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第22話 猫のおつかい

 アリスさんと出会った次の日、俺は起きるとすぐに違和感を感じた。


「……なんか体が重い」


 そしてすぐに、それが物理的なものだと気付く。何かが俺の上に乗っている。


 何だよ。これが俗に言う金縛りって奴か?俺怖いのとか苦手なんだよ。


 だけど好奇心に負けて目を開けてしまう俺。


「…………猫?いや、誰?」


 俺の目に飛び込んできたのは、本物の猫耳だった。しかしその耳は猫の全長を遙かに超えた高さにある。そう、ちょうど女の子の頭の上ぐらいの高さに…………


「猫人間!」


「その言い方はなんか嫌だにゃ」


 俺の上に馬乗りになっていたのは、銀色の髪の上に猫耳がついていて、顔も少し猫っぽい女の子だった。腰からは尻尾がゆらゆら揺れている。年は外見通りなら咲と同じぐらいかな。


 何これ、妖怪?


「私はコルク。トピカ様の使いで来たにゃ」


「トピカ様の使い?」


 そういえば、私の眷属を送るとか言ってたな。それがこのコルクっていう猫人間か。


「眷属を見つけたから、新入りはそいつを殺しに行けだってさ」


「新入りって俺の事か…………えっと、見つけたならトピカさんが自分でやれば……痛い!」


 俺はコルクに思いっきり脇腹をつねられた。


「にゃまいき言うんじゃない。トピカ様はめんどくさいから代わりにお前にやらせているんだ。むしろ探してくれただけ感謝しろにゃ」


 めんどくさいから……そんな理由だったのかよ。


「ちなみに……断るとかしたらどうなるか分かっているにゃ?」


 コルクはそう言って、耳元まで口を近づけて囁いた。


「……バーンだにゃ」


「バーン?バーンって何だ。おい、バーンって何だよ!」


 そんな破裂音みたいな擬音だけで説明をするな。何がバーンってなるんだよ!


 そんな抗議を口にしようとしたが、勢いよく開いた部屋の扉の音が遮った。


「タクヤっ!今助ける!」


 部屋に入ってきたのはアリスさん……って、既に俺のベッドの真横まで詰め寄っている!手には大剣、振りかぶって……


「やあぁぁぁ!」


 俺の上にいたコルクに向かって、横薙ぎに振るう。


 敵か味方か判断する前に攻撃してるよね。アリスさんは躊躇っていう言葉を知らないのかな?


「おいおい、随分じゃにゃいか」


 しかし、コルクには当たらなかった。コルクは軽々と身を翻し、アリスさんの振るった大剣の先に立っていた。


「なっ!」


 驚くアリスさん。俺も驚く。すげぇな、本当に猫みたいな身軽さだ。


「お前はサルザンドの娘か。にしては不意打ちなんて、サルザンドの人間とは思えないやり方だにゃ」


 剣の上に乗りながら悠長に喋るコルク。でも俺は知っている。アリスさんと相対している時は、そんなに喋んない方がいいぞ。すぐに第二打、第三打と飛んでくるからな。


 ……と思ってアリスさんの方を見るが、様子がおかしい。アリスさんは困惑していた。


「な、んで?動かない……!?」


 よく見ると腕に力を入れているようで、筋肉の筋が見える。


「ふん、私は空間の神トピカ様の眷属、コルクだよ?お前の体の周りの空間を固定したんだにゃ」


 勝ち誇ったように言うコルク。アリスさんはコルクがトピカさんの眷属だ、というところが気になったようで、


「トピカ様の眷属?なんでここに?……もしかしてタクヤを連れていくつもりなの!?それはさせない!私はタクヤがいないと駄目なの!」


 おっふ。そんな言い方されると、俺もアリスさんがいないと駄目な体にされちゃう。そうか、アリスさんは俺がいないとダメなのか。ふふふ。俺が大好きになっちゃったのか。


「タクヤにトルクスピカを救って貰うの!」


 うん、分かっていたよ、トルクスピカのためだって事は。アリスさんはトルクスピカの事しか考えてないって。


 …………分かってる。


 俺は一喜一憂する間に会話は進む。


「トルクスピカを救う?……にゃはっ!やはり占いの神の眷属は、占いの神()()に似て頭がおかしい事ばかり言うにゃ!」


 コルクはおもちゃを見つけた子供の様に笑う。


「何がおかしいのよ!」


 アリスさんは笑われて怒っている。


 まぁ、今のところ神の力のコントロールすら出来ていない俺が世界を救うなんて、笑われてもしょうがない話だろう。


 そういうのはちゃんと神の力が使える奴がやるべきだ。


 …………コルクもトピカさんの眷属なんだよな?だったら、


「コルクお前も空間の神の力を持っているんだろ?だったらトピカさんに代わって、お前が眷属を倒しに行けばいいじゃないか。そうすれば俺みたいな素人が戦う必要も無い訳だし」 


 コルクはやれやれという顔をして肩をすくめる。


「はぁ、お前は本当に考え足らずだにゃ、少し考えれば分かるだろ?」


 うん?コルクが倒しにいけない理由があるのだろうか。


「私はこれからトピカ様のところへ帰って、伝言を届けたご褒美に撫で撫でされるのに忙しいからそんな暇はにゃい」


「おい」


 ろくでもない理由だった。こいつ、ダメなタイプの猫人間だ。


「という訳で、私は帰るにゃ」


 そういってアリスさんの大剣の上から飛んで、窓際に着地する。動けるようになったアリスさんが俺をかばう様にコルクとの間に入って構える。


 アリスさんが男前すぎるんだけど。それに対して俺は情けない事に、ベッドに横になって上半身だけ起こした体勢だ。


 この部屋には男の尊厳とか、そういうものは存在していない。


 フフフ……我はこの部屋の中で最弱…………


 窓を開けるコルクさん。


「ああ、忘れるところだった」


 そういって振り返り俺を見る。


「新入りが殺すべき眷属の名前は、金山省吾。お前と同い年ぐらいの男にゃ。普段は偽名で、五十嵐翔と名乗っている。眷属は、体のどこかに十字の傷跡があるから、それを確認次第さっさと殺す事。わかったにゃ?」


 そういって窓から飛び降りた。


「おい!」


 聞きたい事はたくさんあるけど、それよりも、ここ二階だぞ。飛び降りたら死ななくとも怪我するだろ。


 そう思って急いで窓に駆け寄り下を覗くが、


「…………消えた」


 そこはいつも通りの朝の住宅街。これから寝るところなのか、大きな欠伸をしているサバトラ猫が一匹いるだけだった。





  

 眷属を殺す。とどのつまり、人を殺す。


 そんな事が俺に出来るわけないだろ。


 俺は朝食を食べながら悪態をつく。


「拓也、どうしたそんな顔して。もっと明るく、スマイルした方がいいぞ」


「そうよタクヤ。落ち込んでいても何も始まらないわ」


 同じく食卓を囲む兄の翔也とアリスさんに言われる。


「……なんでほの人、さもほうぜんの様に一緒に朝ご飯はべているの?」


 俺の隣でパンを口に加えた咲が文句を言う。それを兄貴が注意する。


「咲、食べながら喋るのは行儀が悪いぞ。あっアリスさん、そこの醤油と取ってくれるかな」


「醤油?これの事?」


「それはケチャップ。その隣の黒いのが醤油だよ」


 普段から食卓を囲んでいるような雰囲気で会話をする兄貴とアリスさん。


 咲はもうちょっとアリスさんを受け入れてほしいが、兄貴は受け入れすぎだと思う。


 はぁ。


 アリスさんがいる分いつもとは違うが、それでも穏やかで日常的な時間が流れている。


 俺の居場所っていうのはこういう平和的な世界であって、決して()という単語が会話の主語になるような殺伐とした世界じゃない。


 見つける事が出来ませんでした。なんて言えば許して貰えないかな。




 …………許して貰えないよな。


 だってその金山省吾、偽名が五十嵐翔って男を、俺は既に知ってるんだから。


 俺だけじゃない。皆知ってる。


 つけっぱなしのテレビから、朝の情報バラエティー番組が流れていて、元気一杯の女性アナウンサーの声が聞こえる。


「ーー森原さん、お天気情報ありがとうございました!今日も昨日と同じように洗濯物がよく乾きそうですね!さて、本日は大変ビッグなゲストが来てくれています!あの、大人気グループ『ツイスターズ』のメンバーで、この秋から始まる新ドラマで主演を務められる、五十嵐翔さんです!」


 そう紹介されてカメラの端から、一人のイケメンが手を振りながら笑顔で入ってくる。


 俺はそれを見て、また大きなため息をつくのだった。

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