交差と連鎖[3]
マウロが追いついた時には、少女は男たちと既に立ち回りを演じていた。
見れば少女は帯剣しており、果敢に男たちと戦っている。少女の剣の腕はなかなかのもので、刀剣の扱いだけを比べるならばマウロなど足元にも及ばないほどの腕前を持っているだろう。
一対一であれば少女に軍配が上がったのかも知れないが、多勢に無勢、少女のほうが明らかに分が悪い。
マウロは呼吸を整え、わざとがさがさ音を立てながらその場に割って入った。
「ちょいと待ちなよ、おっさん方」
間延びしたような、その場にそぐわぬのんびりした声に男たちが殺気立って振り返る。
「何だてめえは!!」
「そうだなぁ……。弱きを助け、強きをくじく正義の味方……なんてな」
よく言うぜ、俺! などと心の中で自分にツッコミを入れながら、マウロはわざとらしく笑った。
「邪魔すると……、!?」
リーダーらしき男の威嚇の言葉は途中で途切れ、驚きに呑んだ息の音に変わった。
ニヤニヤと笑いながら、だが正確に、マウロは手近にいた男の腹に拳を叩き込んだのだ。
「ぐ……ぅ」
呻いて崩れる男の背に肘を落とし、そのまま別の男に蹴りを入れる。
突然現れた男から次々に繰り出される拳や蹴りに、驚きと慢心で目を瞠った悪党どもはあっという間に全員地面に伸びてしまった。
「逃げるぞ!」
最後の男が倒れた瞬間、マウロはあっけに取られて立ち尽くしていた少女の、剣を持たない腕を掴んで駆け出した。
武器がない以上、いくら腕に覚えがあっても限界というものがある。
マウロは逃げるが勝ちと判断したのだった。
どのくらい走っただろうか。
マウロに手を引かれるままついて来ていた少女の苦しげな呼吸に慌てて振り返り、ゆっくり速度を落とす。
上手く撒けたようで、男たちの声も気配も全くしなかった。
「悪いな、少し休もう。大丈夫だったか?」
声をかけ、マウロは辺りを見回すと少し離れた場所に倒木を見つけ、そこに少女を座らせた。
黙ったままうつむいて呼吸を整えていた少女は、やがて顔を上げた。
恐る恐るマウロを見上げた少女の視線は、どこか値踏みするようでもあった。それもそうだろう、少女にしてみれば単に新手と思われても無理からぬ状況だ。
だがマウロはそんな視線にも気づかず、愕然と目を見開いて少女の顔を見つめていた。
驚きがそのまま口からこぼれ落ちる。
「エウフェーミア!?」
癖のない白銀の長い髪、菫の色をした意志の強そうな瞳、美しい面立ち。そしてズィールを治める領主直属の兵である証の、白地に黒で縁取りされた軍服。
顔をまじまじと見たことがあるわけではない……が、似すぎていた、少女はフィクティラス砦の守備隊長を務めていた女兵士エウフェーミアに。あの女に。
「えっ」
少女は驚いたように紫の瞳を見開いた。
……ンなわきゃねえよな、とマウロは心の中で呟いた。
大体、目の前の少女はあくまで少女、年の頃は十四、五といったところだろうか。エウフェーミアは二十四、マウロと一歳しか変わらないはずだ。
他人の空似と片づけようとしたマウロだったが、少女の不思議そうな声がそれを遮った。
「どうしてわたしの名前を知っているの?」
「ハァ!?」
自分でエウフェーミア、と呼びかけながら、だがマウロは驚いて大声を上げながら目を剥いた。
その様子に首を傾げ、エウフェーミアという名前らしい、少女はしばらくしてうつむいた。
「そうか……、わたしを知っているから、追いかけてきたんだものね……」
でももう走れない。
小さな呟きは震えていた。
「いや、違う違う! 俺はあんたのことなんて知らない、何か追われている様子だったから、つい助けちまっただけだ!」
慌てて否定したマウロの顔を、少女は再び顔を上げて見た。
その瞳は真っ直ぐだ。
「でも、わたしのほうが悪い事をしたのかも分からないのに?」
冷静な言葉にマウロは少しだけ斜め上に視線を向けて呟く。
「そうか……、そいつは考えもしなかったな……」
少女は堪え切れない、というようにくすっと笑いを漏らした。
マウロも彼女に視線を戻し、笑った。
「でも、まあ、あの男たちのほうが悪そうだったしな。お嬢さんみたいに綺麗で分別もありそうな子が、あんな奴らに追いかけられるような悪事をはたらくとも思えねえ」
褒められて照れたのか、走り続けて上気していた頬に更に赤みが増した。
だがすぐに首を傾げ、疑問を口にする。
「それなら、どうしてわたしの名前を知っていたの?」
「……あー……、いや、大した知り合いでもないんだが、あんたによく似た女を知っていてな。あんまり似てたもんだからつい名前が出たんだが、まさか名前まで同じだとは思わなかったよ」
ははは、と乾いた声で笑う。
そうなの、と少女は呟いた。
「ところで、どうしてあんな奴らに追われてたんだ?」
マウロは話題を変えた。
エウフェーミアという名の少女は少しだけ視線を落とす。
マウロのことを信用してもいいと判断したのかどうなのか、やがて口を開いた。
「わたしの父は、ジェローラモ様に仕える兵士長で、わたしは見習いで最近グルビナの兵学校を出たの。見習いはしばらくの間、兵士長についてあちこちを回るわ。それで、ビェリークの見回りにも同行したのだけど……」
「戦争中だってのに、のん気なもんだなぁ」
マウロは呆れた。
やはり彼が予測したように、あの切り立った影はティラード、近くにビェリークもあるようだ。意外に早くスタンたちと合流できるかも知れない。
いや、だがおかしい。
ジェローラモとは、誰だ? バルダッサッレの前の領主は確かジェローラモといったはずだが、とうに亡くなったはずだ。他に軍を動かせる立場の者でジェローラモという名を聞いた覚えはない。普通に暮らしている分には必要ないが、敵対関係という立場にある以上、ズィールの主だった権力者の名前は記憶しているはずだったが。
「何を言っているの? 一体どこで、戦争をしていると言うの?」
きょとんとした目で、エウフェーミアはマウロを見た。