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朧夜奇譚  作者: 一寄夢濃
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イモリ塚

 昔、相模の国に深田佐久衛門ふかださくえもんと言うお侍がおりました。

 佐久衛門の屋敷には立派な庭と大きな池があり、佐久衛門は毎日それを見るのを楽しみとしておりました。

 ある日、いつもの様に庭を散歩し池を眺めていると、小さな蜘蛛が池に落ちてもがいているのが目につきました。

 佐久衛門はその雲を憐れに思い、手に掬って近くの松の枝へと乗せてやりました。

「これで大丈夫じゃ。もう落ちるなよ」

 佐久衛門がそう声を掛けると、蜘蛛は暫し佐久衛門を見つめた後にカサカサと松葉の間に隠れていきました。

 その夜の事でございます。

 佐久衛門には十歳になるおきぬと言う娘がおりましたが、そのお絹が急に熱を出して苦しみ出しました。

 急いで医者を呼び容態を診せましたが、医者にも一向に原因が分かりません。

 折悪しく、翌日お城から佐久衛門宛てにお勤めの為に江戸へ向かうよう命令が出されました。

 お絹の様子は気になりますが、命令には逆らえません。

 医者にくれぐれもお絹の事をよろしく頼むと言い伝えると、佐久衛門は江戸へ向けて旅立ちました。

 そうしてお絹の熱も下がらぬまま、とっぷりと日が暮れた頃──

「もし……もし……」

 裏木戸を叩く音と、呼び掛ける声が聞こえてまいりました。

 気付いた家人が戸を開けると、そこには一人の小僧が灯りも持たずに立っておりました。

「こんな夜分に何用か?」

 家人が問い掛けると、小僧はこう答えました。

「佐久衛門様はご在宅か?」

 こんな小僧が主の知人である訳もないと思いながらも、どちらにせよ不在なのだからと

「主はご用命の為、今宵は居らぬ」

 と、そう言いました。

 すると小僧は肩を落とし、とぼとぼと暗がりの中を帰っていきました。

 家人は首を傾げながら小僧を見送りました。

 ところがその翌日、またも日が暮れると裏木戸を叩く音がしました。

「もし……もし……」

 家人が戸を開けると、昨夜の小僧が立っていました。

 そして昨夜と同じように佐久衛門が居るかどうかを尋ねてきました。

 家人が今宵も不在だと告げると、小僧は同じくとぼとぼと帰っていきました。

 その後もそんな事が三日も続き家人が気味悪く思い出した頃、ようやく佐久衛門が江戸から戻ってきました。

「お絹の様子はどうじゃ!?」

 旅装を解くのももどかしい様子で家人に娘の容態を訊くと、出掛ける前と全く変わりがないとの事でした

 気落ちする佐久衛門に、家人は更にここ数日毎晩現れる小僧の話をしました。

「何と、その様な事が……」

 何とも不気味な話ではありますが、佐久衛門は妙に気に掛かりました。

 そこで──

「よし、今宵もその小僧が現れたら、儂が直々に会うてみよう」

 そう家人に告げました。

 そしてその夜──

「もし……もし……」

 やはりいつもの様に裏木戸を叩く音と声が聞こえてきました。

 佐久衛門は庭へと飛び出し、勢いよく裏木戸を開けると、

「儂が深田佐久衛門じゃ!毎夜儂を訪ねてきたというお主は一体何者じゃ!?」

 と問い質しました。

 すると小僧は頭を下げてこう答えました。

「私は先日お前様に助けて頂きました蜘蛛でございます」

「何、蜘蛛じゃと!?」

「はい。実はあの時、池の底でイモリが落ちた私を食べようと狙うておりました。ですがお前様が私を助けた為に食べる事が出来ず、その腹いせにお前様の娘御を呪うておるのでございます」

「そ、その様な事であったのか……!そ、それで娘を、お絹を助ける方法はあるのか!?」

「はい。阿弥陀様の霊水で清めた刀で娘御を囲むように縦二回横二回斬り払えば呪いは解けまする。ですが呪いを受けてから今日で七日目。明日の日没までに呪いを解かねば娘御は助かりませぬ。何卒お急ぎくださりますよう……」

 そう言うと小僧はすうぅっと消えていきました。

 不思議な出来事に暫し呆然としていた佐久衛門でしたが、やがてハッと我に返ると家人に今すぐ出かける事を伝え、馬に跨り駆け出しました。

 休まず駆け続けてようやく阿弥陀様を祀るお寺に到着したのは東の空が白々と明けてきた頃でした。

 すぐさま住職に訳を話すと、驚きながらも住職は快くお経を唱えながら霊水を刀に掛ける清めの儀式を始めてくれました。

 お浄めが終わると時刻は間もなく正午になろうかと言う頃合いでした。

「こりゃあ、いかん。急がなくては日没に間に合わん」

 佐久衛門は住職にお礼を言うと、刀を背負い休んでいた愛馬の下へ駆け寄りました。

「すまぬが、もう一働きしてくれぃ」

 主の意を汲んだのか、佐久衛門が跨ると馬は来た時以上の速さで駆け出しました。

 そうしてひたすら駆け続け、西の空に陽が僅かに残るという頃になって、遂に佐久衛門は屋敷に帰り着きました。

「お絹!お絹ぅぅぅ──っ!!」

 草鞋を脱ぐ時間も惜しんで娘の部屋へ駆け込むと、刀を抜き放ち縦に二回と横に二回、娘を囲むように斬り払いました。

 その途端の事でした。

『うぬぬぬぬぅぅぅぅぅ!!』

 一瞬部屋の中を荒れ狂う風が舞い、何者かの唸り声が聞こえてまいりました。

 やがて風も声も止み、辺りが静かになったところでふと我に返った佐久衛門がお絹に駆け寄ると、先程までの苦しげな顔は何処へやら、お絹は穏やかな表情ですぅすぅと寝息を立てておりました。

 額を触ってみても熱はすっかり下がっている様です。

「良かった……!良かったぁぁ……!」

 佐久衛門は涙を流して喜び、お絹を抱き締めながら心の中で蜘蛛に感謝しました。

 翌朝、佐久衛門が庭へ出ると、池の中に五寸ほどの大きさのイモリが赤い腹を見せて浮いているのが見つかりました。

「元はと言えば儂がこいつの獲物を奪ってしまったのが原因だったのじゃなぁ」

 そう呟いた佐久衛門は、娘を助けてくれた蜘蛛を家の守り神として祀る一方で、イモリを庭に埋めて塚を作り供養したそうです。

 その塚はイモリ塚と呼ばれ、今も相模地方の何処かに残って居るとか居ないとか。

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