そして重なる[1]
ずっと、話をしてみたいと思っていた。
ただ普通に、言葉を交わしたかった。
どうしていつもそんな目で自分を見ているのか、その理由を聞きたかった。
二人がビェリークの町に辿り着いた時には、初めて会ったあの夜から既に十日が過ぎていた。
当然ながら、港に軍船の姿はない。
だが、悲しみに肩を落とすエウフェーミアに声をかける者があった。ズィールの軍の者だった。
姿を消したエウフェーミアを残し軍船が出港してすぐに、彼女を狙っていた男たちの一部が警護の者に捕らえられ、報告はすぐに軍へと届けられた。新米兵士たちの研修を兼ねていた兵士長の船はこちらに戻ることはできなかったが、別の船が彼女を探しにやって来ていたのだという。
エウフェーミアの、軍から見れば勝手な判断と行動、そして部下への監督不行き届きとして彼女の父親や直属の上司にも厳重な注意は与えられるだろうが、その程度で済むだろう、と迎えの兵士は言っていた。
エウフェーミアもマウロも、ほっと胸を撫で下ろす。
だが、ということは、二人の別れの時間が間近に迫っているということでもあった。
「本当に、一緒に来てはくれないの?」
この人にはとてもお世話になったから、少しだけでいい、お別れの時間をください。
そう言ってエウフェーミアはマウロと二人、宿の一室を借りて向き合っていた。
「ああ」
マウロは頷く。
出港準備に時間もかかるし、その間なら、と軍の者からも許しが出て、二人きりで話せる場所をと考えたらここになった。
仮にここに残るにせよ、一緒に軍船に乗るわけにはいかない。エウフェーミアのお別れとはそういう意味だったのだろうが、マウロはグルビナには行かない、と言った。
「こんなに、好きなのに? わたしのことも、好きだって言ってくれたのに?」
泣き出しそうな瞳で、エウフェーミアはマウロを見上げる。
マウロの中にも何かが込み上げ、彼の胸を切なく突く。
できるなら、ずっと一緒にいたい。彼女の傍で、彼女が強く美しく成長するのを見守っていたかった。
でもできない。
同じくらいに、砦の地下牢に閉じ込められた彼女を、助けに行きたいと思った。
エウフェーミアには話していなかったが、帰る手立ても見つかっていた。
過去を生きるエウフェーミアと、自分と同じ時間を生きるエウフェーミア。どちらも同じくらい大切で、だったら彼が選ぶべきなのは。
「今は、一緒にいられねえんだ。俺もお前が好きだ、だから、一緒にいても許される時がきたら、真っ先にお前を迎えに行くから」
「……」
見上げるエウフェーミアの目頭は、赤く染まっている。
「じゃあ……、教えて……」
震える声で、それだけを言った。
何を知りたいのか、聞かずとも分かっていたけれど。
マウロは目を細めて微笑み、両手で彼女の滑らかな頬を包む。
顔を寄せ、一瞬だけ唇を触れた。
初めての口づけ。
「なっ!」
かあぁ、とエウフェーミアの頬が真っ赤に染まる。
「違う、もうっ!」
右腕を上げ、マウロの肩を叩こうとした腕をそっと捉えた。
「それでも」
さらさらと流れる銀色の髪に顔を近づけ、赤く染まった耳元に囁く。
「待てなかったら、忘れてくれていい。勝手にいなくなる俺のことなんて」
「!!」
身を引いたエウフェーミアの見開かれた瞳が、真っ直ぐにマウロの瞳を貫いた。
「ばかっ、忘れたりなんてしない、わたしはずっと貴方を待ってる!」
「ああ、そうしてくれると嬉しい」
だけど十年だ。
待てなくて忘れられてても、文句は言わないさ。
きっと彼女は自分を待っている、そう信じながらもマウロは思った。
階下から軍靴の足音が響いてくる。
別れの時間は、もうすぐ。
「そろそろ出港するぞ、準備はできているか?」
ドアの外から呼びかけられた声に、エウフェーミアが返す。
「はい、すぐに行きます!」
「では、待っている」
そう言い残し、足音は再び部屋の前を離れていった。
エウフェーミアがマウロを見る。
マウロは笑って片手を上げた。
エウフェーミアも泣き出しそうな笑顔を浮かべて背を向け、ドアノブに手をかけた、が、一瞬だけ動きを止めて振り返る。
唇を引き結び、意を決したようにまた口を開いた。
「お願い、傍にいられないなら、せめて……名前を教えて」
懸命な願いにマウロは少しだけ考えて、
「マ……」
言いかけたマウロの言葉を一言も聞き洩らすまいと、エウフェーミアはその菫色の瞳を大きく見開き、続きを待っている。
その姿を見たマウロは、ふっと笑った。
彼女の右腕を掴み、唐突に自分の方へと抱き寄せる。
「きゃっ!?」
バランスを崩したエウフェーミアは、マウロの腕の中にすっぽり収まる。
その耳元に、マウロは囁いた。
「またな」
「“マ”ウロ」と「“ま”たな」は日本語圏じゃないと成立しないんだよなあというのは投稿当時も考えたんですが、それを追記する事自体が無粋だったりするのかも知れません(笑)。




