいで良かった」

「全然気にしないでいいよ。僕の方こそ誘ってくれてありがとう」


映画館はショッピングモールの最上階にあったから、エスカレーターで下に降りていく。私は君に話しかけるタイミングを見計らっていた。予定だと、このあとカフェに行く予定だったからだ。丁度レストラン街のフロアに降りたときに、君に声をかけた。


「立川君、そう言えば、ご飯どうしようか?…お腹空いてる?」

「うーん、僕あまりお腹空いてないんだよね。奏音は?」

「実は私もあまり空いてないんだよね。お昼ご飯食べてないのになんでだろ?」

「ね、なんでだろう」

「…じゃあさ、お昼ご飯の代わりに立川君の言ってたカフェ行かない?この前話してたとこでもいいし、今日教えてくれたところでもいいけど」

「そうだね。奏音はどっちがいいとかある?」

「私はどっちも行ったことがないし、どっちでもいいよ。立川君この前チーズケーキのところ行ったんなら、今日はもう一つの方にする?」

「んー、僕もあそこもう一回行きたいし本当にどっちでもいいんだけど…じゃあ、今スマホで調べるから、近いほうにしない?」


そう言って、君はスマートフォンで調べ始めた。しばらくして、


「チーズケーキの店の方が近いから、そっちにしようか」


と言った。そのまま、私たちは君の案内でショッピングモールを出て北の方へ歩き始めた。


「私、こっちの方来るの初めてかも」

「そっか、僕は家が北の方だから良く通るんだけど」

「私は南の方だから。ショッピングモールより先はあんまり」

「そうだよね。普通ショッピングモールまで来ればいいもんね」


こんな感じでとりとめもない話をしながら歩くこと約5分。「ここだよ」と君が言った店はこじんまりとしていながらもとてもお洒落だった。

モノトーンを基調とした店内にはテーブルがいくつか並べられている。壁には絵画が何点か飾られており、モノトーンな店内によく映えていた。


それぞれでケーキと飲み物を注文して席につく。客は何組かいたものの、幸い空いている席に座ることができた。注文したものを待ちながら、映画の感想を話し合う。あそこが楽しかった、ここが面白かったという話をしていると、店員さんがケーキを持ってきてくれた。

私が注文したのはバスクチーズケーキ。ほかにも何種類かチーズケーキはあったけど、一番スタンダードなのはこれかな、と思って注文した。やっぱり始めて来たところはスタンダードなものを食べたいと思ってしまう。向かいに座っている君の前には、紫色のケーキが置かれていた?何?と思ったら、どうやらブルーベリーのレアチーズケーキみたいだ。基本もいいけど、こういうお店でしか食べられないものもいい。


食器までこだわりが見られるケーキを頂く。口にした瞬間、その濃厚さに驚いた。その余韻のまま食べ進め、三分の一が口の中に入った頃、目の前の皿の中身が減っていることにようやく気がつく。君も同じだったみたいで、目線をあげると同じように顔をあげた君と目が合って、ちょっと笑えた。


「これ、本当に美味しい!」

「なら良かった。僕のも美味しいよ。凄いプルプルしてる」

「本当だ」


さっきまで映画の話をしていたのに、今度はケーキの感想しかお互いに出てこない。

味わって食べていたがやはり終わりはやってきて、最後の一口を食べきった。大きさはそんなに大きくなかったけど、満足感でいっぱいだ。


店を出て、ふと腕時計を見てみる。2時。そういえば…


「立川君、時間大丈夫?」


君がこの後アルバイトあるの忘れてた。


「うん。3時くらいのバスに乗れば十分間に合うから大丈夫だよ」

「じゃあ、あと1時間くらいか」

「そうだね」


そうして、二人でまたゆっくり歩きながらショッピングモールの方へ戻る。近くには他にもお洒落な外観のお店があったから、こんどまた行ってみたいね、なんて話しながら。

ショッピングモールに戻って、ちょっと洋服を見たりしていたら、直ぐに3時が近づいた。この時間ももうすぐ終わる。バスターミナルの近くまで何となく君と一緒に行った。何か別れづらくて、何を言って別れればいいのかよく分からなかった。

立ち止まった。沈黙が続く。周りのざわめきと、どこからか聞こえる音楽がBGMになっていた。


「奏音は帰り、どうするの?」

「えっと……、私今から図書館に行きたいから」


こう答えるつもりじゃなかったのに。


「そっか。じゃあ、僕はこっちだから」

「うん。今日は楽しかった。ありがとう」

「僕の方こそ。また部活でね」

「ばいばい」

「ばいばい」


あ…、終わってしまった。君が私に背を向けて歩いていく。私があの時「バスで帰る」って言ったら今も一緒だったのだろうか。もう考えてもしょうがないことが頭の中で埋め尽くされていく。君が遠くなっていくほんの数十秒が果てしなく長く感じられた。


君が角を曲がって見えなくなってから、漸く私の時間が動き出した気がした。






ありがとうございました。

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