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どこにも行かない

駅の構内を通り抜けて裏口に出ると、イルミネーションが包む中を2人は歩いた。

その賑やかな灯りも次第に少なくなり、少し開けた公園のようなところへ出ると、沙恵の目の前には、違う光景が広がった。


「うわーーー!!」

沙恵は思わず声を上げ、悠馬を離れた。

彼女の前には港が広がり、向こう岸にはキラキラと何色にも彩られた建物や船が水面にも映り、ユラユラと揺れていた。

「すごい、綺麗!」

フェンスまで駆け寄ると、沙恵は惹きつけられるようにその景色を見つめた。

その様子を後ろから見つめながら、悠馬はゆっくりと近づいた。

周りにはいくつものカップルが寄り添って、その景色に見惚れていた。

「こんな素敵なところがあるなんて知らなかった。」

沙恵は笑顔を輝かせながら振り向いた。

「ありがとう、悠馬!」

悠馬は微笑みながら沙恵の横に並んだ。

「たまには、表の世界に出ないとな。」


2人を海風がなでていた。

しばらく遠くを眺めていた悠馬は、口を開いた。

「俺のこと、どう思う?」

「え?」

突然の問いに、沙恵は驚いた。

「えっと…女たらしで、いつもフラフラしてて…」

そこまで言うと、少し口調を改めて言った。

「でも仕事はちゃんとこなしてて、頼れる人。 それに、猛流が頼ってた人だもの。 信じれる人だと思う。」

悠馬は、ゆっくりと沙恵を見、珍しく真面目な口調で言った。


「俺は、猛流の代わりにはなれない?」


「え?」

悠馬は視線を遠くへやった。

「ずっと、君はアイツの事を忘れられないかもしれない。 俺も同じだ。 罪に思う気持ちはもちろんだけど、仲間として、忘れられない思い出もたくさんある。」

沙恵はジッと聞いていた。

「だから俺はアイツの為に、君を探し出し、一緒に事件を解決すれば、少しはアイツに返すことが出来るんじゃないかと思った。」

「私もどこかでそれを望んでた。 誰かに答えを教えて欲しかった。」

沙恵は海風に吹かれた。

「悠馬には、本当に感謝してる。」

「いや、感謝するのは俺のほうだ。 俺とアイツをまた、繋げてくれた。 それに、俺の命を何度も助けてくれた。」

「そんなの、当たり前のことをしただけよ。 それにもう…失いたくないもん。 大事な命…」


「そんな事言うから!」


悠馬が急に口調を荒げたので、沙恵は驚いた。

「アイツが羨ましくて…憎くて…でもアイツを裏切りたくなくて…」

「悠馬?」

沙恵は彼を落ち着かせようと手を伸ばした。

「俺は、君の…猛流の代わりになりたい!」

沙恵の手が止まった。

悠馬の目に十字架が映り、すぐに振り切るように背を向けた。

もうここから逃げ出したかった。

その背に向かって、沙恵は言った。


「どこかへ、行ってしまうの?」

そして、その袖をつまんだ。

「私は、猛流の事を忘れない。 一生。 でもそれは引きずるためじゃなく、前を向くため。 あなたに会わなかったら… いえ、あなたが私を探し出してくれなかったら、前には進めなかった。」

悠馬は、背を向けたままじっと聞いた。

「私は、大切な人を見つけたの。 ここに。」

悠馬はゆっくり振り向いた。

沙恵はうつむいていた。

お互いの事について素直に話すのは、初めての事だった。

でも今この時を逃したら、次は無いと分かっていた。


悠馬はおもむろに右のポケットに手を突っ込んだ。

さっきまで沙恵の手が入っていたそれとは別の方だった。

そして小さな箱を取り出すと、沙恵の手のひらに渡した。

「?」

沙恵は彼を見上げた。

そこには、照れたように優しく微笑む悠馬の顔があった。

「俺、大切な人に渡すものは、指輪が良いと思っていたんだ。」

「大切な… あっ!」


沙恵は思い出した。

あの時アヤミと宝飾店へ入っていった姿。

アヤミが語った『大切な人』の存在。

「これ、アヤミさんのお見立て?」

言われて悠馬はひどく驚いたように後ずさりした。

「!な…なんでアイツの事を!?」

慌てる悠馬にクスクスッと笑うと、

「何でもない。」

と、手のひらの箱を見つめた。 そして

「開けていい?」

と言うと、悠馬はまだ戸惑っている様子で頷いた。


細いリボンと包装紙の中から、小さな白い箱が現れた。

ゆっくりと開けると、中にまた小さな宝石箱。

パカッと開けると、やっとシルバーのリングが現れた。

まるで産声を上げるように、対岸のイルミネーションを反射してキラキラと輝いた。

「ありがとう。」

素直な言葉に、悠馬は彼女を抱きしめた。

「どこにも行かないから。」

そう言うと、壊れやすいものを扱うかのように、温める様に彼女を抱きしめた。

その腕の中で沙恵もまた、安心できる場所に帰った気持ちでいた。

辺りは祝福ムードで、もう間近な新年へのカウントダウンにざわめき始めていた。


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