生きてくれ!
後を任されたとはいえ、何か仕事が出来るわけでもなく、特にすることがなかったので、沙恵はこの建物を探索してみようと事務所を出た。
まさか3階まで所有していたとは…
沙恵が3階横の階段を上がり、扉を開くとそこは屋上だった。
「え? てことは、ビル丸ごとー!?」
頬をなでる風に気づき、見上げると、星がちらほら輝き始めていた。
「もう、こんな時間か…」
近くのフェンスにもたれかかるように座ると、改めて空を見上げた。
もうどれ位ぶりだろう。 空を見たのは…
森の中は暗くて、夜になると木々の間からたまに月が覗いた。 わずかな月明かりに照らされ、小さな泉で体に付いた血を流していたのを思い出した。
「私は一体…どれだけの血を流したんだろう…」
急におう吐感に襲われ、嗚咽と共に涙が溢れた。
取り返しの付かない事をしてしまった。
何の罪も無い人を、この手に掛けた。
転がり、増えていく遺体を弔うこともせず、ただひたすらに森に入る人にナイフを突き立てた。
沙恵の体が震えた。
「何でこんな所に…」
今頃になって、自分を責めた。
のうのうと生きている自分を悔いた。
震える身体を抱きしめ、沙恵は動けないで居た。
猛流は、こんなことを望んでいたわけじゃない!
どれだけの時間が経ったのだろうか…。
悠馬が帰ってきた。
事務所にも部屋にも沙恵の姿が見えず、もしかしてと屋上へ上がった。
そして片隅にうずくまる沙恵を見つけると、その普通ではない状態を察し、急いで駆け寄った。
「どうしたんだ、沙恵!?」
肩を抱き起こすと、沙恵は涙を流しながら震えていた。
固くなった身体は、悠馬を拒絶するようだった。
「沙恵!!」
フッと悠馬に気づいた沙恵は、大きく目を開いた。
「私、なんて事をしてしまったんだろう…なんて事を…」
「落ち着け! 一体、何があったんだ?」
沙恵は震えながら、ゆっくりと話した。
自分がしてしまったことへの後悔。
話を聞くうち、悠馬も状況が理解できた。
そして、沙恵の体を抱きしめた。
「沙恵、自分を責めるな! 頼むから!!」
悠馬の腕の中で、沙恵はいつまでも震えていた。
沙恵が落ち着き、部屋でやっと眠りに付いた頃、悠馬は自分の部屋で眠れずにいた。
『沙恵、お前が背負っているものも分かる。 俺も、猛流に対して何度自分を責めた事か… いつか帰ってくると思って、待つことしか出来なかった。 やっと願いが叶ったと言えば、アイツと片付けられなかった仕事の終了と、アイツの墓参りか…』
苦笑いをして、悠馬はベッドに沈んだ。
翌日、事務所に現れた沙恵は、ソファに座り込んだ。
悠馬は、うつむいたままの彼女の前にコーヒーを差し出した。
「少しは落ち着いたか?」
「…どうしたらいい?」
「…」
悠馬は黙っていた。
「私、どうしたら、償える? やっぱり、死…」
「沙恵。」
悠馬は言葉を遮った。
「沙恵、君は森の中で、本当に取り返しの付かない事をした。 確かに許されない行為だ。 でも、他にどうすることも出来なかった君の気持ちも分かる。俺には人を裁く権利は無いから、君をどうこうすることはしない。ただ…」
悠馬はまだうつむいたままの沙恵を見つめた。
「生きてくれ。」
沙恵は顔を上げた。
「君が奪った命の分までその罪を背負って生きるのが、君がしなきゃいけない事だと思う。」
沙恵の瞳には涙が溢れそうになっていた。
「君がそんなに泣く子だとは思わなかったよ。」
悠馬は彼女の横に座って優しく涙を拭いてやると、続けた。
「それに、猛流は最後に君を選んだんだろ? なら、君はアイツの分まで生きなきゃ。」
優しく見つめるその笑顔に、沙恵の心は温まるようだった。
「…ありがとう。 あなたが居なかったら、私、今頃…」
「君と同じように、俺も罪を背負って生きるさ。」
沙恵の心が、少しだけだが軽くなった。
1日休みをもらうと、翌日から調子を取り戻した。
悠馬の助手として、働くことになった。
とはいえ、たいして覚えることは無かったが、奔放な悠馬の行動に振り回される事もしばしばだった。




