10.斎藤課長は策略を巡らす
悶々としたまま迎えた月曜日の朝。
ワイシャツに着替え黒縁眼鏡をかけて斎藤課長モードへ切り替え、ジャケットを羽織って鏡に映る自分の姿を見て最後の仕上げを思い出した。
ホテルで混乱した麻衣子に殴られた傷は後頭部。
だが、彼女の罪悪感を煽るように額に大き目の絆創膏を貼る。
目立つ絆創膏を見て罪悪感を抱いたのなら、それを利用して食事に誘う算段だった。
出勤してきた顔色の悪い麻衣子は、斎藤課長の姿を見た瞬間、幽霊を見たかのように驚きと怯えの眼差しを向けた。
彼女の動向を注視して、昼食休憩時に廊下奥に設置された自動販売機へ手をついて腕の中へ捕らえる。
「麻衣子さん」
須藤さん、ではなく、ホテルの時と同じく名前で呼べば、それだけで彼女は泣き出しそうな顔になる。
明らかに動揺している彼女を見ると、自分の事を意識していてくれたのだと実感できて嬉しくなった。
一方的に夕食の約束を取り付け、プライベート用の電話番号を書いた名刺を渡す。
ここ数日観察して得た麻衣子の性格を分析した結果、お人好しで義理堅い彼女が名刺を破り捨てることはしないだろう。
デスクへ戻る前に人気の無い非常階段へ向かい、隼人はスラックスのポケットからスマートフォンを取り出した。
『あのさ、兄貴は今仕事中じゃないのかよ?』
スマートフォンから聞こえてきたのは、寝起きだと分かる崇人の声。
「仕事中だから手短に話す。なるべく郊外にある女性が好きそうで、気軽な雰囲気のレストランを探して予約をとっておいてくれ」
『は? レストラン?』
「じゃあ、頼んだぞ」
昼休み終了時間が迫っていたのと崇人の文句を聞くのは面倒だったこともあり、言いたいことを伝えて一方的に通話を終わらせた。
終業時刻となり、駐車場へ向かった隼人は車内に置いてあったトートバッグの中身を再度確認して、堪えきれず声を出して笑ってしまった。
トートバッグの中身は、休日の一日かけてアダルトサイトをチェックした取り寄せたアダルトグッズ。
店頭にあまり置かれていないXLサイズの避妊具は、避妊具の公式サイトだけでなく使用者の感想をもとにした体験談や、サイズ、薄さ、使用感、匂い、口に入れた時の味を記載してあるサイトを調べ上げ比較し、女性が最も良いと感じた最高級のコンドームを取り寄せた。
また、体の関係を持った女性達から一般的な大きさより大きいと評された隼人自身のせいで、麻衣子が痛みを訴えた場合を考えて香りと使用感の良いローションも用意した。
さらに、彼女の着替えとして布の面積が少ないサイドを紐で結ぶショーツ、網タイツ、ガーターベルトも購入しておいたのだ。
「兄貴、なんで俺の家に届くようしていしたんだ」
「俺の家に届けさせたら色々問題に成るだろう?」
届け先に指定した崇人の自宅へ翌日の夕方には届くようにお急ぎ便を使用し、注文した翌日、つまり昨日の夜に死んだ魚のような目をした崇人がアダルトグッズ入りの段ボールを届けに来た時は、小躍りしたくなった。
代金に手間賃を上乗せした金額を渡してさっさと崇人を帰した後、リビングで段ボールを開けてセクシーランジェリーを広げた瞬間、興奮のあまり爆発しかけてしまう。
昨夜は、セクシーランジェリー着た麻衣子を抱くのを想像しながら興奮のあまり、爆発しそうな性欲を自力で発散した。
(すでに股間は、TPOを考えてくれないほど馬鹿になっているのに、これで麻衣子さんを抱けなかったら近いうちに色欲で頭が狂うな)
眼鏡を外し、バックミラーに映る自分の顔を凝視する。
経験上、仕事時とプライベート時のギャップに女は弱い。
今まで隼人が甘えた顔を見せれば、大概の女は落ちて自分から体を開いた。
(斎藤課長と今の俺とのギャップで落とす)
しかし、車での移動から食事終了までに落とすつもりだった須藤麻衣子は、隼人のアプローチに全く気付かず注文した料理とラーメンの話に夢中になっていた。
近くにいるのに触れられないという苦行に、食事を終えた時点で股間と性欲が限界点を突破していた。
口説く余裕も無く、同意無しで郊外に建つホテルの駐車場へ入れば、彼女は激しく動揺して思いとどまるように説得してくる。
下心を持つ男の車に乗っているというのに今更だと思うと、頭と股間に血が登り爆発した。
「綺麗なだけじゃ、駄目なんだ!」
「きゃあっ」
声を荒げた隼人はスカートを捲り上げ太股へ触れる。
突然の豹変に驚いた麻衣子は悲鳴を上げた。
「ちょっ?! また破かないでよ!」
「この前の分と合わせて弁償するから。麻衣子さんの足の感触が忘れられないんだ」
「かん、しょく?」
吐き出すように言えば、麻衣子は何度も目を瞬かせる。
「俺は、女性の足の毛を剃って処理した後、伸びてきた毛の感触と滑々の肌の感触のアンバランスさが堪らなく好きなんだ。廊下でぶつかった時に偶然触れた君の足の感触は、最高だった。あの後、興奮のあまり限界に達してしまってトイレで処理していたせいで会議に遅れてしまったんだ。遅刻理由を誤魔化すのが大変だったよ」
はぁ、と息を吐きながら隼人はストッキング越しに麻衣子の左太股から膝にかけて撫でる。
「毛? 肌とのアンバランス……?」
目を見開いた麻衣子はきょとんとした後、左手を助手席側ドアのグリップハンドルへ伸ばす。
逃げようという素振りを見せた麻衣子を観念させるため、彼女の唇へ噛みつくようにキスをした。
息を乱す麻衣子の下唇を食み、軽く吸い上げる。
助手席の背凭れに華奢な体を押し付け、クリップハンドルを握っていた麻衣子の左手から力が抜け助手席の座面へ落ちた。
抵抗をしなくなった麻衣子は熱で潤んだ瞳で隼人を見上げ、拙いながらもキスの動きに応え始める。
此処まできたのなら、後は徹底的に彼女に奉仕をして体から落とすまでだと、暗い瞳で麻衣子を見下ろした。
駐車場からホテル建物内へ入り、タッチパネルを押して選んだのはお姫様の部屋を彷彿させるピンクとフリルで彩られたロマンティックな部屋。
これも先日ネットで調べた、『初めてのラブホテルでは雰囲気を重視して欲しい』という女性からの意見を参考にしてこの部屋に決めた。
部屋に入ってドアを閉め、恥ずかしそうに頬を染めた麻衣子を見た瞬間、我慢できずに後ろから抱き締める。
「シャワーを浴びたい」と訴えられて、迷ったものの隼人は頷く。
本音は、一日仕事をして汗ばんだ肌を舐めまわしたかったのだが、初回で無理強いするのはいけないと理性を総動員して欲望を抑え込む。
ホテルに用意されているアメニティをチェックするため、脱衣所へ行きカミソリを隠す。
麻衣子に断りを入れ、先に浴室へ入り所謂スケベ椅子と呼ばれる椅子に腰かけてこの椅子を使ったプレイを妄想してしまい、危うく思考と体が爆発しそうになった。
(今、爆発するのは勿体ない。落ち着け俺、此処で失敗するわけにはいかない。死ぬ気で我慢しろ俺)
セクシーランジェリーを着て女豹のポーズをとる支店長(56歳)の姿を想像して、気分と下半身を萎えさせた。
「あ、課長……」
シャワーを浴びてバスローブを羽織った隼人が出てくると、麻衣子はポカンと口を開けて頬を赤く染める。
「入ってきなよ」
「はい」
麻衣子が浴室へ向かい、ソファーに座る隼人の耳にシャワーを使っている水音が届き、必死で落ち着かせた欲望が湧き上がってくる。あと少しの辛抱だと股間で自己主張するモノに言い聞かせ、冷蔵庫に用意されていたビールを取り出した。
シャワーを浴びてバスローブを羽織った麻衣子を見た瞬間、頭の中で何かが切れる音がした。
ソファーへ押し倒して致しそうになったのを、麻衣子のお願いで踏み止まり彼女を抱き上げてベッドへ移動する。
ベッドへ組み敷いた麻衣子は全身を真っ赤に染め、潤んだ瞳で隼人を見上げた。
「可愛い」
初対面では地味だという印象を持った彼女が、ベッドの上では小動物のように見えて、こんなにも可愛いくなるだなんて思ってもいなかった。
唇から首筋、鎖骨、胸元へ順番に唇を落としていく。触れる度に震える麻衣子を抱きしめた。
弟、崇人は28歳。
何だかんだ言っていてもお兄ちゃんのことが大好きです。