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神様、テレワーク中!  作者: 御堂美咲
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ヴァルキュリア

 翌日は日曜日、特にやることもなかったし、一緒に住む以上連絡が取れないのはまずいので、ヴァルキュリア用のスマートフォンを契約しに行くことにした。ついでにシュシュも買ってやろう。とはいえたまの休みにぐっすり寝ないのはもったいないので、二度寝を繰り返しているうちに昼前になっていた。もぞもぞと布団の中でくつろいでいるとヴァルキュリアが部屋に入ってきた。


「ヒデアキ!腹が減ったぞ!」


騒々しいやつだ、もう少しだらだらしていたかったが、仕方ないと体を起こした。


「おはよう、朝から元気だな」

「もう昼じゃ!わしはラーメンが食べたいのじゃ!」

「ラーメン?」

「そうじゃ!日本はラーメンがおいしいと聞いたぞ!早う準備せい!」

「まあ確かにうまいけど…てか、その格好で外に出るつもりか」


昨日渡したジャージ姿のヴァルキュリアに言った。大学時代の代物であるから、大学名が刺繍されておりあまり外に着ていくものではないのだ。


「ぬ、だって他に着るもの無いんじゃもん」

「わかったよ」


僕はのそのそとベッドを這い出し、タンスから白のTシャツとグレーのパーカーとジーパンを出してきた。


「ほら、これでも着てろ」

「なんじゃ!女の子用の服はないのか」

「あるわけないだろ!」


しぶしぶといった様子でヴァルキュリアは着替え始めた。


「ちょっと待て、自分の部屋で着替えろ!」

「ぬ、なんじゃ、おまえこのような少女の裸に欲情するつもりか?若いのう」

と言ってケラケラ笑うヴァルキュリア。

「そういう問題じゃない、エチケットだろエチケット。一緒に暮らすんだからそのくらいの気遣いはしてほしいもんだよ」

「やれやれ、細かいやつはモテんぞ」

「大きなお世話だ」


ヴァルキュリアは自室に戻っていった。僕もさっと着替えを済ませ、家を出る支度をした。



 そろそろ行くかと玄関先でヴァルキュリアを待っていると、フヨフヨと宙を漂いながらヴァルキュリアがやってきた。


「待て、お前外で浮かぶなよ」

「なんでじゃ」

「なんでじゃって、どこの世界にふわふわ飛んでる人間が居るんだ」

「おお、そうじゃったそうじゃった。人間界におるあいだは人間に紛れなければならないんじゃった。おまえもわしが神じゃというのは秘密にするんじゃぞ」

「誰にも言えるもんかそんなこと」


仮に言おうものなら頭のおかしいやつ扱いされてしまうだろう。


「いいか、今日はまずラーメンを食べに行く。そのあとお前用のスマホを買いに行く」

「スマホじゃと?人間界の通信機器じゃな?」

「そうだ。一緒に住むんだし、四六時中一緒にいるわけにもいかないから、連絡が取れないと困るだろう」

「うむ、それもそうじゃな。わかった。あとお願いがあるんじゃが」

「なんだ」

「服とシュシュが欲しいのう。一応ほれ、女の子じゃし」

「…わかった」

ヴァルキュリアはやったーと宙返りをする。

「わかったから、地に足つけて歩いてくれよ」

「じゃがまず、靴がないのう、靴屋にも行かねば」

「とりあえず僕の靴はいて、行くぞ」

「うわなんじゃこれ、ぶかぶかじゃ」

「仕方ないだろ、我慢しろ」


ヴァルキュリアはしぶしぶ僕の靴を履いて、2人で外に出た。



 どちらかと言えば都会、になるだろうか。駅前には店が立ち並び、日曜の昼には大勢の人でにぎわっている。街路樹にはイルミネーションが施され、クリスマスムード一色だ。そんな中少女を引き連れて歩く僕は、他人の目にどのように映るのだろう。


「ほぉー、人が多いのう。いつのこんな感じなのか?」

「まあ休日の昼はこんな感じだな」


駅前の通りをラーメン屋目指して歩いていると、不運なことに上司に出くわした。


「よぉ中野、彼女とデートか?」

「あ、堀先生、こんにちは」

「彼女じゃと?わしはこう見えて神──」

「いえ、親戚の子です。遊びに来ていて」


ヴァルキュリアの何も考えていない自己紹介を遮り言い放つ。


「あぁ、そうなんだ。すまんすまん、ずいぶん若い彼女連れてるなと思ってさ」

「驚かせてすいません」

「それじゃ、楽しんで」


手を振りながら去っていく上司の堀先生を見送った後、不服そうにしているヴァルキュリアは言った。


「なんじゃ!わしは神じゃぞ!親戚の子とはなんじゃ!!」

「お前自分の立場をわきまえろよ!自分が神だなんて言い出す奴と一緒に歩いてるなんて知られたら僕まで頭をどうかしたのかと思われちゃうだろ!」


ヴァルキュリアは神である。が、今現在の見た目はよく見積もってもハタチに届かない少女なのだ。そんな少女を連れまわしている26歳となると、親戚の子でなければまたもや警察沙汰の香りがするではないか。


「とにかくだ、僕の家にいる間は親戚の子、イトコでいいや、従妹ということにしておいてくれ」

「ぬ、人を見た目で判断する奴らの肩を持つつもりか!」

「嫌なら──」

「わかった、わかったのじゃ。卑怯じゃぞそればっかり」

「わかればよろしい」


ふてくされる少女を連れてラーメン屋に入るや否や、ヴァルキュリアの機嫌は直った。


「ほぉーこれがラーメン屋か!旨そうなにおいがするのう!」


2人席に通されて、メニューを開いた。


「字は読めるのか?」

「言ったじゃろ、わしは神じゃ。日常生活に不自由ない程度には言語を習得しておる」


なんとも、神ってのはご都合主義だな。目をキラキラさせてメニューを見ながらこれがいいかあれがいいかと思案するヴァルキュリアを見て思った。


「ココアは無いのかの?」

「ラーメン屋には無いな」


なんじゃ、とため息をついたヴァルキュリア。人間界に来て初めて口にしたものがココアだったからか、気に入っている様子だった。


「決めたぞ、わしはベーシックなしょうゆ豚骨にする。ヒデアキは味噌ラーメンにせよ」

「なんでだよ、僕もしょうゆ豚骨にするつもりだったんだ」

「はあ!?同じものを頼むと違う味をシェアできんじゃろが!」

「なんでシェアする前提なんだよ!すいません、しょうゆ豚骨2つお願いします!」

「なっ!おまえ勝手に!」


何が悲しくて神とラーメンをシェアしなければならないのか、付き合いきれない。神のくせに庶民的な発想をする奴だ。ほどなくラーメンが運ばれてきた。


「いただきます」


そう言って箸を器用に使う様は、どう見ても日本人であるが、その実こいつは神である。


「あ~!濃厚なスープと絡み合う麺!最高じゃのう!」


上機嫌で食を進めるヴァルキュリアを見ながら、伸びないうちに僕もいただくことにした。



 会計を済ませ店を出る。ヴァルキュリアはお腹をぽんぽんと叩きながら鼻歌を歌っている。


「いやーラーメンは聞きしに勝る美味さじゃったのう。人間界はいいところじゃ」

ラーメン一杯で人間界の総評をするのはいささか早計だと思うが、神の機嫌を損ねないようにしておこう。


「それじゃ、銀行によってお金おろしてから服買いに行こうか」

「承知じゃ!」


少女を伴って銀行に行くのは変な感じだが、まあこの際しょうがないだろう。女の子の服を買うには少々財布の中身が心もとないのだ。


「今日は初めて行く場所ばかりで楽しいのう。新鮮じゃ」


半分スキップするように歩いているヴァルキュリアを連れて銀行へ。


「ほう、この機械の中にお金が入っておるのじゃな」


ATMを操作していると、受付の方から悲鳴が聞こえた。



 受付の方を見ると覆面を被った男が2人いた。1人は受付嬢に銃を突き付けており、もう1人は客に向かって銃を向けている。銀行強盗だ。飛んで火にいる夏の虫とは僕らのことで、そちらを見やったばかりに


「おまえらもこっちに来い!」


と人質の仲間入りをするハメになってしまった。昨日からなんてツイていないんだろうか、神を拾った翌日に銀行強盗に巻き込まれるとは。覆面の男の1人に後ろで手を組んで座らされ、手首を縄でくくられてしまった。今にも泣きだしたい状況であるが、そんなことをしても事態は好転しない。ここは犯人たちを刺激しないように言う通りにしておとなしくしているのが得策だろう、と考えるので精いっぱいであった。


実際泣いてしまっている子供や女性もちらほらといた。もちろんヴァルキュリアも同じ状況なのだが、冷や汗だらだらの僕とは違ってキョトンとした顔で手首を縛られていた。僕はヴァルキュリアや他の客と同じように床に座り込み、事態の進行を固唾を飲んで見守るほかなかった。受付ではもう1人の男が怒号を飛ばしながら金を催促している。そんな中、キョロキョロとあたりを見回しながらヴァルキュリアが僕に尋ねた。


「のうヒデアキ、これはどういう状況じゃ?」

「銀行強盗だよ、銃で脅して店員に金を持ってこさせてるんだ、見りゃわかるだろ」


間の抜けた質問に対して狼狽しながら僕が答えた。


「うるせえぞお前ら!ぶっ殺されてえのか!!」


と銃口を向けられてしまった。


「ごめんなさい!」


と即座に謝って黙り込む僕とは対照的にヴァルキュリアは言い放った。


「ぶっ殺すじゃと?わしをか?」

「なんだテメェ!生意気なガキだ。よし、それじゃお前を連れてここから脱出することにする。人質の中の人質だ、名誉に思えよ!」


そう言って覆面の男はヴァルキュリアの肩を掴み強引に立ち上がらせ、自分の隣に引きつけた。まずい。いくらなんでもここから連れ出されてしまってはヴァルキュリアを助けることなどできない。黙っていればいいものを、神ってのはどうしてああも挑発的なものの言い方をするんだ。触らぬ神に祟りなしという言葉を知らないのか。そう思って僕はさらに冷や汗をかいていたが、実際のところ触らぬ神に祟りなしという言葉を身に染みるほど感じるのは強盗の方だったのだ。


「わしを殺すじゃと?」


もう一度問いかけたヴァルキュリアに対して覆面の男は


「おとなしく従ってれば殺さないでおいてやるよ、すぐにはな」


と笑いながら言った。ヴァルキュリアは大きなため息をついたかと思うと、細くて華奢なその足で強盗の片足を前から後ろにから思いっきり払った。強盗はとっさに手をつき俯せに転倒、そしてヴァルキュリアはすかさず銃の握られていた手を蹴り飛ばした。結果、強盗の手から銃は吹き飛び、入り口のそばまで滑っていった。起き上がろうとした強盗の後ろ首を強く踏みつけてヴァルキュリアは言った。


「愚かな人間よ、わしを神と知っての愚行か?顔をよく見せよ」

「や、やめろ」


そう強盗が言い終わるか終わらないかのうちに、ヴァルキュリアは強盗の覆面を剥ぎ取った。覆面の下から現れた顔は若い青年であり、ハタチそこそこに見えた。


「ほうほう、なかなかかわいい顔をしておるではないか」

「テメェぶっ殺してやる!」


這いつくばった状態から立ち上がろうとして叫ぶ強盗に対し、ヴァルキュリアは目にもとまらぬ速さで一発、顎に蹴りを入れた。強盗は立ち上がる途中の姿勢からヨタヨタとふらつき始め、再び地面に臥し、そのまま動かなくなった。ヴァルキュリアは両手を縛られた状態で、強盗1人を気絶にまで追いやったのだ。そしてヴァルキュリアはその姿を見下ろして言い放った。


「分をわきまえよ、無礼者」



 僕や強盗の相棒を含め、その場にいた全員が呆気にとられていた。だが相方の覆面の男はすぐさまヴァルキュリアに銃口を向け、


「なにしてやがるこのガキがぁ!」


と叫んだ。その瞬間、ヴァルキュリアは床を蹴り、一瞬で強盗との距離を縮めた。他の人にはどう映ったのかわからないが、僕には彼女が浮遊しているように見えた。


「わしに武器を向けるな、たわけが」


そう言って強盗の後ろ首にハイキックをお見舞いし、強盗は目を上転させそのままバタリと倒れてこちらも気絶してしまった。



 時間にして1分にも満たない強盗とヴァルキュリアの攻防は、こうして幕を閉じた。しばらく唖然としていた客や店員も、我に返ったようにワッと歓声を上げたり、安堵して涙を流したりしていた。ヴァルキュリアは満足そうに胸を張って僕の元へ戻ってきた。


「無茶苦茶だけど助かったよ。さすがは神様だな」


お互いの縄をほどきながら会話する。


「あれ?言っておらなんだか」


縄をほどき終わってヴァルキュリアが言った。


「わしは、戦争の神なのじゃよ」


なるほど、だから戦いに関しては得意分野というわけか。それだけではどうにも腑に落ちない気もしたが、助けてもらった手前、これ以上の詮索はしないで納得しておこうと思った。



 しばらくして騒ぎを聞きつけたのか、外の逃亡用の車で待機していたのであろうもう1人の覆面の男が銀行に入ってきた。


「これは、どういうことだ!?」


と言って驚きながら、入り口付近に転がっていた銃を拾い上げようとして腰をかがめた。安心に包まれていた銀行の中に再び緊張が走った。


「やばい──」


そう思った瞬間には既にヴァルキュリアは宙を舞っていた。高さ2メートル以上、距離にして10メートルはあったろうか、僕のいたところから飛び上がって、放物線を描きながら前転し、3人目の覆面の男の脳天に踵落としを決めた。覆面の男はかがんだまま脳天に蹴りを受けて、そのまま顎を床に強打し、フラフラと倒れこんで動かなくなった。


今度はさすがに誰が見たってヴァルキュリアは宙に浮いていた。さっきまでの動きはごまかせても、今回の空中踵落としはどうみても人間の動きではなかった。あ、これダメなやつだ。そう確信した僕は、得意げに着地したヴァルキュリアの手を取って一目散に銀行の外へ走り出した。


「ちょ、ヒデアキ!?いったいどうしたのじゃ!?」

「馬鹿野郎!あんな人間離れした大立ち回りしておいて、なんて説明するんだよ!」


周囲の唖然とした人間に言い訳したり、警察の事情聴取に付き合ったりするよりは、逃げた方がいい。まだややパニック状態だった僕の頭はそう結論付けたのだ。


続く

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