第23話 朝食後
五十嵐翔。真っ赤に染めた髪に甘いマスク、耳元のピアスがアクセントで、高身長、スタイル抜群、美声というアイドルになるべくして生まれたような男。
今一番勢いのある五人組ダンスボーカルグループ『ツイスターズ』のメインボーカルを務めている。
ちなみに『ツイスターズ』は曲に合わせてひたすらにツイストダンスを踊るという、現代風の華やかな見た目から想像出来ない硬派なグループだ。昭和かよ。
とどのつまり、超有名人。彼を殺すなんて、言い出しただけで新聞の一面飾れるぐらいのビッグニュースになるだろう。
「この人…………」
アリスさんがテレビに写る五十嵐翔をみて眉間に皺を寄せている。
「ああ、五十嵐翔だっけ?最近は毎日見るよな」
アリスさんの呟きに、兄貴が目玉焼きに醤油を垂らしながらなんの気無しに答える。それに反応したのは咲だった。
「アリス、あれはイケメン。多分性格も男らしい。女々しいたっくんとは大違い。たっくんよりああいうのの方がいい。たっくんとアリスは釣り合わない」
ちょっと待て、何で急に俺をディスるんだ。愛しの妹に散々言われて泣きそうなんだけど。
アリスさんは兄妹の反応には答えず、俺を見る。今朝のコルクの話を思い出したんだろう。目で、あいつが?と聞いてきている。
俺は頷く。
アイコンタクトで会話をする俺達を見た咲がぼそりと呟く。
「…………たっくんはクソ」
咲はどうして念入りに俺の心を折りに来てるの?
ダメージを食らいながら朝食を食べ終えた俺は、皿洗いをしていた。
兄貴と咲はそれぞれ会社と朝練に向かった。
手持ち無沙汰のアリスさんが手伝ってくれると言ったが、昨日皿を三枚割られたのでお断りした。
…………お断りしたのだが、
「あの……アリスさん、ちょっと近くないですか?」
テレビでも見ていてくださいといったのだけど、何故か俺の隣から離れないアリスさん。めっちゃ近い。肩と肩が触れ合うっていうか、もはや重なっているぐらいの距離感だ。
洗い物がし辛いんですけど。
「そう?そんな事無いわよ。気にしないで洗い物を続けて」
いや、無理だよ。気にするよ。だって俺の肘に胸とか当たっているし。
ドキがムネムネだよ。
何でこんなに近いんだ。目的が知りたい。そういえば朝起きてからずっと近かった気がする。
朝食では俺の隣に咲が座って、開いている俺の対角線の席に座っていたから気付かなかった。
俺が気になりすぎて皿洗いに集中出来ず手を止めていると、アリスさんは観念したのか理由を教えてくれた。
「…………だって守ると言ったのに、昨日は一人にしちゃうし、今日もコルクの侵入に気がつけなかったわ。その、不安なのよ……」
言葉尻がしぼんでいくアリスさん。
ちょっと可愛すぎるんだけど。と思うと同時に、申し訳なさも出てくる。
昨日アリスさんを残して一人で転移したのは漏らしそうだったというアホみたいな理由だし、コルクに関しても別にアリスさんどうにか出来る話じゃなかったんじゃないかな。
あいつは瞬間移動とかで文字通り空間を越えて来たはずだし。
結局俺はそんなアリスさんに返す言葉が無くて、しかしこのままだと肘に全集中の構えなので、体が触れないぐらいの距離に離れてもらって、どうにか一通りの家事を終えた。
俺は軽く伸びをして、制服のブレザーに袖を通す。
「じゃあ、出かけるか」
俺の呟きを聞いたアリスさんが返事をする。
「分かったわ。行きましょう」
そう言って壁に立て掛けてあった大剣を手にするアリスさん。
「…………あの、アリスさんにはお留守番を頼みたいんですが」
「私はタクヤと離れないって言ったわよね?ついて行くわ。異論はだめよ」
異論は駄目なのか。それは困る。
…………どうしよう。さすがに学校に連れて行くわけにはいかないしな。かといって今日一日休んでも、明日からどうすんのって話だし。
「大丈夫よ。もしタクヤが殺せないって言うなら、私が殺してあげるわ」
俺が悩んでいると、アリスさんが笑顔で言う。
うん?
「どんなに嫌な教師でも殺しちゃあ駄目ですよ」
「教師?」
「え?」
「え?」
話がかみ合っていない。
「えっと、アリスさんは俺が何処へ行こうとしているか分かりますか?」
「神器に写っていた男を殺しに行くんでしょ?居場所が分かるなんて幸先がいいわね」
神器とはテレビの事だろ?そして男ってのは五十嵐翔の事のはずだ。
いや、行かないけど。
「えっとですね、まず俺は学生という身分なんです」
「学生?やっぱりタクヤはお金持ちなの?」
そうか、これが異世界ギャップか。常識のズレが相当あるぞ。
「いえ、この国では基本的にすべての子供が学校に行くんです」
「えぇ!それは凄いわね!」
手を口に当てて驚くアリスさん。可愛い。
「それで、俺も学校に行かなきゃ行けないんです。だから今日は五十嵐翔を殺しに行けません」
まぁ別に休みの日だからって殺しには行けないけどな。
「そうなの…………それは残念だわ。タクヤには一刻も早くたくさんの眷属を殺して神の力を集めて、トルクスピカを救えるぐらい強くなってほしいんだけど」
好きな女の子から、たくさん殺してほしいって言われた男なんて、今のご時世俺一人じゃないだろうか。戦時中じゃ無いんだからさ。どう反応したらいいのよ。
アリスさんは本気で残念がっている。しかし気を取り直すと、
「でも、タクヤの生活を壊すのは嫌だわ」
異世界で生きてきたため情け容赦ない思考を持つが、根は真面目で優しいアリスさん。
分かってくれたか。
「分かったわ。今日は学校に行きましょう」
分かってなかった。
「……アリスさんは学校に入れませんよ?」
「何でよ!」
生徒でも教師でもないからだよ。てかそれ以上に、
「大剣持った危険人物は、多分学校に着く前に任意同行を求められますよ」
「タクヤが何処へ行こうと構わないわ。でも一人では行かせられない。力が漏れ出る事は無くなったけど、近くまで行けば誰でも気付くのよ。つまりタクヤは安全じゃないの。だから私は絶対に離れない」
なんだろう、絶対に離れないって言われて困っているはずなのに、少し嬉しく思っている自分がいる。
でもどうしようか。アリスさんは意地でもついてくるつもりだ。
最悪連れて行くとしても、とりあえず大剣は置いていってもらって、服装は……問題ないな。昨日俺のtシャツを着ていたアリスさんだが、桜子の家に連れて行かれて、服を借りたらしい。上は女性もののTシャツに下はジーパンと、ちゃんと現代人の格好をしている。可愛い。
そういえば昨日アリスさんが着ていた俺のtシャツ、アリスさんが桜子の家に着ていったまま、戻ってきてないな。
俺がどうやってアリスさんを学校に連れて行こうか考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
桜子かな?
時計を見ると、もう家を出る時間だ。
とりあえず俺は玄関に向かう。
「桜子、ごめん、待たせちゃっ……て?」
そういいながら扉を開けると、そこにいたのは桜子じゃなかった。
「やあ、拓也くん。昨日ぶりだね」
そこにいたのはいけ好かないほど整った顔の転校生、二条統だった。