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動かない世界の中で変わるもの  作者: 唐草カナタ


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交差と連鎖[4]

「……!?」

 マウロは驚きに目を見開いた。

 ビェリークは既にこちらの味方になった町だ。知らないのはおかしい。

 そもそも見回りなどと言ってのこのことやって来られるような状況ではないはずだ。

 それ以前に、兵役に就いている者がこの期に及んで自分たちの動きを知らないわけがない、でなければフィクティラス砦であんな待ち伏せを受けるはずなど。

 会話が噛み合わない。

 ジェローラモとは誰だ?

 ここは、一体何処なんだ?

「教えてくれ」

 自分でも顔から血の気が失せていくのが分かった。

 認めたくはないが、知らなければならない。自分が辿り着いてしまった答えが、間違いだということを証明しなければ。

「ズィールの領主の名前は?」

「だから、ジェローラモ様でしょう?」

 困惑気味にエウフェーミアが答える。

「なら、ヴァスラトゥームの国王の名前は」

 前王のコンラッドは三年前に若くして崩御し、その後コンラッドの妹姫であったドミツィアーナが女王として即位した。

「陛下のお名前? コンラッド様よ」

 マウロは心の中で呻き、質問を続ける。

「内陸からこっちに通じるトンネル工事は」

「あと一、二年はかかるって話だわ」

「今、何年だ?」

「……何を言っているの?」

 苦笑して首を傾げた少女の顔には、消えかけていた警戒の色が、別の意味を伴って浮かび上がっている。

「王国歴九百三十八年。……ねえ、大丈夫?」

 決まりだ。

 決定打だ。

 マウロは固まった。

 今は王国歴九百四十八年のはずだ。

 領主のジェローラモ、国王コンラッド、通じていないトンネル、起きていない戦争。

 もしかしたら自分は過去に来てしまったのかも知れないと思ったが、そんな馬鹿げた話があるわけがないと否定した。それが正しいと確認したくて思いつく限りの問いを繰り返したのに……。

「大丈夫? どうかしたの?」

 不思議そうな顔をして、エウフェーミアという少女はマウロの目の前でひらひらと手を振った。

「あ……、ああ……」

 やっとの事で気を取り直し、マウロは頷く。

 そういえば、エウフェーミアの父親は、健在だった頃は兵士長を務めていたらしいと噂に聞いたことがある。ということは。

「……本人かよぉ……」

 少女に聞こえないよう、吐息だけで呟いた。

「ねえ?」

 呼びかけられ、マウロは改めて少女のエウフェーミアの姿を見た。

 いかめしい顔をしているところしか見たことはないが、相当な美女だったエウフェーミア。フィクティラス砦の守備隊長を任されるようになる前は、領主の命を受けて息のかかった隊商の護衛をしていたこともあり、幾度か顔を突き合わせたこともある。彼女のせいで狙った獲物を逃したこともある。憎いとまで思ったことはないが、目の上のたんこぶというやつだった。

 それに、今では──……。

 それでも、今目の前にいるエウフェーミアは、親や仲間とはぐれ命を狙われて怯える少女だ。平気な顔をしてはいるものの、その瞳の奥は不安に揺れている。放っては、おけない。

 マウロは苦心して笑顔を作り、エウフェーミアに向けた。

「悪いな。ちょっと色々あって混乱してたんだ」

「そう……?」

 彼女はまだ訝しげな視線をこちらに向けていたが、それを問うても仕方がないと判断したのか、それ以上は何も訊いてこなかった。

「話の腰を折って悪かったな。追われてた理由、続きを教えてくれないか」

 マウロが促すと、エウフェーミアはこくりと頷き、一瞬間を置いてからまた話し始めた。

「ポワンで自由時間をいただいて、町を歩いていたの。そうしたら、わたし、この通り目立つ髪の色でしょう? わたしの素性を知っているらしいあの男たちに襲われて……。兵士長である父を、脅迫しようとしたのかも知れないわ」

 エウフェーミアの声は冷静だった。

 きっと賢い彼女は、すぐに状況を悟って父親や仲間たちに迷惑をかけたり危害が及ばないよう、一人で逃げたのだ。軍人としてその判断が正しかったのかどうかは分からない。

 だが。

「……怖かっただろ……?」

 気がついたら、マウロはエウフェーミアを抱き締めていた。

「え……っ?」

 驚いてエウフェーミアは彼の腕の中で身を硬くする。

 いやむしろ驚いたのは彼自身だった。

 気がついた時には、腕を伸ばしていた。

 平静を装った物言いも、冷静な判断の賜物なのだろう。だが彼女は怯えていた。いや、今も怯えているのだ。たった十四歳だ、当たり前だ。この時自分はまだ村で普通の少年として暮らし、友達と馬鹿ばかりやっていた。

「大丈夫、親父さんと合流するまで、俺が守ってやる。だから安心していい」

 放ってはおけない。

 マウロは銀色の頭を自分の胸に引き寄せ、その耳元に囁いた。

「……っ!」

 何か言おうとしたエウフェーミアの声が詰まり、そして次の瞬間には堰を切ったように涙と声が、あふれ出した。

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