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SCENE FAKE『それはもう、閉じてしまった話』

「――やぁ、×××××君。よく眠れたかい?」


 目が覚めたので身体を起こすと、女性の声が聞こえたような気がした。

 眠いけれど、我慢して目を開く。

 視覚がまず最初に認識したのは、朝の光だった。眩しすぎて涙が出そうになる。けど、すぐに慣れてきた。


 あ、眼鏡かけっぱなしだ。

 そのまま寝ちゃってたらしい。


 それから次に、少し遅れて認識したのは、床や壁を埋め尽くすような数え切れないほどの本――よりも先に、この部屋の主である女性の姿だった。


 シンプルな長袖の白いシャツに、ピッチリとした黒いズボン。

 肩まで伸びた紫色の長髪に、どこか別の国からやって来た異邦人を連想させる褐色肌。

 顔立ちは整っていて、唇は瑞々しい桃のような色。

 胸の大きさは嫉妬したくなるほど大きくて、それとは対照的に小ぶりな尻がちょっと可愛い。

 私を見つめる瞳は緑色で、宝石を連想させた。


 女性――ネルガ博士は、起きたばかりの私を見つめながら微笑んでいる。どうやら少し前まで読書をしていたようだ。彼女の手元には、少し高そうな本が開かれている。


「邪魔……しちゃい、ましたか?」


 私はそんな彼女に対して、恐る恐るといった風に声を発していく。自分でも強ばっている、と思う。

 どんな顔をすれば良いのかわからなかったから。


「いや、すでに読んだ本で暇潰しをしていただけだよ」


 そう対応すれば良いのか迷っている私に対して、ネルガ博士は特に何の問題もないとでも言うように、パタンと本を閉じてそこら辺に放り投げた。

 床の上に積み上げられている本の山――その頂上が、また一冊の本によって高さが増す。


 埃が舞った。カーテンの隙間からこぼれ出た太陽の光に反射されて、キラキラと輝いている。吸い込めば咳をしそうだけれど。


 この部屋は、ネルガ博士の城だ。

 たまに埃の塊が転がりつつも、圧倒的と言えるほどの濃厚な紙の匂いがする。それは知識の匂いと言っても良い。


 思い出す。

 昨晩、私とネルガ博士は紙の匂いに包まれながら、繋がろうとするみたいに抱き合った、ということを。

 ――女同士でセックスしたのだと。


「昨日は最高だったよ、×××××君」

「……それは、どうも」


 ネルガ博士は楽しそうに笑う。

 私は釈然としない気持ちになる。


 好きでセックスしたわけじゃないのだ。しないともっと酷いことになるから、してしまった。ただそれだけの消極的な選択だ。逃げているとも言えるかもしれない。


 とはいえ、今まで経験した性体験の中で、ネルガ博士としたものが一番楽というか素直に気持ちよくなれたのは確かで――朝っぱらから何を考えてるんだろう、私は。


「×××××君も満更では無かったし」


 ニヤニヤとネルガ博士。

 そうですよ。今までの中で一番マシだったので、気が付けば満更でも無かったというか、結構良かったというか、同性も良いかなぁと思ったりはしたというか。

 って、何を思考させるんだかこの人は。


「ところで、コーヒーでも飲むかい?」


 寝起きのせいで思考が雑なことになっている私を見計らってか、ネルガ博士は椅子から立ち上がるとそう問いかけてきた。


 その足で、比較的綺麗なキッチンに向かい始める。

 私が飲まないにしても煎れるつもりらしい。飲むと同意すると嬉しそうにキッチンへと歩いて行った。


 部屋の中に独りぼっちにされて、私は起こしていた身体を再び横たえた。さっきまで眠っていた、ふかふかのベットの感触が伝わってくる。なんだか直に触れているみたいで気持ち良い。


 というか、今の私は全裸だった。


 どうやら彼女とセックスをして果てた後、そのまま二人で全裸のまま眠ってしまったらしい。

 ――それで先に起き上がったネルガ博士の方は、そさくさと服を着て、私の顔をニヤニヤ眺めていたと。


(……趣味の悪い)


 とはいえ、ネルガ博士はまだマシな方だと思う。全裸の女性が無防備に眠っているのを見て喜ぶだなんて、なんて慎ましくて可愛いらしい趣味なんだろうか。

 それに比べると、眠っている人間の首を絞めてきた男なんて最低最悪のクズの極み――これ以上は止めよう。

 ちょっとした耐性は出来たけれど、最低な過去の一つ、という事実に変わりは無いのだから。


「――おまたせ」


 そうやって、嫌な記憶を振り払っていると、ネルガ博士がマグカップを両手に携えて戻ってきた。

 そのうちの一つを差し出されたので、大人しく受け取る。

 中身は、ブラックコーヒーだ。見ているだけで苦そうな色をしているが、漂ってくる香ばしい匂いが蠱惑的だった。


「ひょっとして、ブラックコーヒー苦手だった?」

「いえ……いただきます」


 何か気を遣わせてしまった、ような気がして、急かされるようにコーヒーを一口啜る。

 口の中に、香ばしい苦みと酸味と、舌を包み込むような甘味が拡がっていった――ちょっと待って。

 甘い?


「すまないが、午前中は無糖のコーヒーを飲む気になれなくてね。砂糖入れるのは習慣なんだ」


 どうやら、砂糖が入っていたらしい。

 今の私には、少しだけ嬉しいサプライズに感じられた。


 なにせ、久々なのだ。

 ちゃんとした形で、砂糖入りの何かを口にしたのは。

 いつもはもっと――吐きそうになる。


「……ひょっとして、砂糖入れるのが嫌いだったのかい?」


 ネルガ博士が、心配そうな表情を浮かべている。

 人の顔色を伺っているような、怖がっているような。

 私に嫌な顔をされるのが? なんてね。


「いえ、むしろ好きですよ。ほら」


 とりあえず、その場を取り繕うように、私は平気なフリをし始めた。


 砂糖入りのコーヒーを一口啜る。

 苦くて、甘い。

 自分自身の唇が、少しだけ緩んだような気がした。

 ――飲んでいる間は、嫌なことを忘れていられそうで。


「本当なら、お菓子の一つでもあればとは思うのだけれどもね、あいにく切らしてしまったんだ。もし今度があれば、事前に用意しておくよ」


 ネルガ博士が独り言みたいに喋る。

 私がもっと甘いものを求めている、と思ったみたいだ。どうしてそんな風に思ったんだろう。

 今は私は、どんな顔をしているんだろう。


「お、お構いなく……」

「そう? でも、用意しておくよ」


 そこで会話が途切れた。

 どちらともなく沈黙する。言葉のキャッチボールは中断され、静寂が部屋中に充満した。


 ネルガ博士は、コーヒーをちびちびと啜っている。猫舌なのか、時々「あちち」と小さな悲鳴を上げていた。それでも熱いコーヒーが好きらしい。


 私は、彼女に合わせるようにコーヒーを啜りながら、久々の平和というモノを噛み締めていた。平和。今の私にとってそれは、遠くにあるものでしかない。


 私とネルガ博士は、売春婦と春を買った客という間柄だ。それ以上でもそれ以下でも無い。安らぎは感じているが。


 ある男たちから脅迫されて、見知らぬ男たちに身体を売られるようになってからどれだけ経っただろうか。それなりの月日が経過していたような気がする。


 その間に私は、仕事として犯され、それがない時も犯されるといった生活を続けてきた。売春で稼いだ金は、脅迫してきた男たちの懐に入る。まるで家畜みたいだ。


 今の私は、ただ金になるからという理由と、嬲り甲斐があるという理由によって、男たちに生かされているだけだ。


 死んだ方がマシだと思うくらいに、惨めな生を続けている。


 ネルガ博士は、そんな私を一晩自由にする権利を購入した。

 それなりの大金を払ったらしく、


「しばらくは、つまらない仕事で稼ぐさ」


 と、セックスする前に、自虐的に笑っていた。

 その笑みが、なんとなく印象に残っている。


「? 何か私の顔についているかい?」


 彼女の顔をじっと見つめていたせいか、不思議そうな表情をされた。なんでもないと首を横に振る。


 ネルガ博士は、この国で一二を争うほどの賢者だ。政府を初めとして、困った人間は彼女に助言を貰いに行く(もちろん代金は必要だが)。


 そうして、彼女から貰った助言のほとんどが、事態を収束可能なほど適切なことで有名なのだ。


 それと同時に、この世界の根源を突き止めようとする、変わり者の哲学者という一面もあるが。そちらは突拍子もなさ過ぎて異端視されているらしい。

 そして、ゴシップでは女泣かせでも有名だった。


「――ネルガ博士は」


 ふと聞きたいことが浮かんできて、好奇心の赴くままに口が勝手に開いた。喉が震えて声が出る。

 一歩踏み出すように、問いかけた。


「どうして、私を……一晩買ったんです」

「――それはね、×××××君が可哀想だと思ったからだよ」


 そして、ネルガ博士はそう答えた。

 思考が少しだけ止まる。

 何を言われたのかよくわからなかったから。


 可哀想? 私が?

 私が可哀想だと思ったって?

 ――誰もそんな風に言わなかったのに?


「可哀想だよ」


 ネルガ博士は、端的に言う。

 彼女自身が私に対して感じたことを。真っ直ぐにぶつけて来るみたいに。


「以前から君のことは調べていたんだ。といっても興味本位で、断片的な情報を集めるだけだったがね。それでもまぁ、酷いモノだと思ったさ。加害者が被害者を脅迫した、というところから始まって、いつの間にか変態のレッテルを貼られて、人権を商品にされて、気が付けば大衆の欲望の捌け口、なんて官能小説みたいな話が本当にあるとはね」


 彼女は一口コーヒーを啜って、唇を濡らす。

 それが潤滑油になったのか、胸の奥から湧き出てきた感情に声に滲ませながら、続きを吐き出していった。


「しかも、彼女は搾取されるばかりで、そうなってしまった元凶に対する罰を誰も与えなかったのが最悪な話さ。変態に裁きを、って暴力を振るう人間がいても、誰もそれを咎めやしない。かつては咎められていたはずなのにね。なんだか、おかしな話だと思わないかい?」


 言葉は止まらない。

 本音は止まらない。

 声という形になったそれは、吐き捨てられていく。


「一応、この国には悪いことをした人間は、裁かれるようにと法律がある。でも、君が絡んだら、その法律は超法規的な何かで無効にされる。そんな馬鹿な話があると思うかい? 何も悪いことをしてない子が、正義面した気持ち悪い生き物に袋だたきにされているんだ。不条理な物語みたいで、あり得ない話だと思わないかい? ははは」


 ネルガ博士は、乾いた笑い声を上げた。

 楽しくないのに無理矢理笑っているみたいだ。まるで何もかもを馬鹿にしているように見える。


「――だから、私は可哀想だと思ったんだよ」


 そして、ネルガ博士はマグカップの中身を飲み干すと、私の方を見て真っ直ぐに言った。

 その目に浮かんでいるのは、本当の憐憫のように感じられた。私という存在を、正しく哀れんでいる。

 そう感じた。


 だからこそ、一つだけ疑問が残ったままだ。

 ――どうして、あなたは、私を抱いたんだろう?


「それは、簡単な話だよ、×××××君」


 ネルガ博士は、本当のことを言う。


「私は女の子が好きでね、これまで同性のお相手を満足させてきたんだ。そういったことにも才能があるって、自信がある。だからだろうな、可哀想な君の一晩を買うと決めた時から思ったのは。君を抱いた男たちよりも、うんと優しく、幸せに思えるくらいに抱いてあげようって。気持ちよくしてあげられるかもしれないって。私の方が、もっとって――」


 彼女は言いながら、偽善者みたいな笑みを浮かべている。まるで自分の何かを自覚したみたいに。

 誰かと比較して、自分の方が正しいと思うようになって、救ってあげられるんだと信じたのだと。

 それは、なんて独りよがりな善意なのか。

 だから、ネルガ博士は自分自身を嘲笑っていた。


「――そんな気持ち悪い話だよ」


 その笑みが、私には優しく思える。

 なぜなら、今まで私を抱いた人の中で、彼女が一番優しくて――まともな人のように思えたからだった。






「――この国は、もうおしまいだよ」


 久々の人間らしい朝食を終えた後、穏やかな時間がもう少しで終わろうというところでネルガ博士は、独り言のようにしゃべり出す。

 この国は終わり、なんて不思議な話を。


「色々と調べてみたんだ。どうして君がこんな酷い目に遭っているのか。不条理に対しての抑止が機能しなくなったのか。本当に、色々と調べてみたんだよ」


 彼女の目は、昏く蠢いていた。

 底のない沼のような、終わることのない夜のような、星が寿命を迎えるまで眠れないでいるような。

 無理矢理何かに喩えるなら、怨念のような虚無、だろうか。

 虫のように蠢いている。


「でも、どうしてだろうね。何もわからなかったんだ。わからないということがわかったんだ。それがどういうことかわかるかい? 調べても調べても、納得できないようなことが積み上げられているんだ」


 まるで、これまでの努力を踏みにじられたみたいに。


「かつて、この国には、もっと善人がいたはずなんだ。色々な歴史を積み重ねて、失敗して、成功して、世代を繋げていって、そうやって善意によって回る社会のシステムが築き上げられてきた。悪いことをした人が裁かれて、酷い目に遭った人は取り返しがつくものは取り返して。それが当たり前だった」


 ああ、それはネルガ博士にとって踏みにじられたと感じたんだろう。彼女は怒っていた。怒っているように見えた。


「――でも、気が付けば、善人だった人たちがおかしくなり始めていた」


 何かに怒っている。

 それは何にだろう。誰に対してだろう。

 もっと大局的な何かに対して、のような気もする。


「君だ。君が男たちに嬲られるようになってから、全体的に何かが狂い始めてる。君に変態というレッテルが貼られて、嬲り者にしても良いという空気が生まれてから……ずっと」


 世界だ。

 彼女が怒っている対象は。


「奇妙な話があった。この国には治安を維持する組織がある。私は彼らとは、多少縁があってね、何度か話をしたものさ。正義感があって、悪人を許さないという人と。人々の営みを守りたいという人間と」


 そして、その世界は、どうやらもう狂っていたらしい。


「――最近、彼らと会った時には、君を犯したいと世間話で語るようになっていた。あはは。奇妙な話だろう? あれだけ悪を許せないと言ってた人間が、君だけは例外で暴力を振るいたいと言い始めるようになるなんて。本当におかしいよ。狂ってるよ。脈絡がないよ。あはは。ふざけてやがる」


 まともだった人間が、狂人に変わった。

 何の脈絡も無く。文脈も飛び越えて。


「それからも、他にもまともだった人たちが、君を陵辱したいと、変態なんだから望む通りに暴力を振るおうと、そんなことを言う人たちが増えてきた。私は、彼らに対して色々と反論したよ。前みたいに、論理的に話せばわかってくれる。わからなくても、考えてくれるって。そう思って」


 でも、狂人に言葉は届かない。


「でも、彼らは私の方を気持ち悪い目で見るようになってきたよ。変態に肩入れするなんて、とか、俺たちの正義を邪魔するなんてとか。欲情していたのもいたよ。ははは。笑うしかないよ。なんだい、これは。これが、かつてまともだった人間の言うことなのかい?」


 ネルガ博士は、吐き捨てるように言葉を重ねていく。


「人間は醜い本性を抱えた生き物だってのはわかっていたさ。でも、それと上手に付き合っていくから人間なんだって思ってたさ。なのに、これはどういうことなんだ。いつから、人間は獣まで退行したんだ。調べてもわからない。ただ、それが徐々に増えていく……止まらない」


 その言葉は、彼女が何かを見限ったように感じさせた。


「×××××君。君は、国から逃げた方が良い」


 そして、ネルガ博士は突拍子もなくそう言った。

 窓の外から、遠く、時計の鐘が鳴る。

 もうお別れの時間だった。


「この国は、今弱者が弱者を踏みにじることが当たり前になりつつある。空気が淀んで、思想の流れが変わった。優しさの価値が下がったんだ。元々、そこまで良い国でもなかったけれど、積み上げてきたものを台無しにするくらいに、誰もが何も見えなくなってきている。まるで、この世界は暴力のような欲望に動かされているみたいだ。作り物のようにも感じるよ」


 もちろん、私もだったがね、と彼女は自虐的に笑う。

 昨日まで本当にどうかしていたよ、と。


「不思議な話だよ。まるで誰かが私の頭の中をコントロールしていたみたいだったさ。ひょっとしたら、神様だったかもしれない。神の不在を証明することは誰にも出来なかった。今となっては、そんな馬鹿馬鹿しい話も否定できない。まぁ、自棄になった私自身に問題があったかもしれないがね。いずれにせよ、この世の中は、もう正しく動いてくれないんだ」


 だから、とネルガ博士は立ち上がって、私のそばまで近寄ると、顎を掴んで唇に軽くキスをした。

 本当に優しいキスだった。


「この世界が神の作り出した虚構ではない、という保証はどこにもないんだ。運命が作られ、動き始めてしまった。もう誰にも止められない。私たちは……だから、」


 そして、それは今生の別れの言葉みたいで。


「君は逃げなくちゃいけない。いずれ隙を見て逃げるんだ。どこでだって良い。この国から、いや、運命から逃げるんだ。逃げて、逃げて、逃げ続けて、逃げ切ってしまうんだ」


 愛の告白みたいにも、思えた気がした。


「――そして、幸せになってくれ」


 そうして。

 私とネルガ博士の逢瀬は、終わりを告げた。


 それが最初で最後。


 ネルガ博士が処刑されたと知ったのは、それからしばらくしてからだった。


 政府を貶めるような思想を発表し、王族を侮辱した……という罪によるものらしい。

 裁判どころか逮捕されることもなく、自宅から引きずり出されてからすぐに処刑された。遺言を遺す間もなかったらしい。彼女の財産は、政府が回収したそうだ。


 ――まともな人が死んでも、私はまだ生きている。


 その後、私は×××××という名前を捨てて、赤ん坊と一緒に逃げ出して、安住の地を見つけた。

 雑貨屋の人たちと仲良くなって、村に少しずつ溶け込んで、少年に淡い恋心を抱くようになった。


 幸せだったと思う。

 そうだ。私は幸せだったのだ。


 ネルガ博士の祈りと願いに応えていたみたいに。

 本当の意味で。


 ――ああ、ところで。


 どうして、私は、そんな昔のことを思い出しているんだろう。

 もう幸せはないのに。

 また運命から逃げているのに。

 どうしてなんだろう。


「――ネルガ博士。教えて、ください」


 記憶の中で、永遠の姿を保っているネルガ博士に問いかける。優しそうな笑みは相変わらずだ。

 でも、彼女は何も答えてくれない。

 少年と同じように、もう死んでしまったのだから。


 だから、走る。駆ける。逃げる。


 ――私は逃げ続けることで、湧き上がってくる息苦しさを誤魔化すことしか出来なかった。

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