第19話 貴方に妹と呼ばれる筋合いは無い
「ここが俺の家だ」
俺たちは家に帰ってきた。
「お邪魔します」
少し緊張した顔で玄関をくぐるアリスさん。やっぱり他人の家に上がるのは異世界人でも緊張するのね。
アリスさんには、俺には兄と妹がいて兄弟三人で住んでいると伝えると、苦労しているのね、と慈愛の目を向けてきた。
多分貧乏兄弟が掘っ立て小屋みたいなのに住んでいると思ったのだろう。一応父親はいるというと、物凄く安心した顔をしていた。アリスさんの世界では、親を亡くした孤児は国が一括で管理をしていて、戦争に駆り出されたり、不衛生な仕事で命を落とすことが多いらしい。
やっぱり異世界怖い、と思ったけど、よく考えたらこの世界でも、日本じゃ無きゃあり得る話だよな。
根本的にはこちらの世界もたいして変わらないかもな。
てか、玄関にいるアリスさんを見て気付く。
俺、女の子を家に連れてくるの、初めてじゃないか?
……やばい、すごく緊張してきたぞ。そういえばよく考えてなかったけど、何処で寝て貰えばいいんだ?やばいやばい、それより家族にどう説明すればいいんだ。
兄貴は仕事でまだ帰って来てないみたいだけど、咲は…………
「誰か知らないけど、勝手に人の家に土足で上がらないで」
咲の聞いたことないくらい冷徹な声が聞こえてきた。
廊下を見てみると、仁王立ちした咲がいた。いつも通りの無表情だが、兄である俺には分かる。
結構怒ってる。
「……聞こえなかった?誰か知らないけど、土足で上がりこまないでくれますか」
俺は突然の来訪者にキレる咲に、慌てて弁解する。
「ちょっと待ってくれ咲、さっき友達連れてくるって言っただろ?そりゃあまあ、いいかどうかちゃんと聞いてなかったし、突然で悪いと思うけど、そんな言い方しなくても…………って!ちょ、ちょっと待ってアリスさん!靴脱いで!」
違った。土足で上がらないでっていうのは比喩でも何でも無く、事実を言っただけだった。
アリスさんは首を傾げている。
「靴を脱ぐ?なんで?」
「そういう文化なんだよ。うちでは土足厳禁です」
「靴を脱いだら、敵襲があった時にすぐに対応出来ないじゃない」
「敵襲がないので大丈夫です」
相変わらず殺伐とした異世界価値観のアリスさん。
「たっくん。彼女は誰?」
納得はしていないが素直に履いていたブーツを脱ぐアリスさんを横目に、咲が俺に聞いてくる。
「えっと、彼女はアリスさん。さっき言ってた……友達だよ」
冷徹な声とかいったけど、俺の気のせいだったな。いつも通りの咲だ。
俺の友達だという紹介に、大きく反応したのはブーツを脱いでいたアリスさんだった。
「友達?今、友達っていった!?」
「は、はい、言いましたけど……」
え?嫌だった?あなたと友達なんて反吐が出るわとかそういうことだったら、悲しくて三回ぐらい死ねる。
しかしアリスさんはにんまりとした笑顔になって、機嫌の良さを隠せなくなっていた。
「友達…………ふふっ、そう。私達は友達、友達なの」
まぁ、喜んでもらえるなら何よりです。バチくそ可愛い。
そんな俺たちを見て、咲の目線が鋭くなる。
「…………怪しい」
咲の目はアリスさんの格好、そして大剣へと移る。これはまずい。
「たっくんの持ってた槍、その大剣…………そして使い込まれた防具…………」
「あ、あの、あれだよ、俺たちコスプレ仲間でさ!」
「たっくんコスプレなんてやったことないでしょ」
「昨日から!昨日から始めたんだ!でさ、彼女外国から来て、止まる場所が無いって言うから、じゃあうちに泊まればって!」
「日本から出たことのないたっくんが、どうやって外国の人と知り合うの?」
「そ、それは…………ほら!ネットで知り合ったんだよ!」
咲の追及が鋭くて、俺は冷や汗が止まらない。
俺と咲が攻防を繰り広げている間にブーツを脱ぎ終わったアリスさんが、咲の前に立つと、
「あの、タクヤの妹の咲さんね?おうちにお邪魔させていただきます。突然でごめんね?」
マイペースに挨拶をするアリスさん。咲の反応は冷ややかだった。
「外国から来たなら、こんな何もない民家じゃなくてホテルとかに泊まればいいのに」
アリスさんは首を振る。
「そのホテル?ていうものが何なのか分からないけど、私はタクヤのそばを離れたくないの。もしタクヤが一緒にそのホテルっていうのに泊まってくれるなら、それでもいいけど」
「おぉーい!?その言い方は誤解されるだろ!?軽々しく一緒にホテル泊まろうとか言っちゃ駄目だから!!」
アリスさんは何のことか分からずに首を傾げる。
変な勘違いしてないだろうなと、咲の方を見ると、咲は軽蔑した目で俺を見ていた。
「…………もしかして、たっくんが下半身を露出しながら帰ってきた事と、彼女は関係あるの?」
「無いから!関係…………無くはないけど、でも咲が思っている様な変な話じゃないから、本当に!……ちょっとそんな目で見るな!お兄ちゃんを信じてくれって!アリスさん。アリスさんからも何か言ってやってください」
それに対してアリスさんは、何かを思い出したように、懐をまさぐり始めた。
「ああそうだ、タクヤ、はいこれ。忘れて行ったでしょ。ごめん、ズボンと靴は持ってこれなかったから置いてきたわ」
アリスさんが懐から取り出したのは、俺のパンツだった。
「…………」
「違うから!本当に違うから!!」
「ふーん」
「咲、待ってくれ、お兄ちゃんの話を聞いてくれ!」
しかし、俺は咲の考えを変化させる事は出来なかった。
「…………ごゆっくり」
そういって咲は二階の自分の部屋に戻ろうとする。
もう駄目だ。咲には変態駄目人間というジャンル分けをされているかもしれない。
その内、洗濯物、一緒に洗わないでとかで言われるようになるんだろな。お兄ちゃん悲しいよ。
そんなすったもんだの中、玄関がガチャリと開いた。
「ただいまー。お前ら、玄関で何してるんだ……っとそちらの方は?」
兄の翔也だった。俺が答えるより、咲が説明する。
「しょうくん、おかえり。遅かったのね。こちらの女性はアリスさん。たっくんの……お友達よ」
なんか言い方に含みがあった気がしたけど、気にしないでおこう。
「おかえり兄貴。そんで、こちらのアリスさんなんだけど、今日家に泊めてもいいかな」
「家に泊める?それは構わないけど…………ははーん?タクヤ、お前もやるようになったなぁ」
そういってニヤニヤしながら俺の方を小突く兄貴。
「って、そういうんじゃないから」
赤い顔で否定する俺を尻目に、兄貴はずいとアリスさんに近寄って、
「ふつつか者の弟ですが、どうかよろしくお願いします」
勘違いをして頭を下げる兄貴。だがアリスさんは勘違いに全く気がつかない。
「任せて!」
と笑顔でサムズアップ。それを見た兄貴も笑顔だ。多分アリスさんの任せては、責任を持って俺を守るっていう意味の任せてだろう。
まあ、何はともあれ、アリスさんが泊まっていいという許可は出た。よかった。
俺が人心地ついていると、
「…………っ!」
後ろから猛烈なプレッシャーを感じた。
「……え、えっと、咲さん?」
「桜子だけでも厄介なのに……」
「桜子?今桜子は関係ないだろ」
何故かこの場にいない幼馴染の名前が出た。
「…………いや、こうなったら桜子と共闘するのも…………」
ブツブツと訳の分からん事を言う咲。そんなにアリスさんが家に泊まるのが嫌なのか。
「咲。ごめん。でも、アリスさんも他に行き場所が無いんだ。日本に来て知り合いもいなくて、頼れる人がいないんだ。だからお願いだ」
そういって俺は頭を下げる。
「…………ふん。勝手にすれば」
咲はそういって、二階への階段を上っていった。
だめだ、怒らしちゃった。また明日にでもちゃんと謝らないと。
「拓也もアリスさんも、飯はまだなんだろ?今から作るから、一緒に食べようか」
少し悪くなった空気の中、いい意味で空気を読まない兄貴。グッジョブ。