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番外編 星ぶどう狩りの夕べ(2)

 明日、瑞樹が日本から帰ってくる。『夏休み』とらやらに入って、既に一週間が経ってるはずなのだ。長い休みには、ハル共和国に会いに来る、それが瑞樹と交わした約束だった。それがもう一週間も過ぎている。ニシキギは、不機嫌そうにコンパートメントを後にした。


 瑞樹は今、タンダイと言う日本の学校に通っている。ハル共和国で起こっていた事件が解決して、瑞樹が日本に帰ったころには、受験シーズンがほぼ終了していて、今通っているタンダイくらいしか受験できなかったらしい。もう少し遅く帰しておけば、そんな学校などに行かず、すぐにハル共和国に連れて来れたものをとニシキギは後悔した。二年も日本で暮らさせておいたら、どんな悪い虫がつくか……考えただけでも眠れなくなる。護衛としてトウキを付けたいと申し出たのだが、ハル政府からは、事件は解決したのだから必要なしと却下され、瑞樹からは、そんなに自分が信じられないのかと怒られた。瑞樹が信じられないのではない。瑞樹の周りにいるであろう男たちが、信じられないのだ。


 数ヶ月前、瑞樹を日本の実家まで送り届けた。瑞樹の両親はとても喜んでくれたし、感謝もされた。親子の感動の対面は、他人であるニシキギでさえ心温まるものだった。幼少時に家族と離れ離れになったニシキギには、特別な感慨があったのだ。その後、食事にも招待されて、和やかなムードは続いた。ニシキギが、両親の前で瑞樹に結婚を申し込むまでは……

[な、な、な、何を急に言い出すんだね!]

 何故か瑞樹の父親が、一番動揺して顔を紅潮させた。父親にプロポーズしたわけではないのだが……ニシキギは首を傾げる。

 そもそも惑星ハルでは、婚姻を政府が管理していたので、親が婚姻について干渉することがなかった。ニシキギにとって、瑞樹の父親の反応は想定外だったのだ。

[ニシキギ?どしたの?急に……]

 瑞樹は少し面食らった様子で言った。

 急にではない……とニシキギは思う。ここに来るまでの間ずっと結婚しようと言っていたではないか。しかも瑞樹だって、『分かった分かったそのうちにね~』と言っていた。それがいつとは、明確にしていなかったが、全然急ではない。

[あらぁ……]

 瑞樹の母親だけが、嬉しそうな表情をした。瑞樹の母親の表情を見て、ニシキギはほっと胸をなでおろす。自分の日本語が通じていなかったわけではないらしい。


 しかし、その後の日向家は大混乱で、結局、瑞樹が、両親と話し合いたいから返事は保留にしてほしいと言いだして、この話題は棚上げにされた。

 日本では、未成年の婚姻には親の承諾が必要で、仮に成人していても、親が婚姻に口を挟むことはよくあることなのだ、とニシキギが知ったのはその後のことだった。大事に育てた娘を手放せないと、場合によっては父親に殴られるケースもあるらしい。全くもって理解不能だ。習慣の違いというものは、実に深淵だ。ニシキギは海溝ほどの深さのため息をつく。


 議会の会期が終了した日の夕刻、ニシキギのコンパートメントのドアを激しく叩く音がした。議会中はどうしても睡眠不足になりがちだ、仮眠をとっていたニシキギは、むっとした表情でドアを開ける。

「よう!ニシキギ、あれ?もしかして寝てたか?」

 マサキが爽やかな表情で立っていた。瑞樹の幼馴染のこの男は、地球人であるにも関わらず、すっかりハル共和国の国民として馴染みきっていた。惑星ハルで、その顔を知らないものはいないと言われるイブキ・ピラミダリスにそっくりな容貌の彼は、最近では、自分が地球人だと説明すると、驚かれるまでになっているらしい。

「何の用だ」

 ニシキギは白っぽい金色の前髪をかき上げながら、面倒くさそうに唸った。惑星ハルで、ニシキギはイブキ・ピラミダリスの下で働いていた。イブキのことを尊敬していたし、またニシキギの目標でもあった。だからこそイブキのライバルであり友人であったカナメ・グラブラに対して、必要以上に反発してしまう訳なのだが、マサキに関しては、更に複雑だった。当然彼はイブキではないのだから、尊敬する対象にはないのだが、この男、顔ばかりでなく性格もイブキにそっくりなのだ。人懐っこくて押しが強いところとか、無邪気な顔でとんでもないことを頼んでくるとか。しかし胡散臭い割には、さほど誰からも憎まれない、そんなところまでが似ていた。

「あれ?ニシキギの所が集合場所だって聞いたんだけど……」

「集合場所?何の集合だ?誰がそんなことを言った?」

「え?聞いてないの?何日か前に、電話で瑞樹から連絡があったんだけど……瑞樹は?居るんだろ?」

 マサキはコンパートメントの中を覗いて瑞樹を探す。

 そんなマサキに、おまえの幼馴染は、どんだけひどいトラブルテイカー(トラブル拾い)なのかと文句が飛び出しそうになるのを、ニシキギはぐっと飲み込んだ。

 すべて承知の上だったはずだ。ニシキギは小さくため息をつく。

「ここに瑞樹はいない」

 ニシキギは仏頂面で答えた。

「え?そうなの?ありゃ?俺、来るの早かった?じゃあ少し待たせてもらうかぁ」

 マサキは、ニシキギの返事も待たずに、さっさと部屋の中へ入り込んで、ソファにどっかりと腰を下ろした。

「おいっ」


 瑞樹は、昨日、ハル共和国に帰ってきた。

「ニシキギ!迎えに来てくれたの?」

 空港のターミナルまで迎えに出ていたニシキギに、瑞樹が飼い主を見つけた子犬のように飛びついてきた。ニシキギは瑞樹を抱きしめ返す。久しぶりの瑞樹。こんなに甘やかな声だっただろうか、こんなに柔らかくてしなやかな髪だっただろうか……こんなに愛らしかっただろうか。再会できた、ただそれだけのことに、ひどく高揚している自分に驚く。

 ところが、その愛らしい瑞樹の声が、次に紡ぎだしたのは、実に不愉快な内容だった。

「……カナメがいる。この近くにカナメがいるんでしょ?」

 少し驚いたように、少し嬉しそうに、辺りを見回す瑞樹に、ニシキギは表情を曇らせた。

 カナメ・グラブラは、実に忙しい男で、火星と宇宙船ナンディーと月と金星を行ったり来たりしているのだが、瑞樹がハル共和国に来る時期にターゲットを絞ったように、地球に戻ってきた。カナメと瑞樹は、過去の事件のせいで、互いの意識がつながってしまうというアクシデントに遭った。その後、互いの意識を遮蔽しあうことで、それぞれ独立した意識を保ってはいるが、近くにいれば、どうしても干渉しあってしまうらしい。近くに居るかどうか程度ならば、かなり離れていても感じ取れるのだという。

 カナメに会わなければならないと瑞樹が言い張るので、議会終了後、瑞樹をカナメの部屋に連れて行ったのだった。

 カナメの部屋に入る直前、瑞樹の体が強ばったのには気づいていた。久しぶりに会うので緊張しているのだと、その時は思ったのだ。相手は、あれでも一応ハルの議長だ。平たく言えば、ハル共和国を率いるトップなわけで、大抵の人間は緊張する。その類のことだと思っていた。

「……ニシキギ……」

 頼りなげに見上げた瑞樹の瞳を見た時に、やめさせておけばよかったのだ。

 部屋に入った瑞樹は、カナメに触れた途端あっという間に気を失った。カナメの手を握ったまま瑞樹が気を失ったので、崩れ落ちる寸前で、ニシキギが瑞樹を抱きとめた。

「ああ、今日会うのは、まずかったかもしれないな」

 カナメは眉間にしわを寄せた。ついさっきまで議会の議長をしていたのだ。海千山千の議員たちとの丁丁発止のやりとりを終えた後で、カナメの疲労はピークに達していた。カナメにとっては、ひどい疲労感程度で済んでいる精神的肉体的消耗も、瑞樹にとっては耐え難いものだったに違いなかった。

「瑞樹、瑞樹大丈夫か?」

 ニシキギが瑞樹の頬を軽く叩いても、体を揺さぶっても、青白い顔をして固く瞼を閉じたまま瑞樹は目を覚まさなかった。

「眠っているだけなんだ。心配はない。ただ……これは単なる直感なんだけど、手は繋いでおいた方が良い気がする」

とカナメが言うので、そのまましばらく様子を見た。しかし、瑞樹が目を覚ます気配はなかった。その後、瑞樹が目覚めたら部屋へ連れて行くとカナメが言うので、ニシキギは一人自室に戻ったが、その日、瑞樹がニシキギの部屋に来ることはなかった。

「僕が信用できないのか?」

 なかなか瑞樹を置いたまま自室に戻れないでいたニシキギに、カナメが仏頂面で問いかける。そんなの信用できないに決まっている。そう言うと、ならば君もここで一緒に休めばいいと言われたが、さすがにそれはあまりにも異様な構図になりそうだったので、辞退した。ニシキギは自室に戻って小さく溜息をつく。やはり一緒にカナメのコンパートメントに泊めてもらえば良かったかもしれない。

『ニシキギ、ごめんね、やっぱり私、カナメと一緒に生きていきたい』

 そんな言葉を残して、瑞樹がカナメと手をつないだまま歩き去る。

 眠れぬ夜、軽くメムシンをあおって眠ると、そんな嫌な夢ばかりみた。正直、ニシキギのイライラはピークに達していた。


「で?何の集合なんだ」

 のどが渇いたと五月蝿いマサキに、ただの水を出しながらニシキギは唸る。

「何も知らされてないなら、直接瑞樹から聞いた方がいいんじゃね?」

 ニシキギの嫌みをこれっぽっちも気にする様子もなく、マサキは出された水をごくごくとうまそうに飲みほした。

「……」

「それよか、この部屋、居心地がいいなー。俺の部屋もこんな感じにしようかな。やっぱり植物があると、空気が新鮮な気がするなー」

 マサキは大げさに深呼吸をしている。白い大きな蕾を重そうにつけているのは、月下美人と呼ばれる地球の植物だ。地球の植物は、瑞樹から力を奪わない。できることならば、瑞樹をハルの植物に触れさせたくないとニシキギは思う。森の民と同等の体質を持つ瑞樹には、ハルの植物を操る力がある。しかし、その力の行使は命を削るのだ。それを思うだけでニシキギは息苦しくなる。

 月下美人は夜に咲く大輪の一夜花だ。昨夜一輪だけ開花した。甘い芳香が部屋中に広がって、一人ぼっちのニシキギを更に孤独にしたものだ。本来ならば瑞樹と一緒に見るはずだった。今夜あたりたくさんの花が開きそうだが、今夜もどうなることやら。ニシキギは一人ため息をついた。


「何の集まりかさえ、俺は教えてもらえないわけか?だったら俺のコンパートメントを集合場所などにしなければいいだろう?」

 ついつい目の前のマサキに当たってしまう。

「なんか、イライラしてるな。どうした?老人性うつ病か?」

 マサキは、きょとんとした顔でニシキギを見上げた。

「俺を、三百年も生きてる爺と一緒にするなっ」

 ニシキギは、声を張り上げた。

「あれ?ニシキギって何百年生きてます系のハル人じゃないの?誰かが教えてくれたんだけど、再生治療をすると色素が抜けるから、色素が薄いやつは大抵ウン百年生きてる場合が多いって。しかもニシキギとカナメって仲良しみたいだし、古なじみなんだろ?」

「俺の色素が薄いのは生まれつきだっ、しかもカナメ・グラブラとは、古なじみでも仲良しでもないっ。あいつは疫病神だっ」

 ニシキギがぜいぜいと肩で息をしながら怒鳴ったところで、背後から声がした。

「疫病神で悪かったな。返事がなかったけど、でかい声が廊下まで響いていたから勝手に入らせてもらったよ」

 カナメが肩を竦めて言った。カナメの後ろには瑞樹がくっついている。

「ごめんね、ニシキギ。さっき目が覚めたの」

 瑞樹が少し困ったような顔をして、ほほ笑んだ。


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