第15話 はじめてのチュウ(二回目)
「初めてなの、痛くしないでね?」
今からするのって、キスだよな?キスだけだよな?その先をするわけじゃないよな?
…………してもいいの?痛くしないでって、キスする時に使う表現じゃないしな。え?止まらなくていいの?最後まで快速超特急で出発進行してもいいの?
俺がそんな事を考えていると、アリスさんは涙目で手をぶんぶん振る。
「あっ、違う、間違えた、間違えたの!その、忘れて!キスだから!私はあなたとキスをするだけだから!!」
恥ずかしさのあまり、必死で否定してるけど、むしろめっちゃキスしたい人みたいになってる。
ああ神よ、こんなにも可愛い生き物をこの世に生み出してくれて、深く深く感謝いたします。
今までのアリスさんは可愛かったけど、それ以上に年上の女性って感じの凜とした雰囲気があった。でも今のアリスさんは女子中学生っていっても通用するぐらいうぶ可愛い。純情可愛い。まぁどっちにしても超可愛い。くそ、今が夜じゃなくて昼間だったらもっとよく見えるのに。網膜に刻む勢いで記憶出来るのに!!
「う~、もう! タクヤ!するなら早くするわよ!」
アリスさんはやけになって、赤い顔のままこちらに近づいてくる。
「ちょ、っちょっと待って下さい!」
本当に出来そうになるとビビり始める俺。
そりゃそうだ。経験があると言ってもトピカさんに無理矢理奪われた一回だけ。言ってしまえば素人童貞みたいなもんだな。やけになったアリスさんの前で、もはや俺の持つ見せかけの優位性は失われたといってもいい。
アリスさんが、俺の両肩を掴んで真正面に来る。互いに息が掛かる距離まで近づいている。
ちょっと待って、近すぎてアリスさんのデカすぎる胸が俺の胸に触れそうやばいやばい心臓が過去最高速度で動いているこれもう心臓爆発して死ぬんじゃないかなまあでもこの状況で死ぬなら男として本望です本当にどうもありがとうございました。
「……タクヤ」
アリスさんが真っ赤な顔のまま、しかし少し真面目になって俺の名前を呼ぶ。
「集中して。私をトピカ様だと思って。力を貰った時のことを思い浮かべて」
そういわれて少し冷静になる俺。俺は目を閉じて考える。
そうだ、これはあくまで俺が力を使えるようになるためにやっている。ちゃんと使えるようにならないとこの山から出ることも出来ないし、ましてやこの世界そのものを人質にトピカさんに命令されている眷属を殺す事なんて到底無理だ。
よし、冷静になった。大丈夫、目的を忘れてはいない。これは儀式だ。俺が力を使えるようになるための儀式。
俺は目を開ける。
「大丈夫そう?じゃあ、いくよ?」
アリスさんが喋る度に、吐息が俺の顔にかかる。そうして目をつむるアリスさん。完全に待ちの体勢だ。
あばっばっばっば、あばっばっばっば、あばっばっばっば、ばばばばばばば。近い近いやばい近いい近い。アリス可愛いよ近いよアリス。可愛い可愛い滅茶苦茶可愛い。こんなん可愛い萌え死ぬわSAY!
一ターン後にまた状態異常にかけられる俺に焦れたのか、アリスさんが待ちから攻めに転じる。
ゆっくりと近づいてくるアリスさん。後、十センチ、八センチ、六センチ
五、四、三、二………
ああ分かった。
俺、アリスさんに一目惚れしてんだ。これ。
なんか細かい話はどうでも良くて、俺は単純に、彼女が好きになったんだ。
俺が自覚すると同時、二人の唇が触れる瞬間、
「ふぁあっはっはっは!平塚拓也!やっと見つけたぞ!」
…………どうせこんなもんだと思ったよ。俺のような一般人に、ラッキースケベとか純情ラブストーリーだとかは訪れることなんてないんだ。
「くそがぁ!!」
「な、いきなりくそがぁ、はないだろう!?」
おっといけない。突然の乱入者に対して、反射的に悪態をついてしまった。さすがに人として駄目だった。反省しないと。
「やぁぁぁ!」
うん、反省する必要ないな。だって隣の人はいきなり大剣で切りつけてたもん。
まだ赤い顔をしているから、恥ずかしさから犯行に及んだ可能性もあり。
「ぬわぁぁ!な、何をするか!!」
突然の狼藉にあわてふためく乱入者。しかしあせる声と裏腹に身のこなしは軽やかで、難なくアリスさんの大剣を避ける。
乱入者は魔術師のようなローブを着た長身の老人だった。杖ではなく傘を持っている。白髪で、顔は皺だらけだが、体つきはがっちりしていて若々しい。
「まったく、最近の若者は礼儀がなっとらんな。挨拶もせんと剣で斬りかかるとは、親の顔が見てみたいわ」
「うっせぇ!礼儀がなってねぇのはお前も同じだろうが!誰だお前は!」
大事な場面を邪魔されて、普段より攻撃的になる俺。このうらみはらさでおくべきか。
「なんでそんなに怒っているのか分からんが、まあいい。儂の名前はケント。風神の第一の眷属にして、最強の眷ー」
「はぁぁぁぁ!」
「おい小娘!人の話は最後まで聞かんか!危ないじゃろが!!」
斬りかかるアリスさんから逃げるケント。
…………ケントって、さっきから襲ってくる動物たちがしきりに言ってる名前だよな。ケント様に命じられて、とか、ケント様のために、とか。
追いかけるアリスさんから距離をとって、ケントが叫ぶ。
「はぁ、はぁ……、小娘!ふざけるなよ、人の話を聞け!」
アリスさんはケントを無視して俺に注意を促す。
「タクヤ、気をつけて。あの男…………強いわ」
「おい!今、無視したか!無視したのか!」
ケントが怒っている。でも、ちょっと遠すぎてよく見えないんだけど。だって今、夜だし。ここ明かり一つないからなぁ。数メートル離れるだけで姿がぼんやりしてくる。
「あの、もう少し近くに来てくれないと、ちょっとよく見えないんだけど」
俺がそういうと、黙って近づいてくるケント。
「アリスさん、あいつ、今までの動物たちの親玉っぽいですよ。一旦出方をうかがった方がいいかもしれません」
「分かったわ」
アリスさんは剣を構えたまま、いつでも向かっていける体制で待機する。もう顔は赤くなく、真剣そのものだ。
「小僧、なんでその小娘に敬語なのに儂にはため口なんじゃ…………」
「夜道で笑いながら近づいてくるジジイは尊敬に値しないからだよ。それより、自己紹介の続きしろよ。待っててやるから」
「上から言われるのは釈然としないが、まあいい。儂の名前はケント…………」
だがケントは途中で止める。
「…………続けないのか?」
不審に思って聞く俺。
「いや、さっきほぼ最後まで言ったし、もう一回は恥ずかしいかなって…………」
そういってちょっと照れるケント。うん、ジジイの照れ顔なんてこの世の何処にも需要がない。さっきのアリスさんの照れ顔とは、天と地ほどの差がある。
…………思い出したらまた邪魔されたの腹立ってきた。
「くそが……」
「なんで!?何でそんな攻撃的なの!?儂ら初対面だよね!?」
抗議のジジイ。しかし無視する。
「そんで、この質問なんか最近よくしてるんだけど、初対面なのになんで俺の名前を知っているんだよ?」
「無視するな!…………くそっ、まあいい。なれ合うつもりはないからな。お前は既に有名人だぞ?数千年ぶりに現れた上位神の眷属。皆お前の力を狙って、この町に向かっておる」
「皆?それってお前らみたいな団体が世界中にたくさんいるってことかよ」
「ああそうだ。認めたくないが儂より長く生き、幾多の眷属を自らに取り込んだ、恐ろしい強さを持つ妖怪の様な奴らもいる。お前はどうせ誰かに殺される定めなのじゃ。ここで儂に力を渡せば、楽に逝かせてやるぞい?」
ニヤリと笑うケント。おいおいマジかよ。ケントの話が本当ならこの先こんな奴らがひっきりなしに来るの?俺の日常編は存在しないの?
俺の動揺を感じ取ったアリスさんが、優しい声で、落ち着いて、という。癒やされるー。
「大丈夫よ。近くにいる眷属以外そこまで正確な位置は分からないはず。見つかる前に力を制御すれば見失うはずだわ」
良かった。これからアリスさんとの終わりのない逃避行が始まるのかと思った。…………それはそれで悪くないけど。
「しかし、先に送り込んだ者達が一人も帰ってこないから、既に力を使いこなしているかと思ったが…………杞憂だったな。こんな結界を張っているとは、使いこなすとはほど遠い」
結界って何の話だ?
「結界?」
「こんなに間抜けな結界は、長年生きてきた儂も初めて見た。ここまで濃密な神力により作られておるというのに、外敵の侵入は一切拒めず、むしろ中から外に出られないなんて、何のためにあるのか分からなくて笑ってしもうたわい」
そうか、俺の漏れ出した神力が結界となっているのか。
くっくっくっ、と馬鹿にした顔でこちらを見るケント。くそ、悔しい。
ひとしきり笑ったケントは、獰猛な笑顔でこちらを舐めるように見る。
「…………おしゃべりはここまでとしよう。儂も、早く空間の神の力を味わってみたい。漏れ出す力でこのレベル。使いこなせば、それこそ世界は儂の者じゃ!!ふぁあっはっはっは!」
このジジイ、わかりやすい悪役だな。