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第14話 裏山で遭難中

 シーズンになると、山に登って遭難する人っているけど、アレって険しい山岳とか、冬の山とかでの話だと思ってた。たまに日帰りでいけるような山で初心者が遭難してるっていうニュースを見て、馬鹿だなぁ、と思っていた。


 まさか二百メートルもないだろう、住宅街の裏山で遭難する事になるとは思ってもみなかった。


 マジで、山は舐めちゃいかんぜよ。


 そんなこんなで既に日は暮れ、あたりは真っ暗。俺のスマートフォンの明かりだけを頼りにしている。ちなみに昨日充電し忘れてたせいでバッテリーが二十パーセントを切っている。昨日の俺の馬鹿!明日遭難するかもとか考えておけよ!!


 俺が不良ならマッチやライターでも持っていたかもしれないが、あいにくある程度真面目な俺は、そんなもの持っていない。スマホの充電が切れたら、俺たち二人は暗闇に放り出される。暗闇でなおかつ足場の悪い山の中を歩き回ったら、絶対ろくな事にならないだろう。


 ということでアリスさんは、


「やっぱりここで野営ね。準備をするわ」


 といって、テキパキと落ち葉やらを集めて寝床を作っている。それが終わると、大きい葉っぱの茂っている木から枝ごと引きちぎると、木と木の間を渡すように乗せて、屋根を作り始めた。


 いやサバイバル能力高すぎでしょ。なに、アリスさんの特殊技能なの?それともこれが異世界人の標準なの?


 俺がそんなことを考えていると、一瞬で野性味あふれるベッドが完成した。


 しかし作られたベッドは、畳一畳分ぐらいしかない。


「あのアリスさん、一人しか寝られなくないですか」


「動物たちが襲ってるかもしれないし、私は周囲の警戒をするから寝ないわ。

タクヤが使って」


 アリスさんはさも当然といった顔でいう。


 いやいや、そんなこと出来るわけないだろ。女の子を寝ずの番に立たせて、自分はその子に作らせたベッドで寝るなんて、何処の貴族だよ。野生のフェミニストに殺されちゃうよ。


「さすがにそれは出来ませんよ。そしたら、代わりばんこに寝て、見張りをするっていうのはどうしよう」

 

 俺は代案を出すが、


「タクヤに見張りは出来ないでしょ?あの動物たち、倒せないし」


 と、一蹴された。くそ、否定出来ない。


 だけど一人だけ寝るっていうのはやっぱり良心とか自尊心とかいろんな物が痛むので、せめて朝まで一緒に起きる事を提案した。

 

 アリスさんは俺を気遣うあまり難色を示したけど、俺は強引にそうすることに決めた。


 …………俺を気遣ってくれたんだよね?。決して二人で一緒にいるのが苦痛とか、そういうんのじゃ、ないよね?


 ないよね?


 


 というわけで、二人でアリスさんの作ったベッドに隣同士に座って、夜を明かすことになった訳だけど、


 気まずい。実に気まずい。


 この気まずさは苦痛だよ。意地を張らず、俺だけ寝てれば良かった。そもそもこの落ち葉と葉っぱで作られた空間を俺が()()()と定義してしまったせいで、年上のお姉さんとベッドで二人っきりという状況が出来上がってしまっている。この状態で朝までとか、童貞には耐えられない気がする。救いなのがアリスさんは周りを警戒していて、そこまで気まずそうじゃないあたりか。


 そもそも、この山道が永遠と終わらない理由を考えないと、朝が来たところで意味が無い。俺たちは出会ってから、おそらく同じ道をぐるぐるしている。一度倒した狸の死体が、切り伏せられた状態そのままで前方にあったんだから間違いないだろう。夕暮れの薄暗い道で発見出来なかっただけで他の動物たちも転がっていたはずだ。


 ただ単に道に迷ってるっていうのはありえない。


 登山で遭難する理由で一番多いのが、道に迷っての遭難らしい。低い山でも、気をつけないと危ないと、聞いたことがある。東京で一番身近な山である高尾山でも、毎年遭難する人がいるらしい。


 だけど待ってほしい。俺が今いる山は、一応山と名前がついているが、ここを上ることを登山とはいわないレベルの場所だ。整備された道がないから時間が掛かるだけで、頂上までの距離も数百メートルぐらい。そしてどの方角へ向かって下りても、住宅街が広がっている。迷いようがない。小学生一人で入っても大丈夫な広さだ。


 やっぱり、どう考えても物理の法則に反している。


 こういう不思議現象は、科学を信奉して生きる現代人の俺にはさっぱりだ。ここは異世界人代表のアリスさんに聞いたほうが何か分かるかもしれない。


「アリスさん、今俺たちに起きていることは、一体何なんでしょうか」


 アリスさんは少し慌てたように答える。


「えっと、少し気まずいけど、すぐ慣れると思うから大丈夫よ」


「あっ、そうじゃなくて、同じ場所をぐるぐる回っている件で…………」


「ああ、そっちね!当然そっちよね」


 まぁ気まずい方もなんとかなればと思ってるけど。アリスさんも気まずかったんですね。それが分かって、より気まずいです。死にたいです。


 アリスさんは赤い顔を隠すように、口早に喋る。


「私もこういう状況になるのは初めて。だけど、建物に入った人を出られなくする、『無限回廊』っていう神器の存在は聞いたことがあるわ」


 おお、やっぱ異世界には神器とかあるんだ。てかそういえば俺が持っているケラウノスも神器だったな。トルクスピカにはああいうのがごろごろしてんのかな。テンション上がる。


「後は、私の住んでいる大陸の北の方には別名・迷いの森と呼ばれる場所があって、一度入ったら、出られないと言われているわ。なんでもそこにある『スピカの門』という巨大な門からあふれ出す神力が作用しているらしいけど………」


 そこでアリスさんは話を区切る。


 スピカの門からあふれ出す神力によって、迷いの森が出来る。


 そして俺は空間の神・スピカさんの眷属で、アリスさん曰く、その神の力があふれ出ているらしい。


 うん、役満。これって十中八九俺のせいじゃん。


 アリスさんも同じ結論に至ったらしく、


「まさかタクヤのせい……?」


 とかいって俺の方を見てくる。まじですいません。襲われるのも、山から出られず気まずくなっているのも、全部俺が悪いんです。 


 やばい、アリスさんから怒られる、まぁでも美人に怒られるのは、一部業界ではご褒美だし、ここは喜ぶべきだろう、とか考えていると、アリスさんからは予想外の反応が返ってきた。


「すごいじゃない!」


 アリスさんは興奮した面持ちで、俺の肩を揺らす。


「えっ?怒ってないんですか?」


「怒るわけがないわ!だって無意識的でも、神の力を使えているのよ?占いの神の力を使った時にも思ったけど、タクヤには才能があるわ!やっぱりタクヤは、トルクスピカの英雄になるのよ!」


 そういうとアリスさんは満面の笑みでこちらを見てくる。とっても嬉しそうだ。可愛い。


 てか俺っていつ占いの神の力を使ったっけ?


 ああ、そういえば最初にあった狐が使っていた風の刃は、普通は見えないっていっていたな。だけど偶然、アリスさんと俺には見えたおかげで雑魚敵に変わったわけだ。あと、二条が使った風神の力も俺は見えてたな。

 

 あれは占いの神の力のおかげで見えていたのか。


「才能が無いと、神の力って使えないんですか」


「うん、そうね。サルザンド家の人間は皆生まれたときから神の力を持っているけど、大人になるまで訓練して、それでも使えるようになるのは半分にも満たないわ。使えたとしても少しだけしか使えない者がほとんど。たとえ親がすごい使い手で、その力を引き継いでも使えるとは限らないの。フェデリコ叔父さん程の使い手は数百年に一度だそうよ」


 そうか、フェデリコさんってすごい人だったんだ。


「だから、無意識でも使えてしまうのはすごい使い手である証なの」


 いやぁ、俺にそんなすごい力が眠っているなんて。俺の中の中学二年生が騒ぎ出すぜ。


「ということは、俺がこの力を制御出来たらここから出られるって事ですか?」


「そう言う事。こうしちゃいられない、早く練習しましょう!」


 めちゃくちゃテンションが上がっているアリスさん。そこへまた喋る動物(今度も狸)が襲いかかってきた。


「はははっ、見つけたわ!あなたたちをケント様へのプレゼーぐはぁぁぁ!!」


「邪魔よっ!さてと、じゃあまずは自分の力を理解するところから始めましょう」


 もはや大剣も使わず蹴りだけ倒される新手の狸。ドンマイ。アリスさんはそれを無視して、授業を始めようとしている。


「ちょっと待って、神の力って使い方があるんですか?俺は前に教わった人に神の事を信じているだけで使えるようになるって言われたんですけど」


 アリスさんは頭を横に振る。


「それだけじゃあ使えるようにはならないわ。まぁ、長い時間をかければ使えるのかもしれないけど、ちゃんと正しい神の力の引出し方を知ってないと時間の無駄よ」


 マジかよ、二条の奴マジで適当ぶっこいてやがったな。あいつ、明日文句言ってやろう。人をおちょくりやがって。


「じゃあタクヤ、集中して。本来神の力を使えるようになるには、何年もかけて力のイメージを膨らませて形作っていくの。文章にしてみたり、絵にしてみたり、体を動かしたり、イメージを作るのは人それぞれね。そしてそれを続けていると、だんだんと使えるようになるの。でも、今回は時間が無いから、荒技を使うわ。これは力の弱い眷属では出来ない方法。でも、タクヤほどの力があれば絶対成功するわ」


 アリスさんは指をたてる。さながら女教師だ。可愛い。


「能力の割譲や譲渡の際は大きな変化が起きるわ。トピカ様に力を貰ったときのことを思い出して。何か衝撃みたいなものがあったはず…………って、どうしたの?」


 謎空間でトピカさんに力を貰った時のことを、一瞬考えただけで顔が赤くなった。それはもう衝撃的な事件だった。トピカさんはアリスさんに勝るとも劣らない美人、というか単純な()()()では上だろう。そんな人に俺はファーストキスを捧げたのだ。俺の人生の中で、最も大切な思い出にまで昇華された記憶だ。


 大きな変化っていうのは、大人の階段を上ったことか。


 てか今考えれば、俺がキスをした人の平均値って人類で一番レベル高いんじゃないだろうか。だって一分の一で容姿も素性も神が相手だぜ?


「思い出しましたけど………」


「じゃあ、それを再現するわ」


 へ?


「何度もやることで力の定着を促すの。力を持っている人間が近くにいれば出来る方法よ。具体的にはほんの少し私からタクヤに力を割譲してトピカ様の時と同じ状況を作り出すの。本当に少しだけだから力に変化は無いんだけど、記憶を思い起こす刺激としては十分よ」


 アリスさんが説明をしているが全く耳に入ってこない。


「一応確認なんですが、アリスさんがトピカさんの役を代わりにやって、再現するという事でしょうか?」


「そうよ…………急にかしこまっちゃってどうしたの?」


「えっとですね、その、トピカさんに力を貰った時は、その…………」


 俺がなかなか言い出せずにもじもじしていると、アリアさんは何を勘違いしたのか優しい顔になって、


「そうか、大変な思い出だったのね。中には力を渡すとき、試練を与える神もいると聞いたわ。強力な魔物と戦わせ、生き残った者だけに力を与える神もいるらしいの。…………でも、そうね。タクヤが危険になるようなことは出来ないし…………」


「いや、別に危険な事じゃないです、全然安全……まぁ、俺の精神的にはすごく危険なんだけど…………その、キス……なんです」


「きす?」


 うなずく俺。


「きすっていうのは…………キス?」


「はい、そうです。キスです」


 アリスさんの顔が、みるみる赤くなっていく。


「えええええっと、キ、キス!?そんな方法で、神の力を?いやでも、直接神の力を体に送り込むっていう意味では、一番効率的なのかしら?でも、キス?キス!?」


 アリスさんはとてつもなくうろたえている。これはあれだな、俺と同じであんまり経験が無いんだな。一回もないのかもしれない。


 だとしたら、俺の方が経験が上じゃないか。…………そう考えると、俺は冷静になってきた。ははは、これが大人の余裕ってやつか。


「アリスさん、キスをしないと俺たちはこの山に閉じ込められたままです。……俺の力のせいだって事は分かっています。俺がちゃんと力を制御出来ていればこんな事にはなっていない。本当に申し訳ないです。…………嫌ならいいんです。俺のせいでアリスさんに迷惑をかけるわけにはいきませんから。だけど、協力しては頂けませんか?僕には分かります。アリスさんの協力があれば、間違いなくこの山から脱出出来ます。トピカさんから力を貰った時の事を再現して、一緒にこの山から抜け出しましょう!」


「なな、何急に冷静になってるのよ!?その、キ、キスなのよ!?好きな男女がやる事よ!私達、まだ知り合ってから互いのことをあまり知らないし…………その分かっているわ、やる以外に道はない。こんな簡単なことで済むなら、やるべきよ。でも…………」


「でも?」


 アリスさんは涙目になって、上目遣いで俺を見つめる。


「その…………初めてなの。痛くしないでね?」




 破壊力がありすぎて意識飛ぶかと思った。

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