連れ出す手[4]
翌日の午後。
スタンに案内されて辿り着いたのは、深い森を抜けた先、オルトローサが時折買い物に来るというエフルド村の外れにある集会所だった。
集会所というだけあってそれなりの人数を収容できそうな建物だったが、木造のそれは大分古びてあちこちガタがきていそうな様子だった。
「スタンさん! 一体今までどこに!?」
集会所の扉を開けると、玄関付近にいた男が驚いたように声を上げた。
それを聞きつけたのだろう、廊下の突き当たりにある大きな扉が開いて、中から十二、三と思われる少年がまろび出てきてスタンに駆け寄る。
「スタン! 三日もどこに行ってたの!?」
先ほどの男とほとんど変わらぬ内容の問いを発しながら、少年はスタンに抱きつくようにしてその顔を見上げた。
やや緑がかった灰色の髪は短く、品がいい、とはこういう者のことを言うのではないか、と世間を知らないルドミラが感じるような身なりと顔立ちの少年だった。緑色の瞳は、未だ翳りを知らないのではないかと思える。
口調から察するに、どこかいい家の子息か何かのようだ。スタンは女王直属の部隊長だと言っていた。この少年も騎士見習いか何かで、スタンの下で学ぶために同行しているのかも知れない。それにしては、かなり年上であるスタンを呼び捨てだったりと疑問に思う点がないわけではないが、単純に身分の問題の可能性もある。ルドミラには分からないし、興味があるわけでもないが。
「ああ、悪い……」
きまり悪そうに笑いながら、スタンは入り口で立ち尽くすルドミラとゲルハルトを振り返る。
「新しい協力者を連れてきた。人を集めてくれ」
スタンが入り口にいた男にそう命じると、男は即座に頷いて集会所のあちこちの部屋を回って声をかけ始めた。
「さあ、こっちだ」
スタンは先ほど少年が飛び出してきて開いたままの扉を軽く片手で示すと、さっさと歩いていってしまう。少年もその後に黙ってついていった。
「……」
面倒臭いな、と思いながらルドミラも突き当たりの部屋に向かって歩き出す。
ゲルハルトもやや急ぎ足でルドミラの隣に並び、彼女に歩調を合わせた。
「緊張しますね」
ゲルハルトが囁く。
「別に」
素っ気なくそう答え、ルドミラは部屋に入った。
本来は村の集会を行う部屋なのだろう、恐らくこの建物の中で一番広いであろうその部屋には大きな丸テーブルが置かれ、机に向かって沢山の椅子も配置されていた。
スタンは当然のように、部屋の入り口から見て奥側、中央の席の椅子を引く。
少年がスタンの席の隣に座った。
「ゲルハルトとルドミラも、こっちに座ってくれ。他の奴に紹介する」
スタンが手招くので二人は従い、スタンを挟んで少年の反対側にゲルハルト、ルドミラの順で座った。
「ぼくはメル。よろしく」
身を乗り出してこちらを向き、少年が名乗った。
「僕はゲルハルトです! こちらこそ、よろしくお願いします!」
ゲルハルトも身を乗り出し、挨拶している。
疲れるな、とルドミラは思った。
周りに常に大人数がいると想像するだけでもうんざりする。
「そちらは?」
ルドミラを見て、メルが笑った。
「……ルドミラ」
短く、自分の名前だけをルドミラは口にした。
メルは少しだけ驚いたように目を瞠ったが、別段気を悪くした様子もなく、年齢の近そうなゲルハルトと話し始めた。このような戦の渦中にいては育ちや家柄の良さなど関係ないだろうし、それこそ様々な人間と接する機会も多いだろう。こういう態度にも慣れているのかも知れない。
そうこうしているうちに集会所内の主だった者たちが集まったらしい。
それぞれの席に飲み物が配られる。
遠慮なくそれを口に含み、ルドミラはやや眉根を寄せた。
……薄い。
これはクノスの葉を煎じたお茶のようだが、こんなに薄いものをルドミラは飲んだことがなかった。クノスは森に自生する植物で、その葉を煎じて飲むと独特の苦みと甘みがあり、体を温める作用があるという。ルドミラも森で何度も採取してはお茶にして飲んだり他の植物と調合して薬を作ったりしたものだが、こんなに薄くては効能も何もあったものではないのではないだろうか。
ルドミラの妙な表情に気づいたのか、スタンがこちらを見て言った。
「俺たちは基本的には味方になってくれた民の厚意で食を賄ってる。出がらしもいいとこだが、新しい味方が増えたからっておいそれと新しいのを出せんのさ」
女王直属という話だから、一応の資金の供給がないわけではないのだろうが、食よりも使うべき用途があるということなのだろう。
……はぁ。
ルドミラは溜め息を吐いた。戦に巻き込まれたのだから当然のこととしても、最初からこれではどのくらい我慢しなければならないのか、先が思いやられる。
それ以上は特に何も言う事もなく、スタンは集まった者たちとルドミラ、ゲルハルトを互いに紹介した。
既に味方につけた地域の出で役人や兵士として勤めていたが、バルダッサッレの悪逆に裏切り協力するようになった者。兵士などは戦力になるだろうが、他は村の代表の農夫だとか町の代表の一般人だとか、そんなのばっかりだ。果ては山賊まで混じっていた。
……寄せ集めもいいところだ。
ルドミラは心の中で呟いた。
よくこんな顔ぶれで三ヶ月の間に半分も味方につけたものだ、とルドミラは思う。
女王直属という肩書きのお陰もあるのだろうが、かといってその証明をルドミラは物理的には目にしていない。となると、スタンの話術やカリスマ性も一端であるのかも知れない。