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新しい生活


沙恵にとって、新しい生活が始まった。

しばらくの間は事務所の2階で悠馬の部屋を借りていたが、そう長く世話になるわけにもいかない。

沙恵は不動産屋から大量の貸家のチラシを貰ってきた。

ドサッと長机に置き、ひとまずお茶を…と用意して振り向くと、ついさっきまで机に積まれていたチラシの山が消えていた。

「え!? 何で??」

バサッという音にその方向を見ると、そのチラシの束を丸ごとゴミ箱に入れる悠馬が居た。

「!! 何するのよっ!!?」

驚いて駆け寄る沙恵に、悠馬はきょとんとした顔で言った。

「こんなの、要らないでしょ?」

「そんなわけないじゃない。 いつまでもやっかいになんてなってられないわ。」

「じゃあ、本気で住めば?」

沙恵は悠馬の言葉に混乱した。

「そんな。 あなただって、毎晩外で泊まってるんでしょ? そんなの申し訳ないわよ。」

悠馬はハハハッと笑った。

「ちょっと来な。」

と沙恵を2階へ招いた。


そして、部屋の奥の扉を開いた。

それは、武器が入っているから開けるなと言われ、一切手を触れなかった扉だった。

「あれ?」

その向こうに、もうひとつ階段があった。

悠馬はそこを上がり、沙恵も後についていった。

「え、ここは…」

沙恵が見たものは、今まで使っていた部屋と同じ間取りの部屋だった。

「え…どういうこと?」

あっけに取られる沙恵の前で、にっこりとベッドに座る悠馬。

「こういうこと。」

「じゃ…じゃあ今まで、私の上の階で寝泊りしてたってこと?」

「いや。」

「へ?」

沙恵の頭は完全に混乱していた。

「じゃあ、この部屋は…?」

悠馬は感慨深そうに部屋を見回した。


「猛流が使ってた。」


「え!」

沙恵は驚いた。 悠馬は続けた。

「ずっと使わずに、掃除だけしてた。 だから当時のままだ。 今日から、こっちに引っ越してくれないか?」

「悠馬は?」

「今まで君が使ってた下の部屋に住むよ。 もともと、俺の部屋だったんだけどな。」

立ち尽くしたままの沙恵の頭をポンポンと叩き、悠馬は部屋を出た。

残された沙恵は、部屋を見回した。

必要なものしか置いていない、極めてシンプルな内装。

「ここに猛流が…」

ゆっくりとベッドの端に座ると、シーツをなでた。

『悠馬は何のために、ここを残しておいたんだろう……もしかして、いつか帰ってくると思って…?』


猛流の死は、沙恵だけが看取っていた。

悠馬は彼が死んだと思わず、待っていたんだろうか?

沙恵は、悠馬の猛流に対する気持ちがなんとなく分かってきたような気がした。


早速沙恵は、猛流の使っていた部屋へ引越しを始めた。

と言っても、移動させるのは消耗品ぐらいのもので、ものの1時間程で引越し作業は完了した。

落ち着いた頃事務所に戻ると、悠馬はパソコンに向かって作業していた。

下りてきた沙恵に気づくと、手を止めた。

「悠馬、話があるんだけど。」

「何?」

「私、自分の部屋に行くために、いちいちあなたの部屋を横切らなくちゃいけないの? なんか不便なんだけど。」

「俺は構わないけど…じゃあ…。」

悠馬は立ち上がると、沙恵を事務所の外へ連れ出した。

そして廊下横の階段を上がり…上がり…


カチャッ☆

「外から入れるから。」


「はよ、言えっ!」

バシッ☆


頭を押さえる悠馬を置いて、沙恵は先に事務所に戻った。


☆☆☆


沙恵が事務所に戻ると、1人の女性が扉の前に居た。

「? お客さん、ですか?」

女性はゆるいカールの茶髪をゆらして振り向いた。

細身の体に、ビシッと赤いスーツがよく似合っていた。

それ以上何も言えず立ち尽くす沙恵の後ろから、悠馬の声がした。

「あれ、レイちゃん、どうしたの?」

「悠馬〜!!」

レイと呼ばれた女性は、悠馬を見るなり沙恵を突き飛ばし彼に抱きついた。

「え、どういうこと?」

戸惑う沙恵の横を、2人は外へと向かった。

そして振り向いた悠馬は、

「あと、頼むわ。」

バイバイと手を振りながら、街へと消えた2人。

沙恵は事務所の扉をバタンッ☆と力いっぱい閉めた。

「何となく分かった…」

悠馬の部屋を沙恵が使っている間の、彼の行き場所…。


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