祝いのシャンパン
猛流が訪れてくるのは、いつも真夜中だった。
たまにあちこちにキズを負っては訪れるので、沙恵はからかいながら治療してやるのだった。
カチャッ☆
その夜、7日ぶりに猛流は沙恵の部屋を訪れた。
彼女は相変わらずの笑顔で招き入れた。
素早く部屋の中へ入ると、すぐに沙恵を抱きしめた。
そして軽く口づけをすると、奥へ入った。
「今日はどこも怪我してない?」
「残念だったな。 今日はピンピンだ!」
沙恵は、猛流の鍛えられた腕が大好きだった。
「なぁんだ。 ハハハッ、嘘嘘。 よかった、無事で。」
彼女はキッチンに向かうと、グラスを2つ持ち、もう片方の手にはシャンパンのボトルを持ってきた。
「どうしたの、それ?」
何が起きたのかと戸惑う猛流の前にグラスを置き、彼の横に座ると、シャンパンを注いだ。
「猛流は忘れてると思うけど、今日はね、猛流と私が初めて出会った日なんだよ。」
「え! マジで!?」
驚く猛流にグラスを渡すと、沙恵は続けた。
「驚きついでに言うと、今日は私の、22回目の誕生日なの。」
「えええええっ!!? ングッ!!」
沙恵は慌てて、びっくりして声を上げた猛流の口を塞いだ。
「こらこら… 近所迷惑!」
「いや、だって、ほら、そんな。」
探偵のくせに、沙恵の事になると自分を失う猛流。
そんな姿に笑う沙恵。
「まぁまぁ。 ということで、お祝い!」
沙恵はグラスを顔の横まで上げ、にっこりした。
やっと落ち着きを取り戻した猛流は、フッと息をついた。
チンッ☆
グラスを合わせると、猛流は少し口に含んだ。
「俺、酒飲めないんだ。」
「そうなの?」
見ると、沙恵のグラスの中のシャンパンはあとわずかになっていた。
「え? 飲めるの?」
「え? 飲めないの?」
「ずるいよ。」
「何でよ??」
2人は笑いあった。
わずかな時間の積み重ねではあったが、もうあれから1年になるんだ。
「ごめんな、いつも寂しい思いさせて。」
「それは言わないって約束したでしょ。 それより、少しの時間でも良いから、元気な顔を見せてくださいね。」
「ああ、分かってる。」
猛流はもう一口飲むと、グラスを膝の上に乗せた。
「じゃあ、去年の誕生日は祝いどころじゃなかったんだな。」
「そうよ。 大怪我した人を助けてたら、誕生日なんてあっという間に過ぎちゃったわ。」
沙恵は2杯目を飲み干していた。 頬にはほのかに赤みがかかっていた。
「な、そんなに飲んで大丈夫なのか?」
猛流が心配になって聞くと、少し目が据わりかけた状態で猛流を見つめた。
「わかんない。」
『やばい!』
と思った猛流の前には、だいぶフワフワしている沙恵が足をブラブラさせていた。
「だ…大丈夫か?」
「ん?」
くるっと猛流を見ると、いきなり彼女は彼の首に抱きついた。
「え? おい?」
沙恵は猛流の首筋に唇を付けると言った。
「私はずっと大丈夫だから。 猛流は心配しないで。」
その声は、酔った声なんかではなかった。
「沙恵?」
「…」
動かない沙恵の頭を、優しく何度もなでてやった。
猛流が居られる時間は、あとわずかだった。




