錯覚と真実と[4]
「……は!?」
心の内を見透かされたように感じて発したマウロの声は、怒ったようにも聞こえた。
それでもエウフェーミアは怯まない。
「わたしのこと好きじゃないんだったら、どうしてあんなふうに触れるの!?」
昨夜のことを言われているのだ、と悟った瞬間、マウロの顔がぼん、と音でも立てそうなくらい真っ赤になった。
今までの二十五年、女っ気が全くなくもなかったが、決して女慣れしているわけでもない。
「てめ……、起きてやがったのか!」
あまりの恥ずかしさに、大人の余裕を保ってすらいられない。
「確かめないのが悪いんでしょう!?」
「くそっ」
マウロは吐き捨てるように毒づき、それから気を落ち着かせるようにふぅ、と息を吐く。
思い直せ、流されるな。この少女はエウフェーミアであってエウフェーミアではない。
十四の、まだ未来も希望もいっぱい抱えた、そう、子供だ。
そして十年の後には、彼の大切な者たちを奪ってしまう。もう帰らない。
ああ、確かに俺はエウフェーミアに惚れてる。だけど駄目だ、駄目なんだ。
略奪行為を繰り返して培ってきた、悪人の笑みを浮かべる。
「……お前、俺が悪い奴だったらどうするんだ?」
「そうしたら、守ってなんてくれないでしょう」
突然雰囲気の変わったマウロにどこか怯えを感じたのか、答えたエウフェーミアの声は呟きのように小さい。
マウロは笑顔を浮かべたまま、首を振る。
「そうじゃねえよ。……こうして」
「きゃっ!」
エウフェーミアの腕を掴み、ベッドの上に押し倒す。
「昨日の夜のことも計算づくで、怪我をしたのも計算で……お前みたいな手垢のついてないお嬢さんの、体が目当てだったらどうすんだって訊いてんだよ」
もちろんただの脅しのつもりだが、マウロは硬直したエウフェーミアの首元に顔を近づけ、息を吹きかける。
びくり、とエウフェーミアの体が震えた。
「……の……」
震える喉から、それでも必死にエウフェーミアは声を絞り出す。
「そんなの、いや……。でも、しょうがないじゃない……好き、なんだもの。貴方のことが、好きになっちゃったんだもの……」
マウロは上体を起こす。
見下ろしたエウフェーミアの瞳は薄く涙の膜で覆われていたが、それでも真っ直ぐにマウロを見つめている。
「ふ……、くくっ……」
マウロの喉から笑いが漏れた。
エウフェーミアは困惑した表情で彼を見上げている。
もう言い逃れできない。
観念した。
体を起こし、エウフェーミアの華奢な体の下に手を入れて起き上がらせると、抱き寄せて囁いた。
「降参だ」
瞳と同じ真っ直ぐな、銀の髪に顔を埋める。
「俺もお前が好きだよ」
じりじりと胸の奥で何かが焦げる感覚がした。
その感覚の理由を、マウロは解っていた。
アルドやジョットを、殺したかも知れない女。
腕の中の少女、それから、地下牢の中の彼女。
全てを整理できたわけじゃない、でもマウロは、一つを選んだ。
戻らない過去に折り合いをつけて、それよりもずっと強い力で自分を呼ぶ、未来を。




