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【完結】シンデレラ症候群な僕とお姫様な彼女

作者: よしのみ

※こちらの作品は後編になります。前編と中編の内容を理解していないと流れが唐突に感じるかもしれません。なので下記にリンクを貼りますので、まだの方はぜひご一読してくださると嬉しいです。

【前編】https://ncode.syosetu.com/n9676hf/

【中編】https://ncode.syosetu.com/n2623hg/

実家を思い浮かべてと質問されたらとするとあなたは何を思うだろうか?

犬を飼っている人がいればペットのことを。地方から上京した人は

地元の田んぼ道やさびれてしまった商店街の田舎感を思い出すかもしれない。

更に深く質問してみる。家の中の雰囲気はどうだろうか?

家族と会話をするだろうか?

落ち着く感覚があったりする?


ちなみに僕の家族は母と弟の3人なのだけど、全員がおしゃべりで基本的にみんなリビングにいる。そしてずっと喋り続けている。


僕の家族と会ったことがある人は「絶対に飽きない家族だね」とみんな言ってくれる。

この賑やかで温かい雰囲気が僕にとって癒しでもあった。


でも今いる彼女の家のリビングは正反対に冷たい。

テーブルを挟んで向かい側に座る花奈さんのお父さんの表情が今の部屋の雰囲気を作り上げていると言っても過言ではない。


「後輩くん、はい、お茶どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


対して今お茶を渡してくれたお母さんの雰囲気はほのぼのしたもの。

初対面にも関わらず友好的に接してくれるのが嬉しくて仕方ない。


「ほら、お父さんも。ずっと顰めっ面してたら後輩くんが話せないでしょ?

お茶飲んで少し落ち着いて」

「ふう〜、そうだね。この表情をずっと続けるのは大変だ」

お父さんは息を大きく吐いた後にお茶を一口含んだ。

そうか、お父さんも緊張をしていたのか。


(いや、でもめっちゃ威圧してきたよな)


彼女の家族と話をするのも初めての経験…ではないけど慣れるものではない。

それに毎回、彼女のお父さんには無視をされることも多かったから良い思い出もない。

でも今回に関しては挨拶を後回しにすることはできないし、逃げることもできない。


なぜなら今日は僕と花奈さんの同棲することへのお願いをしにきたからだ。




話は僕と花奈さんがお付き合いを始めた翌日まで時を巻き戻す。


平日の早朝、スマホを見ながら歩いている人。

少し音漏れをしているイヤホンで音楽を聴いている人、憂鬱そうな顔をしている人、

制服を着て友人と歩いている人、様々な瞬間を過ごしている人々がいる中、僕は駅の改札前で待ち合わせをしていた。


勘違いしないで欲しいのはデートではない。今日は僕も仕事の日。

ただ昨日までの朝と違うのは先輩、花奈さんが彼女だということ!


ふわあ~っとあくびが出てしまうのはご愛敬。平日の朝なんてこんなものだよ。

でも眠気はあるが体の怠さはない。

それ以上にニヤニヤが止まらなくて口元を引き締めるのが大変…。


ワクワクしすぎて、昨日の別れ際に言われたことを思い出す。


「(ねえ、後輩くん?)」

「(どうしました?)」

「(彼女になったことだし一つ我が儘言っていいかな…?)」

「(花奈さんの我儘ならどんとこい!ですよ)」

「(あのね…明日から一緒に会社に行きたいんだけど…いいかな?)」


もう良いよね!!

いいさ、浮かれているとみんなにどれだけ言われても!冷たい目を向けられても!

今の僕には怖いものはない!

だってあんな可愛いわがままを言われてNO!と言える人はいるだろうか?

いやいない!反語。


浮かれまくっている僕はできたばかりの彼女を待たせたくなくて、待ち合わせの10分も前から待機してしまっている。

ウキウキしながら待っていると、改札から小走りしてくる人影。

「お待たせっ!」

ガバッと突撃をしてくると同時に挨拶をしてくる花奈さん。

突撃をしてきた勢いのまま「ぎゅ〜〜〜〜!」と抱きついてくるのがもう愛おしく仕方ない。

僕も抱きしめ返しながら挨拶を返す。


「おはようございます、花奈さん」

少し体を離して目が合うようにすると、はにかんだ笑顔を見せてくれる。


そのまま、また抱きしあっていた僕たちであったが、就業時間の問題が出てくるので名残惜しいが会社に向かうことにした。

「花奈さん、手を繋ぎましょう?」

「ッうん!」

こんなやりとりがあったようななかったようなだけど。



会社に着いた僕を待っていたのは、同期の群れだった。

「キタキタ〜!!」

「おめでと〜!!!」

「やっとかよ〜!長いんだよ!」

「そうだよ、こっちがハラハラしたわ!」

「私も彼氏ほしい~」

「え、俺はどう?」


エレベーターを開けた途端、現れた同期の群れ。そして繰り出された言葉の濁流。

聖徳太子でなければ聞くことは不可能ではないかという言葉のマシンガンに押されて倒れそうになっていると、


「よかったな」


杉井がこちらに、よくやったと腕を組みながら伝えてくれた。

その表情にホッとしながら僕はいたずらっ子な顔をしながら返す。


「ヒヨコじゃなかったでしょ?」

「あそこまでお膳立てされなないとできなかったらヒヨコでしょ」


僕たちは軽口を叩きながら拳を軽くぶつけ合う。


「おめでと」

「ありがと」



「さあ、今日は華金じゃい!野次馬根性丸出しの根掘り葉掘り聞こう酒のツマミにしちまおう飲み会をするぞー!!」

「行くやつ挙手!」


「「「「「はーい!!」」」」」


こいつらのノリ良すぎだろ!そして僕の意思が皆無!というわけで飲み会が決まったので、花奈さんに一緒に帰れないこと連絡すると、


『大丈夫だよ、私も似たようなことになってるから…笑』

『あ〜想像つきました笑 ファイトです!』


似たような状況に追い込まれていた。確かに昨日のお姉様方の様子を見ると、

間違いなく聞いてくるだろうと予想。


(どこまで聞かれるのかな〜。告白シーンまで聞かれると流石に恥ずかしいな〜)


僕にもまだ残っていた感情の一つである羞恥心をくすぐる会になることに不安を少し感じつつも周りで騒いでいる同期の様子を見て、

この光景を見られるのもあと少しだと思うと、寂しくも感じる。


「後悔しないように楽しもう!!」


だから今できることを精一杯行おう。




「…」

「?花奈さん?」


最近の花奈さんは何かを考え込むことが増えてきたがする。

一緒にご飯を食べていてもいきなり手が止まって何かをまとめている感じ。

ここ2,3日は手が止まると僕の方を見て何かを言いたそうな表情をしたのちに俯いて何かを考え出すを繰り返している。


何回か「どうしたんですか?」と聞いてみた。

でも「なんでもないよ」と取ってつけたような笑顔を見せられると、無理に聞き出さないほうがいいと思ってしまう。


(先輩が話したいと思ったときにちゃんと聴けるように準備をしておくのが1番かな)


と思っていたのが昨日まで。


決意を決めた表情で僕の顔を真っ直ぐと見つめてきたので真剣な表情で向き合った。

何を言われるのかが検討も付かずに心の中はビクビクしているのを悟られないように落ち着いた表情を意識していると呼ばれた。


「後輩くん」

「はい、どうしました花奈さん」

「私ね…私、」


やはり言いにくいことのようで言葉が詰まってしまっていた。


それだけ大事なことを伝えようとしているからこそ焦らせるわけにはいかない。

出来るだけ自分の言葉として伝えてもらおうと思い、言葉を投げかけることはせずに待ちの姿勢を見せることにする。


花奈さんはそれがわかっているのか、自分の中で言葉を決めて再度話を始める。


「会社辞めて後輩くんに着いて行く!!!」


………。


「はあ〜〜〜〜〜〜!!!!?」


あまりにも斜め上の話題がきて僕の???マークの悲鳴が会社に木霊した。



「何がどうなってそうなったのか一から説明してもらっても良いですか…?」


僕の悲鳴が社内に響き渡り、周りで休憩をしていた他の社員の方々に「すみません、すみません」と頭を下げ続けること数分。

周囲のざわつきが落ち着いたことで花奈さんに先程の言葉の詳細を聞くことにした。


「ん〜とね、前々から考えていたことなんだ」


「前から?」


「そう、私のやりたいことって何かな?って。それでこの仕事を始めてわかったのは人と話して笑顔にするのが好きということに気づいたの」


「なりほど、でもこの仕事のままでもできますよね?」


そう、花奈さんがこの仕事で気づいたと言ったように僕たちの仕事はコンサルタントだ。

だからこそ仕事を辞める必要がない。でも辞めるという選択肢が出てきたのは何かしらの理由があるはずだと仮説を立てて問いかける。


「そう、人と話すことはこの仕事のままでも続けられるよ」

「なら」


「でもね、私はそれ以上に笑顔になっているのがより身近でわかるお仕事がしたいなって思ったの」

「より身近?」


「そう、後輩くんには言ったことなかったんだけど私、学生時代にアパレルでアルバイトをしていたんだ。そこでの売上は自分でいうのもなんだけどかなり良かったんだよ? 正社員の話がくるぐらいね」


なるほど、花奈さんのコミュ力の根源はここだったのか。人見知りをしていたらアパレル店員はお仕事ができない。

アルバイトでコミュ力は向上したと思う。でもそれ以上に元々話すのが好きな人だったから集団の中心にいられたとも思う。


でもそれならなぜこの仕事を始めたんろう?

アパレルのスカウトが来るぐらいでしかもやりがいもあったのに、なぜ全く違う業種のお仕事を始めたのだろうか?


「え、でも入社しなかったのは仕事が辛かったんですか?」


「違うよ、ただ私の中で勝手に好きを仕事にしちゃいけないと思い込んでいたの。元々お洋服を見るのが好きで、だからアルバイトも始めて、お客さんとお話をしながら最後に背中を押すことができるお仕事って素敵だった。でも仕事にしてしまったら嫌いになるのが怖かった」


「だから違う仕事にしたんですね。ならなぜこの職業にしたんですか?」


「それは人と話すのが好きだったから話すことで他人の悩みを解決出来るのって素敵だなって思っていたの。でもよくわからなかった。確かに話すことはできたけどどうしても間接的で、笑顔にできている感覚を得ることができないの」


「なるほど、直接的にお客様と関わりたかったんですね」


コクンと頷く。なるほど、多分ずっと悩んでいたのだろう。なまじコミュ力があるからこそ、お客様先に出ることが花奈さんは早かったと聞いたことがある。


だからこそ、違和感を感じるのが速くなったのだろう。


確かにコンサルタントはどうしても会社をメインに相手にするため、個人に焦点を置くことがない。

アパレルのように1人1人見ることができないことにずっと違和感を持ちづけていたからこそ今回の判断に至ったんだろう。


「ちなみに今って辞めるって意思を固めたところまでですか?」

「?どういうこと?」

「行動を起こしているのはどこまでなのかなって」


「あはは、やっぱりバレてたか。転職の面接まで済ませているよ、次最終だけどほぼ決まってる」

「やっぱり」


この先輩は行動力がとても素晴らしい。だから決めたら即行動していると思った。

もっと言えば、転職の準備だけではないのだろう。

親への根回しだったり、仕事の引き継ぎ準備なども終わらせている感じすらする。


こう考えるとなんだろう、この行動力に尊敬とともに呆れが出てきてしまう。

あとは寂しさ。


「後輩くん?なんでそんな拗ねた表情をしているの?」

「拗ねてないですよ」


嘘だ。すねている。なんでもっと早く相談してくれなかったんだろう。

花奈さんはこんな僕の気持ちを見透かしたようにちょっと恥ずかしそうに頬を掻き始めた。


「あのね、後輩くんにいうのは恥ずかしかったの。というか引かれると思ったの」

「引かれるとは?」


「私、独占欲が強いみたいでね。遠距離は絶対に無理だと思ってたの。だから後輩くんの異動が決まった時にもう逃さないって決意して行動を始めたんだよ」

「…。」

開いた口をパクパクとしながら今の花奈さんの言葉を反復する。


「え、もしかして僕と離れたくないのが大きな理由になったんですか?」

「ん〜、正確にいうと、後輩くんへの想いがスイッチになったということかな?」


「付き合ってない時ですよね?」

「そうだよ、だから引かれそうで怖かったの」


そりゃあ確かに、人によっては“重い女”認定をされてしまうだろう。

いや、一般的に言えば重い。


付き合ってもいない人を追いかけて知らない土地に行こうとするのだから。

でもこれは一般的な話だ。


僕に限った話では無い。だって僕は『メンヘラホイホイ』


「全く、花奈さんはバカですね〜」


本当にばかだ。


「バカってなんで?」


「だって僕はずっと先輩のことが好きだから嬉しいしか感情は出てこないですよ!」


そう、だって初めて会った時から僕は花奈さんの魅力に惹かれていたから。


「花奈さん、転職はいつ頃になりそうですか?」

「う〜んと、再来月の頭からできそうかも」


「僕の1ヶ月遅れですね!じゃあ、準備をしないとだ!」

「準備?」

あれ?花奈さんはここまで考えていなかったのかな?


「そ、同棲準備ですよ!」

ここまできたらとことんお互いへの想いが“重い”2人で走って行こう。




『もう〜!何言っているの?!』

『嫌なんですか?』

『…したい。本当にいいの?』


根回しを済ませている癖にとても可愛い反応をする僕の彼女の策略にハマってすぐの休日。


僕と花奈さんは会社のある県から隣の某ネズミの国がある県にやってきた。

このまま一日中、夢の国で遊ぶのもいいんだけど、残念ながらチケットは当たらなかったので別の機会にするとして、本当の目的はあるお宅へ訪問するためである。


「本当に大丈夫?」

花奈さんが心配そうに僕を見つめてくる。


いくら事前に話をしているからと言って緊張をしないわけではないのだろう。

握っている手は汗をかいているように感じるし、小刻みに震えている。

自分もかなりの緊張をしているにも関わらず、僕の心配をしてくれている姿を見てやっぱりこの人は素敵な人だなと惚れなおす。


そんな彼女に対して行う行動はただ一つ。安心をさせること。


「大丈夫ですよ」


ただ一言。ただ一言を彼女の顔をしっかりと見て微笑む。

何も心配することはない。僕に任せて欲しい。

大丈夫だよ。

こんな気持ちを込めて手も少し強めに握る。


ジッと目線を合わせ続けていると、花奈さんの肩から緊張が解けて力が抜けた。

合わせていた表情も和らいできた。

だからこそ、僕は追い討ちをかけて安心させることにした。


「2人なら大丈夫ですよ」


彼女の目が驚いたように少し開いて、次の瞬間にはいつもの悪戯心を含んだニヤッとした表女を見せてくれた。


「間違いない!私たちなら大丈夫!」


花奈さんの緊張も解けたみたいだから行こうか!

ラスボスとの対峙へ(彼女の家へ挨拶とともに同棲許可をもらいに)!


魔王の城に向かっている勇者の気持ちってこんな感じなのかな。




「いいよ」

「はい?」


彼女のお父さんというのは彼氏にとってはラスボス的な存在で、どう認めてもらうのかを悪戦苦闘するのが定番だと思っていた。

実際に花奈さんもお父さんのことが心配で緊張をしていたようで、家に着く前にどのような人かを教えてくれていた。


『お父さんね、私がいうのもアレだけどめちゃくちゃ娘のことが大好きなの』

『あ〜なるほど、それは反対されそうですね』


娘大好きな父親はどこの家庭もそうだと思っているが、実の娘が言うのであれば、

それはとてもすごいのだろう。

それ相応の覚悟を決めて、僕は花奈さんのお家へ訪問した。


玄関で迎い入れてくれたお母さんは花奈さんにて愛嬌の良い方だった。

「あらあら、いらっしゃい。後輩くんよくきてくれたわね〜」


どちらかというと、ほんわかしているので、もしかしてお父さんの方がしっかりしている人なのかもしれない。

ここにきて緊張をし始めた僕に対して母と娘は廊下を歩いていっていた。

この先が多分リビングになっていて、そこにお父さんがいるのだろう。


さて、深呼吸を一つしていざ出陣!



お父さんはリビングにあるソファーに腰掛けていた。表情は無表情で挨拶をしたが、頷くだけ。もう心が折れそう。


「あらあら、お父さんも緊張しているのね〜、後輩くんごめんね〜」

「ほら、こっちおいで」


緊張感のかけらもないお母さんと緊張気味の花奈さんに促されてお父さんの向かいに腰をかける。

隣に花奈さんが座ったことで、安心をする。


「お茶を入れてくるわね〜」とのんびりとした声で席を立ったお母さんを待っている間、

誰も言葉を交わさない。


……………………………。


(気まずい)


ここまで気まずい雰囲気は初めてだ。


これが彼女の両親への挨拶なのか。

今まで結婚をしてきた男性陣尊敬するよ。いや、本当に。


早くお母さん戻ってきて!と思いながら改めてお父さんのことを見ると、170㎝ちょっとの細身の肉体に、髪は白髪が混ざってきたがそれがダンディな雰囲気を醸し出している。

年齢は50代前半のはずだが、それ以上に若く感じるほどの童顔。

うん、怖い。


ふ〜


でもいつまでもこのままでもダメだ。花奈さんのお母さんが戻ってきたら話を始めよう。

またヒヨコに戻りたくない僕はここで行動パターンを決めていく。


①お母さんが戻ってきたら僕が話を始める

②この場を作っていただいたことへの感謝

③おつきあいさせていただいていることへの報告

④おつきあいが結婚を前提としているもの

⑤今回のお邪魔したのが挨拶と同棲の許可をもらいにきたこと


とにかく必要なことを長くウザく話すのではなく、端的にまた感情を伴って伝える必要がある。

かなりハードルが高いが勝負だ!


先手必勝。

雰囲気はビクビクおどおどするのではなく、堂々と娘のことを任せてもいいと思われるぐらいとにかくまっすぐ目を見て。


「この度はお時間を頂きましてありがとうございます。私は花奈さんとおつきあいをさせて頂いています星野楓と言います。

本日はご両親への挨拶とともに娘さんとの同棲のお許しを頂きたく参りました」


訪問することが決まった日からずっと考えていた言葉。

夜にベットに入ると頭の中で毎日、シミュレーションを行なってきた。

だから最近はずっと寝不足に陥っていたが、その甲斐もあってか噛まずに言うことができたぞ。


さて、ご両親の反応は?


あれ、なんでお母さん笑っているの?


なんで隣にいる花奈さんは吹き出しそうになっているの?


あれ?あれれ?


頭が混乱しそうになっていると、目の前のお父さんが顔を上げていた。僕が言葉を言ってからずっと俯いていて見れなかった顔は笑っていた。


「いいよ」

「はい?」

え、今なんて言った?


いいよ?OK?ja?


【鳩が豆鉄砲を食ったよう】な顔をしている僕を見て、お父さん、お母さん、花奈さんはしてやったりの顔をしてニヤリと笑った。

その表情を見て僕は悟った。


ああ、ハメられたのか。


「後輩くん!おめでとう!」

「娘をよろしく頼むよ!」

「見事に引っかかってたね〜」


3人でハイタッチをしている親子を見て、仲が良いな〜と遠い目で眺める。

肩の力が抜けてきてから笑いが出てくる。

そっか、でも良かった。花奈さんの転職も僕との交際も反対をされているわけではなくて。

父親の気持ちが〜の前にどうしても否定をされている気持ちになってしまうから悲しくないと言ったら嘘になっていた。


だから本当に良かった。安心したら涙腺が…


「後輩くん!!?」

「あらあらビックリさせ過ぎちゃったからしらね?パパのせいよ」

「僕のせいかい?!でもすまんね、後輩くん。私達は君を歓迎するよ」


嬉しくて嬉しくて涙が溢れてくる。

その間にも上野さん親子が寄ってきて頭を撫でたり、肩に手を置いてくれたりと、

温かい気持ちが僕に流れ込んできてさらに泣く。


「もう〜仕方ないな〜」


花奈さんの趣味の悪い悪戯には思うとことはあるけど、それよりも嬉しい気持ちが上回っているからもういいや。

ということで、僕のど緊張の初対面は意外な形で上手くいったのだった。



お父さんとお母さんから歓迎を受けたあと、これまでの馴れ初めを話したり(ご両親の前で惚気るのはなんとも恥ずかしい)、

僕の趣味が料理ということでお母さんと話が盛り上がって花奈さんがムスッと嫉妬してお義母さんにからかわれたり、と和やかな雰囲気で話をしていた。


そして訪問するまでは考えていなった程、時間が過ぎるのが早くそろそろお暇しようかと思ったら

「ええ〜、ご飯食べていかないの?」の一言により食卓を囲むことになったのさ。


お祝いの場ということで、お酒を飲んでいると

「ほんと!頼むよ後輩くん!大事な大事な娘なんだよ〜」


お父さんがお酒に呑まれた。


「あらあらまあまあ、あなたお酒弱いのにそんなペースで飲んだらダメでしょ〜」

「先に言ってあげてください」


僕がツッコんでもニコッと笑うだけだから多分、確信犯なんだろう。


もしかして上野家でラスボスはお母さんなのかもしれない。

ふわふわした雰囲気の中に強いものを感じる。


「もうお父さんったら〜」

花奈さんも苦笑しながらお父さんからお酒を遠ざけている。


「本当に大切に育ててきたんだ。花奈はね、幼い頃から周りの子達と仲良くなるのが早くて正直、手のかからない子だった。

私たちもそんな娘のことが誇らしくて、この娘は大丈夫だと思って頼り切ってしまった。

でもそれが間違いだった。

中学高校になった時に学校から帰ってくる花奈が暗いことが増えて、でも「大丈夫だよ」と笑顔で言われると私には何もできなかった。

そのあとはこの子自身が1人で乗り越えたようで笑顔を取り戻したが…」


お父さんの今までの思い。僕に対して何も思わないことはないのだろう。

でもこうして大切に育ててきた娘を僕に託してくれようとしている。


「この娘は、花奈は、1人で抱え込んでしまうことがある子です。そんな時はどうか支えてあげてください。今までここまでの意思を私たちに伝えてくれたことはなかった。

それだけ君のことを大切に思っているんだろう。

だから私も娘が信頼する君を信用する。どうか花奈のことをよろしくお願いします」


「お父さん…」


そういって深々と頭を下げるお義父さんに僕はどう答えれば良いのだろうか。

戸惑っている様子の僕に続いてお母さんも頭を下げる。


「花奈のこと大切にしてやってください」

「お母さん…」


もう無条件で僕は頭を下げた。託されたものを受け取るとともに感謝の気持ちを2人に伝えないといけない。


「こんな何処の馬の骨なのかもわからない僕を受け入れて下さってありがとうございます。

お二人とは重ねた年月は違いますが、僕も花奈さんのことを大切に思っています。

お二人が大切に守ってきた娘さんと今度は2人で新しい家族になります。

今後ともよろしくお願いします」


「お父さん、お母さん、私は辛かったこともあったけど、ここが帰れる場所だったから頑張れた。ありがとう。

これからは私が作る番。また温かく見守ってください」


みんな仲良く涙を流しながら笑顔で話すというなんとも奇妙で、でも温かみがある時間を過ごした。




さて、感動の対面から打って変わって東北の僕の実家。

なんか魔窟としていた。花奈さんにとってのね。


「あの子のどこが良かったの?」

「出会いは?」


うちの親戚は皆、車で20分圏内に住んでいるため、簡単に集まることができる。

そのため、昔から集まる機会が多い。他のご家庭だとお盆や年末年始ぐらいかもしれないが、うちは頻繁すぎて、「ひさしぶり〜」が1ヶ月ぐらいの感じなのだ。


だからこそ、子ども達の成長を近くで見てきたからこその反応。


ただ慣れていないと困惑で大変になる。


まあでもうちはいつでもウェルカム状態なのでした。


「え、助けてよ!!」


はい、放置です。




月日が経つのは早い。いつだったかおじさんが20代なんてあっという間ということを言っていた。

今だったら僕も「そうだね!」と言える。


「瞳がんばれ〜!!!!」


よ〜い、バンッ!の合図で一斉に走り出す子ども達。小さい体を一生懸命使って手足を他の子よりも速く動かそうとする。

中には転んでしまう子もいるが、全員一生懸命な様子は感動する。

独身時代は子どもができたら親バカになるだろうな〜と思っていたが、実際になってみると、そうなるに決まっている!!


今も娘の瞳が小さな体で頑張っている。

正直、怪我をしないでほしい気持ちと応援したい気持ちでハラハラする。


あ、1着!

「瞳すごいぞ〜!!」


「もう〜パパったら瞳が恥ずかしそうにしてるよ」


隣から花奈が呆れたように声をかけてきた。でもそんな声とは裏腹に手にはカメラ。

スマホではない。デジタルカメラである。


「めっちゃカシャカシャと写真を撮っていたのはどなたでしたっけ?」


「だって娘の初めての運動会だよ?!感動するじゃない!」


結局、どちらも親バカなのだ。

あれから結婚もして娘も生まれて家族の形が変わってきた。

でも託された想いは変わらない。


これからも花奈のことを幸せにしていく。


ただ幸せにするのは花奈だけじゃない。瞳もそう。そして僕たちの【家族】を幸せにして

次の世代へこの想いを託していきたい。


「ねえ花奈」

「うん?」

「これからももっと幸せになろうね!」


Fin.


完結までお付き合いくださりありがとうございます…!

作者として、後輩くんと先輩ちゃんに代わりお礼を申し上げます。


初投稿作品に関わらず、多くの方々に読んでいただけたこととても感謝しております。

今後もよしのみ作品へご興味をいただけるように頑張って参ります。


では、また別作品にてお会いしましょう!

ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 彼女のご両親の心情を丁寧に描いていて、 最後のシーンは共感することができます! [気になる点] 話がぶつっと切れて次のシーンに移っている感じがしたので、流れを作れるともっと感情移入がしやす…
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