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第二話 常夏の島ハル共和国の光と闇(1)

「なーんか、護送されてるみたいだねー」

 ハル共和国へ向かう政府専用機の中で瑞樹は溜息をついた。飛行機の中は正樹と瑞樹とトウキ達しかいない。飛行機の中は閑散としている。


トウキ達とは瑞樹を日本にいる間中護衛をしてくれていたトウキとそれ以外のトウキ達だ。ほとんど顔は同じなのだが目の色が違う。瑞樹を護衛してくれていたトウキは紫色の瞳をしていたが、それ以外のトウキ達は緑色の瞳をしている。同じような顔がたくさんいる光景はちょっとオカルトめいている。

「確かにな」

 あまり気にもしていない様子で正樹は生返事をすると、雑誌をペラペラとめくった。


 ここ二カ月間、ハル共和国へ行くための準備や学校との連絡などで目一杯慌ただしく過ごした。正樹は大学との調整で大変だったらしく、その間ほとんど家には帰ってきていなかった。瑞樹としては正樹をハルのことに巻き込みたくなくて、何度が思いとどまらせようと思って連絡をしたのだが正樹の決意は予想以上に固く、瑞樹の両親まで正樹が一緒なら安心だと言い出す始末で今に至っている。

 本当は瑞樹の両親もハル共和国へ行きたいと言い出していて、瑞樹は内心ヒヤリとしていたが、ハルからの入国許可は出ず、両親が行く心労に比べれば正樹なら格段に安心だろうということで自分を納得させた。

 正樹なら多少のトラブルも対処できるだろうと瑞樹は思う。ハル共和国で起こっている事件がどの程度のものなのかは分からなかったが、少なくとも自分よりは機転がきく正樹がいてくれることは、実際安心できることではあった。


 離陸する為に滑走を始めた飛行機の窓から外を眺めながら、ここ二カ月のことを瑞樹は思い出していた。


 瑞樹が通っていた高校は自転車で二十分程の所にある。大抵の生徒は徒歩か自転車で通う。失踪前、瑞樹は病気がちだったので、いつもは父親に車で送ってもらっていた。しかし、失踪後、健康になって帰って来たので、その後一年間は瑞樹もみんなと同様に自転車で通っていた。

 もちろん遮光は必要だったので、冬でもサングラス、夏でも長そでといういでたちで浮いてはいたけれど、それでもみんなと同じにするということは日本の学生には重要なことだった。帰りにおしゃべりをしたり、いけないと言われていても、ちょっとした寄り道を友達としたりするのは楽しい事だ。一つ年下だけど、気立てのよい友もできたし、将来の夢や志望大学の話をしたり、好きな男の子のタイプを告白しあったりするのはとても平和で陽だまりの中にいるという実感があった。

 それを……トウキがやってきてすべてぶち壊したのだ。


 危険だからと彼が運転する車で送迎されるようになり、何かあった時の為にと小学生がよく持たされる防犯ブザーのようなものを持たされた。もちろんこれはハル製で、普通の防犯ブザーが音で威嚇するだけのものなのに対し、これはトウキに直結していて、それはつまり、押したら大変な事態になるということを示していた。

「おい、日向、お前小学生みたいだな?」

 制服の胸ポケットに押し込まれた防犯ブザーを男子がふざけて取り上げたことがあった。

「あ! だめだよ、それ。玩具じゃないから」

 慌てて取り返そうとした瑞樹に、その男子は面白がって瑞樹が取れないように高く上げた。

「ホントに、それ駄目だから!」

 たぶん瑞樹は面白い程切羽詰まった顔をしていたのだろう。その男子は面白そうににやっと笑って防犯ブザーのボタンを押してしまった。本来ならば、押せばキュルキュルキュルという電子音がなるのが防犯ブザーだ。しかし、その器械はうんともすんとも音を発しなかった。

「日向ぁ、これ壊れてるぞ? ならないじゃん」

 その男子は拍子抜けした顔で言った。

「押したの?」

 瑞樹は蒼白になる。

 その時だった。休み時間の和やかなクラスの喧騒がぴたりと止まった。バン! と擬声語どおりに教室の引き戸が開き、そこに仁王立ちになったトウキの視線が瑞樹と男子に照準を合わせたからだ。

 トウキはハル製のアンドロイドだ。だからハル人に似せて作ってある。キャメル色の髪の目立つこと、紫色の瞳の浮くこと、白い肌のこの存在感はどうだと言わんばかりで……当然の結果として教室は静まり返ったのだった。

 トウキは迷うことなく防犯ブザーを取り上げた男子生徒に歩み寄り、値踏みするように上から下まで不躾なまでに見つめてから、静かに防犯ブザーを取り上げた。そして、あろうことか……。

「瑞樹に何かしたら、僕が許さないよ」と言い放ったのだ。

 教室はざわめきたった。そんな言い方をしたら、まるで……。瑞樹は絶望的な顔になる。

「トウキ、なんでもないから、大丈夫だから……」

 瑞樹はがっくりと肩を落として言う。

「もう、授業始まるし……出てて」

 トウキは瑞樹の言葉に頷くと出て行ったが、出て行く寸前、教室の中にいた生徒の一人一人を確認するように睨んでから出て行った。たぶんスキャンしたのだろう、瑞樹に対して悪意を持って近づくものはいないかどうかと。

 トウキはセキュリティを担当するアンドロイドで人の心の中を読み取ることができる。しかし、そんなことを知らない他の生徒たちは色めきたった。

「ねぇ、瑞樹、あの人瑞樹のなんなの? 彼氏?」

「ち、ちがうよ」

「凄い目で睨んで行ったよね。まるで俺の女に手を出すなって言わんばかり?」

「だからぁ、違うんだって!」

 瑞樹叫びたいのをぐっと堪える。

――あれは、アンドロイドなんだってば!

 それでなくても周囲は、一年間の失踪後、見た目を変えて帰還した瑞樹を好奇の目で見つめたが、それ以後、さらに好奇心を上乗せした目で見たのは言うまでもない。居心地の悪い状態は冬休みに入るまで続いた。



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