第11話 眷属さん、いらっしゃ〜い
俺はアリスさんに、詳しく事情を聞くことにした。
何でもアリスさんは遠くから俺に会いに来たらしい。何故こんな山の中で倒れていたかというと、空から落ちてきた時に力尽きてしまったそうだ。ここに来るにあたって仲間と一緒であったが、はぐれてしまって今は一人らしい。
やだ私、この子の言ってること、一つも理解出来ないわ。
俺に会いに来たって所は一旦無視をしよう。俺は今日二条と出会ったおかげで、『知らない奴が突然会いに来た』耐性は少し持っている。それよりも空から落ちてきたってのがいまいちよく分からない。なんだ、リアル空から女の子が!ってか?そんなこと常識的に考えてあり得るわけ無い…………
と、そのとき俺の頭の中には、つい数時間前の出来事が浮かんだ。
俺は二条に空中に打ち上げられて、強制的に空中遊泳を味合わされた。
その時に、彼女を巻き込んでしまったのではないか?
二条の力がどんな物なのか、正直詳細は理解していない。ただ、風の力で人を浮かせることが出来るのは身をもって知った。気になるのはその効果範囲だが、二条はわざわざ人のいない場所、二人っきりに慣れる場所を指定してきた。
周りに人がいると、巻き込んでしまうからでは?
そう考えると、彼女が仲間とはぐれたのも、二条の風のせいである可能性がある。
あの野郎…………!
「あの、もしかしたら、アリスさんが仲間の方々とはぐれてしまったのは俺のツレのせいかもしれないです。ほんとにごめんなさい。もし良かったら、アリスさんの仲間を一緒に探すので、許してはもらえないでしょうか」
そういって頭を下げる俺。
しかしいつまでたってもアリスさんの返事はなかった。
しびれを切らした俺は、アリスさんの顔をちらっと見る。
「……」
アリスさんは俺を見ておらず、険しい表情で俺の後ろ、山の頂上付近を見つめていた。
何があるんだろう、と俺が振り返ろうとすると、
「伏せて!!」
アリスさんが何かを叫んだと同時に、俺は彼女に押し倒された。
「ア、アリスさん⁉︎俺まだ心の準備が!!初めてなんで優しくして…………え?」
俺が思春期を丸出しにして慌てる中、先程まで俺の頭があった位置を、何かが素早く通り過ぎていった。それは木々の隙間から覗く太陽の光で、一瞬光って見えた。まるで刃物に光をあてたように…………
そんな事を考えていると、ふと声が聞こえてきた。
「くっそぉー、惜しいなー!せっかく上位神の力を手に入れれるチャンスだったのに!」
その声はまだ声変わりもしていないだろう子供の声だった。
「な、にが?」
何が起きているか理解していない俺の上から素早く飛び退いたアリスさんが、切羽詰まった声で叫ぶ。
「あなたは誰!?」
「人に名前を聞く時は、先に名乗るのが常識じゃないかな。全く、邪魔をしてくれちゃってさ。君こそ一体誰なんだよ」
答えた主を見てみると、俺は驚いた。
何あれ!?狐が二足歩行で喋ってる!!
「……まぁいいや誰でも。君には用はない。僕が用があるのは、平塚拓也、お前だけだ」
そういって喋る狐は、アリスさんに押し倒された時の体勢のまま未だ立ち上がっていない俺の方を見る。
ねぇ待って、俺って何でこんなに名前を知られてるの?有名人なの?知らない間に写真と名前をばらまかれたりしてないよね?
俺が自分の知名度急上昇に疑問を抱いているとアリスさんが近くに転がっていた大剣を足で蹴り上げ、手に構える。
「タクヤに手出しはさせないわ。タクヤは私が守る!!」
やだこの子、男前じゃないっ…………!
…………いや、そうじゃなくて。
守るって、何から?もしかして目の前にいる喋る狐からか?
…………よく見るとあの狐、なんか扇もってんな。
ふと、俺は自分の右頬を何かが伝う事に気がついた。汗かな?舌を伸ばしてみる。
ペロリっ。
…………これ血じゃん。
俺はようやくまずい状況なのだと悟った。
あの狐が持っている扇は、刃か何かがついている。あれで切られたんだろう。アリスさんに押し倒され無かったら、大怪我だったかもしれない。
武器を持つ二足歩行の喋る狐と対峙する美人コスプレイヤー。
守るって気持ちは嬉しいけど、一体発泡スチロールで出来た剣で何をするのだろうか。
「あ、あのアリスさん?」
「…………下がっていて」
有無を言わさず俺の前に出るアリスさん。
「ふーん?向かってくるんだ?別に僕としては別に平塚拓也を殺せればそれだけでいいんだけど、君の力も前菜がてらにもらうことにしようか」
そういって笑いながら扇を構える狐。
え?始まるの?バトル、始まっちゃうの、これ?
「やあぁぁぁ!」
展開に追いつけないまま、戦いの火蓋は切られた。
口火を切ったのはアリスさん。大剣を両手で持ち、掛け声と共に狐に突っ込んでいった。そして大剣を振り下ろす。
それを、狐は半身になって躱す。どぉーん!という大きい音がして大剣は地面を叩く。そして大きく地面がえぐれる。
うん、知ってた。
あれが発泡スチロールじゃなくて、本物だって事は、場の空気から察していたよ。一縷の望みをかけていただけだ。
だってあんな綺麗なお姉さんに、百キロはあるんじゃないかっていう鉄の塊を軽々振られたら、俺が今まで人生の中で培ってきた常識が、音を立てて崩れていく。ただでさえ今日昨日でボロボロにされているというのに!
戦闘は俺を無視して続く。
アリスさんは、地面を叩いた反動を利用して大剣を切り上げた。しかし、狐は軽やかに横に飛んで離れる。そして数メートル先から扇を広げて、横に一閃する。どう考えても届かない距離で振るわれたにもかかわらず、アリスさんは大袈裟に飛び退く。俺が疑問に思ってアリスさんを見ると、首のあたりからツゥーっと血が流れていた。かすり傷だ。しかし、
「なんで傷が!?」
俺の疑問にアリスさんが答えた。
「風神の力ね」
「ふーん。一目見ただけで分かるんだ。随分と勘がいいみたいだね」
扇を閉じた狐はつまらなそうな顔をしている。自分の攻撃を躱されたのが気に入らないんだろう。
「でも、分かったからと言って、不可視の風をそう何度も躱すことが出来るのかな?」
そういって、今度は狐が攻撃を仕掛ける。今度は扇を閉じたままアリスさんに向かっていき、途中で勢いよく開く。さっきは見えなかったが、今度は俺にも見えた。扇の先で、空気が揺らいでいるのだ。そしてその揺らぎは、刃の形となってアリスさんに飛んでいく。
「危ない!!」
俺が叫ぶと同時に、アリスさんが飛び退く。風の刃はアリスさんの後ろにあった木にあたり離散した。
「大丈夫」
アリスさんは俺の方を見て、少しだけ微笑む。しかし一瞬で表情を引き締めると、狐に向き直る。
狐の顔からは今まで持っていた余裕が消えていた。
「見える?…………いや、そんなはずはない…………」
そういうと、走り出す。狐はアリスさんに近づきながら扇を広げて、腕を振るう。そのたびに風の刃が飛び出し、アリスさんに向かっていく。しかしそれをアリスさんは、危なげなく避けたり大剣でたたき落としたりした。
「なんで……なんでなんでなんで!!見えるはずがないのに、なんで!!」
狐は理解が出来ないとばかりに、頭をかきむしる。
「あまり速度は速くない。この攻撃、見えるのなら対処は簡単ね」
アリスさんが煽っていく。顔を見ると真面目な顔をしているので、多分悪気もなく言っている可能性がある。
「くそくそくそ!!その目か!!」
目?俺はアリスさんの目を見る。なんか、瞳が赤く光っている。
今の状況で考えることじゃないかもしれないけど、すごく綺麗だ。
「ふざけた奴だっ……!」
怒りの形相の狐はしかし、一度大きく息を吐くと、
「ふぅ…………危ない危ない。冷静さを欠いてしまうところだった。うん。別に見えるからって関係ない。僕の目的には関係ない」
余裕の笑みを取り戻した狐に、アリスさんが警戒する。
「そもそも、君と戦う必要なんて無いんだ。僕の目的は…………お前っ、だからねっ!!」
そういって狐は俺の方へ扇を三度振るう。
「なっ!」
アリスさんが慌てて俺の方へ駆け寄る。そして大剣をふるって扇から発生した三つの風の刃を一つ、二つと打ち落とす。だが、もう一つには間に合わない。
「駄目!避けてっ!」
「はい!」
そういって俺は風の刃を難なく避ける。
本当だ。この攻撃、そこまで速度は速くないし、範囲も狭い。至近距離で打たれでもしない限り、簡単に避けられる。
「え?」
狐はきょとんとしている。
「避けた……?いや……でも、そんな…………」
ぶつぶつ言いながら悩む狐。
「そうか。ふっふっふ、君は悪運が強いみたいだね。でも、何度も続かないよ?」
何かに納得して、狐はまたも扇を振るう。
「大丈夫なの?」
アリスさんが心配そうに聞いてくる。
俺はそれにしっかりと頷き返すと、
「ほっ」
避けた。
「ちょこまかと、っは」
狐は扇を振るう。
「よっ」
避けた。
「……!うらぁっ!」
狐は扇を振るう。
「もういっちょっ!」
避けた。
「……」
「……」
「…………見えてる?」
「えっと、……見えてますけど」
その返答に狐はわなわなと震え出す。
「そんな…………そんな馬鹿なこと、あってたまるか!なんでお前は見えるんだよ!!そんなの、許せない!僕は、強いんだぞ!一晩に二人以上も、俺の攻撃が見える奴がいるなんて、あっちゃ駄目なんだよ!!お前は俺の、糧になるんだよ!お前、俺が誰だか分かっているのか!?」
そういって大きく息を吸い込むと、
「俺の名前は、シャラク・エドアナ!ケント様の忠実なー」
「やぁぁぁぁ!!」
「なっ、ぐぁっ!」
狐が何かを叫ぼうとするのを遮って、陰から近づいていたアリスさんが斬りかかる。狐はあっけなく切り伏せられた。
いや、アリスさん、空気読もうよ。今、なんか大事な事言おうとしていたと思うんだけど。
敵の正体、分かるとこだったと思うんだけど。
「もう大丈夫よ」
アリスさんは悪びれもせず、純粋な笑顔を浮かべている。
その顔は、何でも許せそうになるぐらい、綺麗で可愛かった。