交差と連鎖[2]
気がついた時には、今この場所、どことも分からない森の中にいた、というわけだった。
「原因は……あいつらか……」
思わず呟いたが、他に考えられない。
辺りを見回したが子供たちもローブの女の姿もなかった。
マウロだけが、この森に転移されたらしい。落ち着いて考えればあの三人は魔法使いだったのだ。魔法使いは、瞬時に別の場所に移動することができると聞いた。他の人間だけを飛ばすことまでできるとは想像しなかったが、きっと自分が移動できる者なら応用で別の対象を移動させることも大した事ではないのだろう……だが。
大迷惑もいいところだ。
というか、どうも子供たちの狙いは最初から自分だったようで……。
「俺、何かしたか……!?」
心当たりがない。
いや、『エジステンツァ』を名乗りバルダッサッレに与する人間の荷を奪ったことなら数え切れないくらいあるし、そもそもが戦に身を投じ、敵兵の命も奪ったし味方も命を落とした。恨みなら背負い切れないくらい買っているのだろうが、それでもあんな見ず知らずの子供たちにこんな訳の分からない仕打ちをされるような心当たりは全くない。
そして何かを子供たちに言ってた「おじさん」ってのは、一体誰だ。その「おじさん」とやらのせいで、俺はこんな目に遭っているのか。
「とりあえず、ここはどこなのか、分かりゃいいんだがな」
呟いてマウロは思考を切り替えた。
分からないことを、一人でいつまで考えていても答えなど出はしない。
それよりも、この場所のことを知らなければ。ヴァスラトゥームの領内なのか、それとも別の国なのか。財布は懐に入っているが、ヴァスラトゥームでないとすればその金も意味を持たないかも知れない。そもそも言葉は通じるのか……。
「ま、考えてもしょうがねえか」
マウロは空を仰いだ。
日はとっぷりと暮れ、夜空には星が瞬いている。月は針金のように細い。
確か昨日はちょうど新月だったな、と考えたマウロの心に、ふっとある思いがよぎる。
もし、新月が昨日じゃなかったら。もう何日か前の、あの夜だったら。何か変わっていたのだろうか?
──いや、きっと変わらなかっただろう。
それよりも、今の自分の状況だ。
もう一度、細い月を見上げる。それからマウロは苦笑した。新月の翌日、つまりは月の光もか細く、知らない森を歩くには心許ないということだ。
遠くに高くそびえる切り立った崖のような形をした影が見える。
「あれがティラードだとするなら、ビェリークの近辺ってことになるが……どうだかな」
顎に手を当て、マウロは考える。
夜の闇に森の木々を透かして見えた影だけでは到底判断できない。だがそれ以上の材料もない。
ティラード山脈は、ヴァスラトゥーム王国の南西の海沿いと中央へ向かう陸地とをかなりの広範囲で分断している高く急な岩山だった。ビェリークは分断された海側の土地の中で最も大きな港町で、長年続いたトンネル工事が八年前に完成するまで、海側の土地へは別の港町からビェリークへ船で渡るしかなかったのだ。
ティラードとビェリークの位置関係を頭の中の地図で確認し、マウロはビェリークかも知れない方向へと、歩き出そうとした。
「!?」
だが不意に気配を感じ、マウロは鋭い視線を辺りに走らせる。『エジステンツァ』の頭目として培ってきた勘は、人の気配に敏い。
と、突然、遠く離れた茂みがざっと音を立て、そこから白銀の髪をなびかせた少女が走り出てきたのだ。
少女はマウロに気づくこともなく、駆け去っていってしまう。
そしてすぐに、柄の悪そうな男たちが数名、その後に続いた。
「……何だあ? 一体……」
呟いたマウロの耳に、男たちのものらしい声が聞こえてきた。「あのクソガキ、ちょこまかと」「何なら足の一本も奪って動けなくしてやれ」と。
「はぁん……そういうワケね」
マウロはニヤリと笑って少女と男たちの後を追って走り始めた。
傍から見れば山賊の頭目であるマウロだが、そうしているのはバルダッサッレの圧政に抵抗するため。本来は困っている相手を見ると放っておけない性格なのだ。
逃げる美少女──顔は見えなかったが、そういうことにしておく──と、その命を狙う悪党ども。
「ここは、このマウロ様が一肌脱がないわけにはいかねえよな」
自分の置かれた状況をしばし忘れ、マウロは楽しげに、だがかなりの速度で男たちを追い始める。
それは現実逃避だったのかも知れない。
だが、途中でハタと気づいて顔を引き攣らせた。
「……ヤベェ、俺、丸腰じゃねえか……」