交差と連鎖[1]
「……は。一体どこだぁここは?」
マウロは呆然と辺りを見回していた。
錆び始めた黄金のような短い髪は夜の微風に吹かれて小さく揺れている。茶褐色の瞳は驚きに大きく見開かれていた。
ついさっきまで、自分はフィクティラス砦の中にいたはずだ。
砦を奪い、生き残った敵兵を牢に押し込めたのが昨晩。そして今回の戦いで命を落とした者たちを砦近くの丘の上に弔い、戻ってきて夕刻になった。それから夕食と入浴を済ませて、夏場の長い陽も西の空に沈んだくらいの刻限だっただろうか。
石造りの建造物の中にいたはずが、周囲はどう見ても木々に囲まれた深い森の中へと一瞬で変じていた。
「ど……、どうなってんだこりゃあ!?」
マウロは半ば動転している。
それはそうだろう、生まれて二十五年、バルダッサッレに与する隊商を相手に山賊まがいの略奪を行う『エジステンツァ』を組織してからも二年。こんな奇怪な事態に巻き込まれたことなどない。
「待て……、待て。落ち着け」
マウロは独り言を漏らしていることにも気づかずに右手を開いて胸の前に掲げ、大きく深呼吸を繰り返した。
女だてらにフィクティラス砦の守備隊長を務めていたエウフェーミアとは、顔見知り程度ではあるが知らぬ仲でもない。エウフェーミアは隊長を任されるだけあり非常に腕が立つ。砦の守備隊長という立場もあり、彼女は地下牢でも最も奥に単独で収容されていると聞いた。
ふと思い立ち、嫌味の一つも言ってやろうと地下牢に向かった。
途中の廊下で、マウロたち『エジステンツァ』が現在身を寄せている軍の中心人物であるスタンとばったり出会い、話したいことがあると言うので行き先を変更しようとした時だった。
唐突に、見たことのない子供が二人、目の前に現れたのだ。
一人は亜麻色の髪の男の子、一人は長い黒髪を下ろしたままにしている女の子。色違いで揃いのフードをかぶり、ローブを身に着けた二人は同じくらいの年齢に見えた。子供の年はよく分からないが、恐らく八歳から十歳くらいだろうか。
「!?」
マウロはギョッとして立ち止まる。
反乱。内戦。呼び方は色々あるが、つまり自分たちがしているのは規模は小さいかも知れないが戦争で、いくら何でもここまで小さい子供は参加していない。一番若くてもスタンの連れであるメルの、十三歳だろう。ということは、この子供たちは外部から侵入してきたということになる。……厳重な警備をしている、この砦に?
驚いたのはマウロだけではなかった。
「おい、お前たち、一体どうやって入った!?」
スタンが警戒しながら二人に声をかけると、子供たちはきゃっと楽しげな声を上げて廊下を駆け去っていく。まるで鬼ごっこでもしているような様子だ。
「マウロ、話は後にする!」
スタンはそう言い置くと、正体不明の子供たちを追って廊下を走って行ってしまった。
「……」
取り残されたマウロは、所在なげに短い金茶色の髪に触れ、それから当初の目的を思い出して再び地下牢に向かって歩き出す。訳の分からない光景を目にしてしまった今、何だか、もうどうでもいいような気もしていたのだが。……大体、今更あの女に嫌味を言ったところで何が変わるわけでもない。
地下への階段を下りる度、コツコツと足音が響く。
と、またあの子供たちがマウロの目の前に現れたのだ。
「な……、一体何だってんだよ!?」
流石に薄気味悪さを感じ、マウロは半歩身を引く。
スタンは撒かれたのだろうか。あのスタンが。
すると今度は、もう一人現れた。
頭の先から全身を薄紅色のローブで覆った、恐らく女。ローブから少しだけ覗く髪は男の子と同じ亜麻色で、フードの下に王冠のような物でもかぶっているのか、不自然に頭の上が二ヶ所、盛り上がっている。
「いい加減にしなよ。おかしな事になる前に帰るんだ!」
強い口調で言ったローブの女の声はまだ若く、背格好からしても少女といっていい年代のように感じた。
「ダメだよ!」
男の子がローブの女の言葉に反論すると、女の子のほうもそれに加勢する。
「だって、おじさん、言ってたもん!」
そして子供たちは互いに頷き合い、唖然として見守っているしかなかったマウロの方へと振り返った。
「な……、何でしょう?」
口元を引き攣らせて尋ねてみるが、子供たちは答えない。
男の子の右手と女の子の左手が合わさる。
「あっ……、こら!」
ローブの女の慌てたような声が聞こえた気がしたが、既にそれは遠くにあった。
記憶が途切れ──。