第20話 夜が始まる
兄貴が晩飯を作っている間、俺は料理が下手すぎてキッチン進入禁止の都合上その他の家事をしながらアリスさんに家を紹介していた。
「ねえタクヤ、あれは何?」
「あれはテレビ。ちょっと待ってね…………ほら」
そういって電源を入れる俺。
これはあれだ。うわぁ、小さい人が中に!?みたいな、テンプレご馳走タイムだ。
「こんな神器があるなんて、タクヤの家はお金持ちなの?」
あれ、思ってたのと違う。なんか少しズレている。
「アリスさんの世界にも、こんなのがあるんですか」
「ええ、遠くの様子を映す神器はあるわ。といっても、冒険者ギルドのような大きい建物か、貴族の家にしか無いけどね」
俺が大体どのご家庭にもあるって言ったら驚いてたけど、なんか釈然としない。
もうちょっと、ベタな反応がほしかった。
ちなみに神器っていうのは二種類あって、ケラウノスの様に所持者しか使えない物と、神力を込めると誰でも使える物があるんだって。
その後も、冷蔵庫だとか、エアコンだとかも紹介したが、どれも似たものが異世界にあるらしい。見せる度に、うちがお金持ちだという勘違いが深まっていくだけだったので、早めに切り上げることにした。
晩ご飯を食べた俺は、食器を洗っていた。アリスさんも手伝うといっていたが、手に持ったお皿を一枚、また一枚と割っていく姿を見て、先にお風呂に入らせた。アリスさんって滅茶苦茶不器用なんだな。そんなとこも可愛いけどさ。
ちなみに晩飯は兄弟三人とアリスさんで囲んでいたけど、兄貴以外誰も喋らなくて気まずかった。これで兄貴がいなかったら本当に地獄の時間になるとこだった。
今日の家事が終わって部屋に戻る俺。
部屋の真ん中には神槍ケラウノスが刺さっていた。その槍の上の天井を見ると、月がとっても綺麗に見える大穴が空いていた。
…………今日が雨じゃなくて良かった。次の休みの日に何とかしよう。
俺が、匠ケラウノスが強引に作った斬新すぎる出入り口に頭を悩ませていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえる。
「タクヤ、入るわよ?」
そういって扉を開けて入ってきたのは、アリスさんだった。
「お、おふぅ」
「変な声出しちゃって、どうしたの?」
そりゃあ出すだろ。今目の前にいるのは、一つに纏められていた綺麗な金髪はほどかれ、濡れてキラキラと輝いている。上気した頬がほんのりと赤くて、すっぴんでも異常なまでに整った顔がとても可愛い、風呂上がりのアリスさんだ。
でも、そこまでなら俺も数秒は耐えられたと思う。でも、それ以上の破壊力を持っているのが、服装だ。
俺の家には、大人の女性の服なんて置いてない。咲はまだ小学六年生だ。今から買いに行く事も出来ない。となると、
アリスさんは俺のTシャツを着ていた。
ゆるゆるの服、しかも半袖、当然ブラジャーなんて無いから付けていない。
そのせいで、首とか腕とかから、チラチラと肌が見えてる。
これだと見えてはいけない場所何かの拍子に見えてしまう可能性がある。
「ちょっとタクヤ、ぼーっとして、ホントに大丈夫!?」
「いや、駄目かもしれないです」
そう答える俺に、心配そうに近づいてくるアリスさん。
だめだ。これ以上近づかれたら、俺の理性がフライアウェイ。
「ちょっと待ってて!お、俺もお風呂入ってくる!」
そういって俺は逃げ出した。
ちなみにお風呂に入った俺は、よく考えたら浴槽に溜まっているのはアリスさんの残り湯だという事に気がついて、シャワーを浴びることにしました。一番冷たい温度で。
辛抱たまらんよね。
冷水を浴びて物理的にも精神的にも冷えた俺が部屋に戻ると、アリスさんは窓から外を眺めていた。
直視すると精神的ダメージが大きいので、なるべく見ないようにしないと。
「あ、タクヤ、戻ってきたの。じゃあ寝ましょうか」
そういってこちらを見るアリスさん。俺が待っててとか言ったから、律儀に待っててくれたのか。悪い事した。
「そうですね、今日は疲れました。まだ十時頃ですけど、早めに寝ましょう。一回に空いている和室があって、今布団を出しておきましたので」
「そうね、私も疲れたから早く寝たいわ」
そういって扉の方へ向かうアリスさん。部屋を出るのかと思ったら、扉の横のスイッチを押して、電気を消した。
部屋は窓と天井に空いた穴から差し込む月明かりで、手元がちゃんと見えるぐらいには明るい。
「…………」
「…………」
「あの、どうしてそこから動かないんでしょうか」
「それは私が聞きたいけど。寝ないの?」
「いや、寝ますけど…………」
「じゃあ、寝ましょう」
…………あれ?
「えっと、下の部屋に布団出しておきましたので」
「何を言っているの?私はここで寝るわ」
なんと。
「えっと、意味が分からないんですが」
「言ったでしょう?私はタクヤから離れないって。寝るときだって一緒よ。本当はお風呂も一緒に入りたかったけど」
息をするように爆弾発言を繰り返すアリスさん。一緒にお風呂とか、それが俺の死因になるぞ。
「そ、それはさすがにまずいですって」
「何がまずいの?」
アリスさんは少しニヤニヤしている。これ分かってていってるだろ。なんだこれ。俺にそんな恥ずかしい事を言わそうとしないでくれ。プレイなのか?そういうプレイなのか?
すごく強引に話を進めようとするアリスさん。月明かりに照らされる彼女は、とても艶めかしい。
「これはタクヤが悪いのよ。あなたが急にいなくなって、私がどれだけ心配したか分からないの?」
そういわれてしまうと、言葉を返せない。アリスさんは、扉の前から俺を通り越して、ベットに座る。そうして隣をポンポンと隣を叩いてこちらに微笑みかける。
そう、俺がアリスさんに心配をかけたから悪いんだ。トルクスピカを救うために、己の全てを懸けて俺を守ると誓ったアリスさん。そんなアリスさんからすれば、俺が勝手に一人でいなくなるなんて耐え難いことだったのだろう。
これは罰だ。俺への罰だ。うん。だからしょうがない。俺は甘んじて受けよう。
俺は誘われるがままに、アリスさんの待つベットに向かう。
一歩、二歩、三歩。
近づくにつれ、俺の胸の鼓動は早くなる。薄暗い部屋の中ではよく見えないが、アリスさんの顔も赤い様に見える。
これは、間違いが起きてしまうかもしれない。いや、起きる。
平塚拓也十七歳。今夜大人になります。
俺が夢の国へ旅立とうとしたその時、俺の部屋のドアが勢いよく開いた。
俺は反射的に振り返った。
「こ、これは違うよ!?別にそういうんじゃないから!俺への罰だから。決して心ウキウキワクワクなんてしてないから!ひゃっほうっ!今夜は祭りだ!とか思ってないから!…………って、桜子?」
そこには怒髪天を衝く勢いの形相を浮かべた、幼馴染の桜子が立っていた。