第1話④
夕方になり、アクエリアスのお城ではジャック王の即位15周年のパーティーが始まっていました。
会場となったのは、城の中央にあるダンスホール。広さはサッカーコート位でしょうか。普段は広すぎて寒いだけの部屋が、今は多くの人が集まり、楽しそうに食事や会話をする場となっていました。
その中には、パーティー用のスーツを着たブルーノもいます。たくさんの人に囲まれて、楽しそうに話していました。
最初に話した通り、ブルーノは誰からも好かれる性格です。2年前の事件から、ブルーノの性格は少しだけ変わっていましたが、人当たりの良さは変わりません。
もちろんパーティーの参加者もブルーノの性格の変化は知っています。今日だって、妹のメイがいない事を誰も聞こうとはしませんでしたし、いつもより暗い表情のブルーノを気遣って、楽しい話ばかりしてくれています。
楽しいお喋りは、2時間ほど続きました。
「お疲れ様ですブルーノ様」
「ありがとうロバーツ」
椅子に座って休んでいるブルーノに、ロバーツがお皿に綺麗に盛り付けた軽食と飲み物を持ってきてくれました。
「皆さんとのお喋りはどうでしたか?」
「楽しかった。みんな色んな事を話してくれるからね。時間があっという間だった」
「ブルーノ様は、皆さんに好かれていますから」
お皿を受け取ったブルーノの顔が曇りました。
「でもね。みんなが気を遣っているのもわかった。僕が悩んでるから……。まったく、頼りないよね……」
「ブルーノ様……」
ロバーツがブルーノの肩に手を置こうとした、その時です。
大きな塊が、人混みをかき分けてこちらに向かってくるではありませんか。
「ブゥウウウルゥウウノォオオオ!!!」
「危ないっ!!」
あろうことか、その塊はブルーノ目掛けて飛び掛かってきたのです。
ブルーノは椅子に座っているので、避ける事は不可能です。咄嗟にロバーツが立ち塞がり、勢いに負けそうになりながらも、どうにかその塊を空中でキャッチすることができました。
「僕を受け止めるとは、さすがブルーノ。腕を上げた……いや太くしたね!」
「何やってんだサルージ!!危ないじゃないか!!」
「ん?あぁロバーツじゃん!久しぶりー」
「久しぶりじゃない!」
ロバーツは受け止めたロボットを地面に下ろすと、拳骨を頭に落としました。けれどもそのロボットは全然痛そうにありません。
「久しぶりだねサルージ」
「ブルーノォオ!!元気だった?」
彼の名前はサルージ。ロバーツと同じく国王に仕えるロボットのうちの1人。大きな腕を持った、いかにも工事現場にいそうな黄色と茶色のロボットです。性格は穏やかで少し甘えん坊。機械いじりが好きで、今は工業を担当している星で暮らしています。
「バシップはどうしたんだ!?」
「えっ、知らないよぉ」
すると向こうからもう1人のロボットが走ってきました。
「サルージ、走らないでくださいよ……」
「あ、バシップ。どこ行ってたのさぁ。僕を止めてくれないから、ロバーツに怒られちゃったじゃん」
「あなたがブルーノ様を見た瞬間飛び出したからでしょう?」
バシップは、国王に支える最期のロボット。水兵のような白と青の体をしていて、顔はとびきりのイケメン。落ち着いた性格もあって、女性人気も一番です。今は、農業を担当する星で暮らしています。
「バシップも久しぶり」
「ブルーノ様、お久しぶりです。数日前も通話をしましたが、今日会えると思うと嬉しくて夜も眠れませんでした。お元気ですか?背が高くなりましたか?髪が少し伸びたのでは?そうだ!最近送った新作野菜のお味は如何だったでしょう?私主導のもと品種改良を行い、私が丹精込めて作りました!」
「とても美味しかったよ」
「本当ですか!?嬉しいです!!それでですね、もっと聞いてほしいことがありまして……!!」
「バシップ、会えて嬉しいのはわかるが、もう少し落ち着け。ゆっくりして行くんだろ?明日ゆっくり話そう」
バシップも、ブルーノに会えて嬉しかったのでしょう。小さい頃は一緒にいたサルージとバシップですが、ブルーノが大きくなると他の星の管理を任され離れ離れになってしまいました。
今も、週に一回は通信による会話はしていますが、どうやら2人は子離れが出来ていないようです。
「そろそろジャック様の挨拶が始まるぞ」
ロバーツが言った瞬間。部屋が突然暗くなりました。ざわつく参加者。すると、一筋の光がステージに差し込みました。
「皆様、今夜はジャック王即位15年の記念式典にお集まりいただき、まことにありがとうございます。お話の腰を折ってしまい申し訳ないのですが、ジャック王からの挨拶をしていただきたいと思います。どうぞ、盛大な拍手で我らの国王をお呼びください!」
レオパードの声に、会場中が拍手に沸き上がりました。ジャックがこういう式典をやりたがらない理由の1つです。ただ、ブルーノにとっては王様らしい格好いい父親の姿を見られる貴重な機会です。
自分もいつか同じように挨拶をする時が来る。父からは、ゆっくり大人になるよう言われましたが、性格以前に彼には覚悟がありませんでした。まだ12歳。当然ですよね。
すると、暗闇の中から人影が見え始めました。いっそう拍手が大きくなります。
ですが、現れたのは2人。ジャックと、顔に大きな傷がある男でした。
「動くなよ!動くとこいつの命がねぇぞ!」
パァアアン!!
男が持っていた銃を空に撃つと、突然開場が明るくなり、会場にたくさんの見知らぬロボットがパーティーの参加者を取り囲んでいました。
ロバーツはすぐに動きました。
「ブルーノ様、すぐに机の下に……。サルージ、バシップ、アン様を守れ。ポーラ、緊急事態だ……!!」
サルージとバシップは体を低くして離れました。ブルーノも言われた通りすぐに机の下に隠れると、じっと前を見るロバーツの顔を見ました。
「ティーチ、二度と目の前に現れるなと言った筈だ……!!」
この時ブルーノは初めて、ロバーツの怒りに満ちた顔を見ました。拳を握り歯を食い縛り、相手を真っ直ぐに見据える姿は、父親の後ろにいた男に不思議と似ているように思えました。