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14.斎藤課長はハッピーエンドを迎える?

 一時間後、エステ店から出て来た麻衣子は駅に向かって歩く途中でバッグの中からスマートフォンを取り出し、耳へ当てた。


『麻衣子さんっ!?』


 かかってきた電話に焦って出たため、麻衣子がくすりと笑う。

 急いで支払いを済ませ、カフェを出て全速力で麻衣子が居る場所へ向かった。


 走って来た隼人に驚いた麻衣子は、どうして此処に居ることが分かったのかと問う。


「そんなことより、麻衣子さん、足は? 脱毛しちゃった!?」

「ちょっ、声が大きいっ」


 人通りの多い駅前の大通りの歩道で「脱毛」と隼人が叫び、通行人の視線が二人へ集中する。


 返答次第では、今にも抱き着いてきそうな雰囲気を放つ隼人の手首を掴み、麻衣子は細い路地へ彼を引っ張って行く。

 路地に人通りがほとんど無いことを確認して、電信柱の影に隠れるようにして隼人と向き合い彼の手首を解放する。


「脱毛はしなかったよ。顔のお手入れをしてもらったの」

「あ、そういえば何時もより化粧が濃いかも」


 よく見たら普段より濃い化粧をしている。

 ムッとなった麻衣子は眉を寄せて隼人を見上げた。


「足、確認させて」


 ひざ丈のスカートの中へ入り込み、レギンスのウエスト部へ触れようとする隼人の手を押さえて、麻衣子は彼の目をじっと見詰める。


「隼人さんは、私の足だけが好きなの?」


『兄貴の返答しだいで、麻衣子さんはもう戻ってきてくれなくなるぞ』


 エステ店を調べたと電話してきた時の崇人のお節介な言葉が聞こえてきて、泣き出しそうな顔になった隼人は不安に揺れる瞳で見上げてくる麻衣子の頬に手を添えた。


「足の感触も好きだけど、思ったことが直ぐに顔に出るところと、美味しいものを食べると全身から幸せそうなオーラを出すところ、いつまで経ってもセックスの時に恥ずかしそうな反応をするところ、時々悶えたくなるくらい可愛いことを言い出すところ、麻衣子さんの全部が可愛いし好きだと思っているよ」

「私は……私も、隼人さんが好き。この前は、嫌いって言ってごめんなさい」


 喉の奥から絞り出した麻衣子の声は震えていて、泣きたくなるのを堪えて口元をきつく結ぶ。


「じゃあ、じゃあ、お試し期間だけじゃなくて、これからも一緒にいてくれる?」


 両想いだと跳び上がりたいのを堪えて問えば、両目いっぱいに涙を浮かべた麻衣子はコクリと頷いた。


「麻衣子さんっ」


 感極まった隼人は堪えきれずに泣き出す麻衣子の体を抱き締めた。




 お互い「ゴメンね」と謝り恋人となれたことを喜び、手を繋いで自宅マンションへ向かう。

 二日前も同じように手を繋いでいたのに、麻衣子と手を繋いで歩いたのが随分前のことに感じる。


 リビングへ入り我慢できず麻衣子に抱き着いた隼人は、彼女の首筋に顔を埋めて香りを堪能した。


「麻衣子、麻衣子さんっ」

「だめっ。ほとんど寝てないんでしょう? 今日はゆっくりしよう」


 キスをしようと、顔を近付ける隼人の唇を人差し指で押しとどめ、麻衣子は微笑む。


「足のお手入れも明日にしてね」


 上目遣いで言われてしまい、喧嘩をしてから仲直りするまでの間完全に萎えていた性欲が湧き上がり、股間に血液が集中していく。


「あー、もうっ可愛い! 可愛すぎて我慢できない。寝る前に少しだけ、先っぽだけでも入れさせて?」

「ぷっ、何言っているの。仕方ないなぁ。少しだけなら、その、いいよ」


 十代男子のような隼人の発言で、吹き出した麻衣子の言葉の最後は恥ずかしさから小声になる。


「麻衣子さん、好きだよ」

「うん。私も隼人さんが好き、きゃあっ」


 頬を赤く染めて好きと言われた瞬間、隼人の頭の中で理性の糸が切れる音が響いた。

 麻衣子の肩と腰に手を差し入れて彼女の体を抱き上げ、向かうのはもちろん寝室。


「ちょっとー!?」

「はっ、ごめん、もう、止められない」


 その後の展開は、先っぽだけでは終わらず夕方まで盛ってしまい、怒った麻衣子に足の手入れの禁止を言い渡された隼人が必死で謝る、というものだった。




 ***




「昇進試験に合格して本社への異動が決まった。この際、麻衣子さんと婚約しようと思う」

「はっ?」


 開店前の店へやって来て、開口一番発した隼人の言葉に崇人は目を丸くした。

 突拍子の無い言動は何時ものこととはいえ、何を言い出すのだと目を瞬かせる。


「麻衣子さんは婚約を了承したのか?」

「ああ。この前、この店に来た後に確認をとった」

「は? この前って、麻衣子さんめちゃくちゃ酔っていなかったか?」


 アルコール度数が高めで甘めに作ったカクテルを気に入った麻衣子は、隣に座る隼人に凭れ掛かりうとうとしていた。

 その状態の彼女に婚約の話を振っても、話をした記憶すら残っているのか怪しい。


「覚えているか分からないから録音はしてある」


 ニヤリ、と口角を上げる兄を見て、隼人は背筋が寒くなった。

 もしや、若い女性受けする甘めでアルコール度数が強いカクテルを注文したのは、このためだったのか。


「うわぁ、やり方がキモイし卑劣だ! じゃあ、麻衣子さんの実家への挨拶は? 放任主義のうちの親とは違い、いきなり婚約したいと言われて、はいそうですか、という親はあまりいないだろ?」

「婚約を了承してもらった後、連絡をとって義母さんとはメル友になった。勿論、連絡は麻衣子さんからして、彼女を介抱する心優しい彼氏として気に入ってもらえたよ」

「……兄貴」


 酔っぱらった麻衣子はきっとこのことを覚えてはいない。

 手を回して麻衣子の逃げ道を塞いでいく隼人の手腕に感心するどころか、兄の斜め上の優秀さにドン引いた。


 これでは須藤麻衣子は逃げられない。

 気が付けば、完全に逃げ道を塞がれて結婚のゴールしか無いという状況へ、追い込まれるだろう。


「麻衣子さんと婚約する前に、両家で会食したいと考えている。此処を貸し切りに出来るか?」

「分かった。頑張って料理を作るよ……」


 会食の日は厨房から出られないかもしれないと、死んだ魚のような目をした崇人は近い未来、義理の姉となる彼女へ心の中でエールを送っていた。




 お試し期間終了前に付き合うことになった麻衣子を完全に手に入れるため、隼人は外堀を埋め逃げ道は全て塞ぎ終わったのはさらに二か月後のこと。


 社員達の前で斎藤課長の本社への異動を発表する坂田部長の隣に立ち、別れの挨拶をする彼の口から飛び出した「須藤麻衣子との婚約宣言」で社員達は騒然となった。

 悲鳴を上げた女子社員の隣で、誰よりも驚いていたのは麻衣子本人。

 婚約宣言後、唖然とした麻衣子は口を開けて隼人を見詰めていた。


 サプライズ過ぎる発表を聞いた社員達が盛大な拍手を送る。

 周りからの嫉妬と羨望、祝福と興味の視線が集中する恥かしさで、麻衣子は俯いて両手で顔を覆った。



 栄転と婚約というダブルの祝福を受けた隼人は、引継ぎ作業を終えて定時を過ぎた頃に麻衣子を迎えに行った。


 婚約宣言をした甲斐もあり、社内でも堂々と麻衣子と話せることが嬉しくて斎藤課長モードでも自然と顔がゆるむ。

 疲れた顔をしている麻衣子の荷物を持ち、周囲の注目を浴びながら駐車場へ向かった。


「今日のは、どういうことですか」


 車の助手席へ座った麻衣子は完全に拗ねた口調で問う。


「今すぐ入籍したところだけど、麻衣子さんは手順を踏まなきゃ嫌だろう?」

「で、でも、いきなり婚約だなんて、あんな場面で発表するせいであの後質問攻めにあって大変だったから。実家にも連絡していないし、私も心の準備があるの」


 怒りと喜びが入り混じった複雑な表情を浮かべる麻衣子を見て、今日の発表前にロマンチックな場所でプロポーズすればよかったかと、少しだけ反省した。


「実家は、麻衣子さんの実家には俺が連絡しておいたから」

「ええっ? いつの間にー!?」


 にっこり笑って答えれば、麻衣子は驚愕の声を上げた。


「本社へ行くことが決まって、麻衣子さんに悪い虫がまとわりつかないか不安だったんだ。皆の前で発表しておけば、麻衣子さんに近付かないだろ? 麻衣子さんといつか生まれる子どものために頑張るよ」


 運転席から身を乗り出した隼人は、助手席に座る麻衣子に覆いかぶさる。


「好きだよ」


 低く甘く囁けば、不機嫌な顔をしていた麻衣子の頬が赤く染まる。


「わ、私も、好きです」


 しどろもどろで答える彼女は知らない。

 先ほどまでは怒っていたのに、好きだという言葉一つで恥じらう麻衣子は本当に可愛いということを。

 完璧な斎藤課長の仮面をかぶっていた隼人の心を揺さぶり、彼女が居なければ狂うだろうと思えるほど夢中にさせていることを。


 スカートの上から麻衣子の太股を撫で、隼人はぷくりとして桜ん坊みたいに色付き美味しそうな唇をパクリと食んだ。



これにて、ハッピーエンド?

あと一話あります。

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