連れ出す手[1]
「ルドミラさん、ルドミラさーん!」
自分の名前を連呼しながら慌ただしく駆けてくる物音に、ルドミラは不愉快そうに顔を歪ませた。
微笑みを浮かべたならとても愛らしく見えるだろう容貌のルドミラだったが、基本的に表情が乏しく、何かしらの感情を浮かべたと思えばそのほとんどは不機嫌。温かみのあるえんじ色の瞳さえも、その眼光から冷たい印象を受ける。ほどいたらかなり長さのある亜麻色の髪は、何束かに分けてそれぞれ三つ編みにして、更にそれを首の後ろでお団子にまとめていた。
赤いローブのスカートはふんわりと広がっていて、くるぶしの長さくらいまである。そして、室内だというのにスカートと同じ色の大きな帽子をかぶったままだった。帽子にはつばがなく、丸い形をしていて彼女の頭半分を覆っている。
滅多に人の通らないような深い森の中にある三階建ての石造りの館、その二階にある自室で、彼女はいつものように本を読んでいた。そこへ、騒々しい声と足音が聞こえたのだからたまったものではない。
声の主は一度彼女の部屋の前で立ち止まってノックはしたものの、返事を待たずに扉を開ける。
「何?」
ルドミラは冷ややかに問うたが、相手は彼女の様子など気にしてはいないようだ。
「さっき、森を歩いてたら、迷い込んだ人がお腹を空かせていたみたいだったから連れてきちゃったんです!」
「……拾われた人間がまた人間を拾ってくるなんて、これ以上馬鹿げた話もないね」
呆れと憤りの入り混じったような声で、ルドミラは言い捨てた。
彼女はこの森の中の石造りの館で、育ての親であるオルトローサという女性と二人で暮らしている。七歳の時にこの館に預けられ、その後は森から出たこともなければ外の世界の事も書物で知るだけだった。そしてほとんど来客もないような館だったし、あってもその応対を彼女が任されるようなことはなかったから、以来ルドミラはオルトローサ以外の人間と会話を交わしたことすらもなかった。
それ以外の相手に向ける言葉は、多分押し込めた思い出と一緒に忘れてしまったのだ。どうやって話したらいいのか分からないし、他人と接することはできれば避けたいと考えていたルドミラだったから、口から出る言葉は自然と突き放すような調子になってしまう。
そんな彼女の反応を気にしたふうもなく駆け込んできたのは、瑠璃色の瞳の少年だった。黒髪を背中の中ほどくらいまで伸ばしており、首元で一つに束ねている。魔法の心得があるそうで、魔法を使う者らしいゆったりとした服装には全体的に青が多く使われていた。名前はゲルハルト。
つい先日、薬草を採りに出かけたルドミラは、この森に迷い込んで空腹で倒れていたゲルハルトを見つけた。放って帰るのも寝覚めが悪いので仕方なく連れ帰ってきたのだが、以来もう一月以上になるだろうか、ゲルハルトはこの館に居座ったままだった。
まともに他人と接した経験のないルドミラは、自分が騒がしいのを好まないのだという事を、ゲルハルトがやって来て初めて知った。
ルドミラは十七歳、ゲルハルトは十五だと言った。二つ年下の少年は可愛らしい顔立ちに似合う人懐っこい性格で、帰っていかないばかりかルドミラについて回ってくるのだが、正直鬱陶しくて敵わない。
「勝手に食事させて勝手に帰らせなよ。ついでに君もそろそろ出て行けば?」
そう言うと、
「じゃあ、ルドミラさんも一緒に行きましょうよ!」
何故だかそう返ってきた。
「……どうしてそうなるのか理解できないんだけど」
軽い頭痛を堪えながらルドミラが呟くと、珍しくゲルハルトは少しだけ言いにくそうに口を開く。
「あの……、実は」
「……頼む……、話の前に、何か食わせてくれないか……」
突然ゲルハルトの後ろから低い男の声がした。相当に空腹なのだろう、声に力がない。
そんなに背が高くもないルドミラと同じくらいの身長のゲルハルトの背後に立っていたのだ、もちろんルドミラは男の存在には気づいていた。が、あえて無視していたのだ。
「……」
仕方ないね、とルドミラは開いたままだった本を閉じ、立ち上がった。