第48話 イマジナリーペイン
吹き飛ぶ左手を眺めながら、俺は何が起きたのかを考える。
なんで俺の左手があんな所に?
…………そうか、力を使うのに失敗して五十嵐に斬られたのか。
自覚した途端、途方もない痛みが俺を襲う。
「がぁ…………………!」
痛みで言葉が出ない。
痛い。痛い。痛すぎる!
思考がすべて痛みで塗り潰される。俺の左手が…………左手が!
「はは…………斬れる?じゃあさっきは何で…………」
俺の目の前では混乱している五十嵐がいる。
先程斬れなかったのに今度は斬れた事が何故かと混乱している。
俺が神の力を持っているなんて思っていないらしく、あくまで自分の力に異常が起きたんじゃないかという不安で俺から少し距離を取って警戒している。
それは俺にとって都合が良かった。痛みと戦うのに集中できるから。
「あぁ…………あぁ……!」
俺が悶え苦しんでいると、二条の声が聞こえてきた。
「落ち着くんだ、拓也くん。君がいるのは記憶の中だ。君を斬った五十嵐くんも、君自身も、記憶そのものなんだ。だから今起きている出来事は現実じゃない。現実の君は腕を斬られてなんかいないんだ」
いくぶんか俺を心配して早口になっている二条。お前も人っぽい所があるんだなと軽口を叩きたいが、今は無理だ。
「そんな、事、言ったって!痛いものは、痛い、だろうが…………!」
余裕のない俺はぶっきらぼうに言い放つ。
「その痛み自体が、現実には存在していないんだよ。あくまでも君と…………それから繋がっている五十嵐くんの記憶、そこから集めてきた痛みの記憶に過ぎない。飛んでいった左手だって、映画とかで見た記憶を元に作られた偽物なんだよ!」
普段は出さない大きな声で、二条が俺に呼びかる。
「だから、一旦落ち着いて。君や五十嵐くんを実体化出来たんだから、実体化を解く事だって出来る」
「分かんない、よ!今は、何も、分かんない!」
俺は痛みで二条の言葉をちゃんと聞くことができない。
駄目だ。冷静に…………なれない。頭が沸騰しそうだ。
どうにかしないと。でも何が出来る?
正直俺はまだこの記憶の中という空間の事を理解出来ていない。二条の言葉に従ってなんか上手くいっただけで、二条の話を落ち着いて聞く余裕がない今は上手くいく訳がない。
だったら二条に頼らずどうにかするしかない。
「クソが……お前はなんなんだよ。気持ち悪ぃ……」
思考の外に追いやっていた五十嵐が、吐き捨てるように喋るのが聞こえた。
痛みで下を向いている俺は、一瞬視線を五十嵐の方に向ける。
「クソクソクソ……!」
光の剣を前に突き出しているのが見える。
俺を攻撃するつもりなんだろう。
まずい。このままじゃあ、殺される。
二条は本当に死ぬわけじゃ無いと言っていたが、この痛みを味わってないからそう言えるんだ。
ここで死んだら間違いなくまずい事になる。多分、痛みのショックで一生廃人とかもあり得るんじゃ無いだろうか。
「おらぁぁぁぁ!」
五十嵐が剣を片手に突っ込んでくる。
「拓也くん!」
二条の悲痛な叫びが聞こえる。
やっぱり俺には、何も出来ない。
これまでだってそうだ。力を手に入れたからって、俺が何かをした訳じゃない。
下校中にあの大穴に落ちてからここに至るまで、ずっと誰かの言う事に流されてここまで来た。
いっつも、俺は誰かに助けられて来たんだ。
…………そう、俺は助けられて来た。
正体は雷神であるという、神槍ケラウノスに。
口が悪いが根は結構優しいっぽい、メイドのほのかに。
そしてどんな敵にも怯まない、ヒーローみたいな女の子に。
「死ねぇぇぇぇぇ!」
目前に狂気を目に宿した五十嵐がいる中で、俺は何故か笑ってしまった。
この光景、思い出すな。
それは最近見た、絶体絶命の記憶。
それは、いてもいなくても影響の無い透明人間のような男が、太陽のように存在がはっきりしている女性に救われる記憶。
「待たせたわ」
目の前にいる五十嵐が剣で斬られて離散すると共に、凜とした声が響く。
いつの間にか腕の痛みを感じなくなっていた。
だってこの人がいるのに、俺が傷ついている訳がないんだから。
「タクヤ、私は貴方を絶対に守るわ」
一本に纏められた金髪が美しく輝く女性、アリスさんが目の前に立っていた。
「これは…………予想外だな。自分の記憶に助けてもらうとは…………」
二条の感慨深げな声を出す。
「てか気になったんだけど、お前の声って五十嵐には届いて無かったの?」
「それって今気にする事かな……まぁそれに関しては、そうだよ。拓也くんにしか届いていない。僕も記憶の神の力を少ししか持ってないとはいえ、それぐらいの自由は効かせられるんだ」
律儀に答えてくれる二条。
彼が喋っている間を利用して俺は心を落ち着かせる。
「いやぁ、アリスさん。助かりました」
俺に背を向けるアリスさんに、俺は頭を下げてお礼を言う。
「拓也くん、それは君の記憶の中のアリスさんであって、別に本人という訳じゃないよ?」
二条が口を挟むが、俺はやめない。
「それでも、俺はこうしたいんだ」
アリスさんと出会った事は、俺の人生最大の転機だと思う。
今までの人生で、誰かに必要とされたりした事は無かった。
だって俺は何かに優れているわけじゃない。
人より出来る事があっても、俺より出来る奴が必ずいて俺はそいつらの劣化コピーでしか無かった。
そんな中で、
「タクヤはトルクスピカを救う英雄なの。貴方が必要なの」
なんて事を言われたんだ。
別に俺だって身の程はわきまえている。
今でも本当に世界を救えるのか甚だ疑問でしかない。
それでも心は正直だ。
アリスさんにそう言われて、俺はすっと心が満たされたんだ。
それはちっぽけな英雄願望だったのかもしれない。
表に出した事の無い、心の奥底に眠っていた感情。
それをアリスさんが呼び覚ましたんだ。
「だから俺はありがとうっていいたい。俺に前に進む元気をくれて。バカになる事を恐れない勇気をくれて」
彼女に出会えたのは、きっと運命の神が微笑んでくれたんからだな。ありがとうございます。
俺がまだ見ぬ神に感謝を述べていると、目の前にいたアリスさんが振り返った。
サモトラケのニケに顔があったら、きっとこんな感じなんじゃないかな。
そんな事を考えていたらアリスさんが口を開いた。
「タクヤ、貴方が好きよ」
「うぇっ!?」
突然の告白。固まる俺。
アリスさんが近づいて来て、俺の頬に触れて微笑む。
「私を貴方の奥さんにしてくれる?」
なんだこれ……ちょっと、なんだこれ…………
「えっと?はい、喜んで…………」
まぁ、こう答える以外に無いよな。
「じゃあ、誓いのキスをしなきゃ」
そういってアリスさんの顔が近づいてきて、
「……!」
キスをした。
それは俺の人生で一度だけしたキス、トピカさんとのキスを思い出させるものだった。
…………。
俺は気がつく。
ここは俺の記憶の中の世界。
俺はアリスさんとキスをした事が無い。
となると唯一のキスであるトピカさんの時を思い出すしかない。
つまるところこれは、
「へぇ……拓也くん。君の想像力は、結構激しいね」
俺の妄想だという事だ。




